浅生鴨×糸井重里
戻ってこなかった犬
第3回 「あっち側」にいるかもしれない恐怖
- 糸井
- この対談の最初に出た読売新聞のインタビューみたいなのはこれからも増えていくと思うんですけど、そういうところでは主に作家として話を聞かれますよね。
それだったら、インタビューとか成り立つ?
- 浅生
- いやぁ。
- 糸井
- 特に隠し事もないし。
- 浅生
- 成り立つのかなぁ。わかんないです。成り立ってないような気がするんですけどね。
- 糸井
- 今日のこの話は成り立ってますよね。まとまり同士をつながなければ。
- 浅生
- あ、そうですか。
- 糸井
- ぼくも、つなげようなんて思ってもいないし、多分、最後原稿にする時に一貫した流れみたいなのを作ろうとしてもそんなことできないと思うんですよね。
- 浅生
- キャッチボールじゃないんですよね、何か。
- 糸井
- うん。ほんとに難しいですよ。浅生鴨インタビューって。

- 浅生
- でもぼく、聞かれたときにはわりと丁寧に答えてはいるんですけど、どうもその答えの方向が求められてるのと違うらしくて(笑)
- 糸井
- いや、違ってもいないですよ。違ってもいないんですけど、次の質問をさせない答えなんですよ。
本来なら前の質問から次の質問に移るときにあるはずの「もわっとした隙間」がないから、1つの話題が終わるとそこで途切れちゃう。
- 浅生
- 何でですかね?そういえばぼく、ご飯の食べ方がそうなんですよ。おかずはおかず、ご飯はご飯で1品ずつ食べるんです。
- 糸井
- 三角食べとかあるじゃないですか。
- 浅生
- いやあ、その三角食べができなくて。1品ずつキレイにしていくといつもご飯が余るんです。
- 糸井
- ご飯は最後にするんだ。
でもさ、インタビューアーになったこともあるでしょ?
- 浅生
- あります。ぼく、インタビュー得意です。すごく得意です。
- 糸井
- そういうときはどうしてたの?
- 浅生
- ぼく、質問して相手が話し始めたら、わりと黙ってじーっと聞いてるんですよ。
特にテレビのインタビューだと、カメラ回ってるじゃないですか。そのときに、インタビューする人って普通なら「あれも聞かなきゃ」「これも聞かなきゃ」って焦っていろいろ聞くんですけど、ぼくはカメラが回ったまんまじーっと黙ってる。
そうしたら相手が沈黙に耐えられなくなっていろいろ言い始めるんですよね。それでうっかりしゃべっちゃったりしたことが結構なネタになったりするんです。
- 糸井
- そういうところありますよね。俺が聞く側でも、聞かれる側でも辛いもん。
- 浅生
- すいません。
- 糸井
- 日常で会話してる分にはなんでもないんですけどね。楽しい奴だぜ、なんだけどね。
- 浅生
- 沈黙とか全然怖くないし、孤独にも耐えられるので、。
- 糸井
- 相手が怖がってるっていうのに、多少の思いやりとか無いものなのかね。
相手は孤独とか沈黙、嫌だよ。
- 浅生
- 嫌だと思いますけど、でもまあぼくじゃないので。
- 糸井
- (笑)

- 浅生
- 嫌なら自分で何とかしてくれというか。
- 糸井
- 他人っていうものを考えたことないの?
- 浅生
- 多分。自分がどう思ってるかだけで、もういっぱいいっぱいというか。
もちろんぼくは優しい人間なので「この人はこういうふうに感じてるだろうな」とかっていうのはわりとわかるほうではあるんですけど。
だからといって、そこを何とかしてあげたいとまでは思わないんですよね。
- 糸井
- でも、女川の手伝いとかそういうのはするじゃないですか。
- 浅生
- そうですね。でもそれはぼくが楽しいからやってるんであって、嫌なら行かないですから。
- 糸井
- 神戸のときは自分が‥‥。
- 浅生
- 揺れたときはいなかったんですよ。
- 糸井
- あ、そうですか。
- 浅生
- 当時、ぼくは座間のほうのある大きな工場みたいなところで働いていたんです。
そこの社員食堂でテレビを見ていると死者が2千人、3千人になるたびに周りが盛り上がるんですよ。「おぉーっ」とか、言ってみればもう「やったー」みたいな感じで「2千超えたー」、「3千いったー」なんて。
そのゲームを見ている感覚で盛り上がってる様子が僕にはちょっと耐えられなくて。
それですぐに神戸に戻って、そこから水運んだり、避難所の手伝いしたりっていうのをしばらくずっとやってました。
- 糸井
- あれが浅生さんのご実家がある神戸じゃなかったら、また違っていましたかね。
- 浅生
- 全然違うと思います。多分、ぼくは神戸に行ってないと思います。
もしかしたら「2千人超えたー」って言う側にいたかもしれない。自分が常に「やったー」って言う側にいないとは言い切れないんで。

- 糸井
- それはすごく重要なポイントですね。絶対に自分が今非難してる側に立場を変えることはないという自信を常に持っていられるかは、大事ですよね。
- 浅生
- いいところと悪いところがあるのが人間で、時に自分の中の悪い部分がふと頭をもたげるかもしれない。そのことに対する恐怖心が常にあるんです。だけど、それをなくすことができない以上、ぼくはいつも「自分があっち側にいるかもしれない」ということを意識するようにしています。
- 糸井
- そのとき、その場によって、どっちの自分が出るかっていうのは、そんなに簡単にわかるもんじゃないですよね。
「どっちでありたいか」を普段から思ってるということまでが、ギリギリですよね。
- 浅生
- だから、よくマッチョな人が「何かあったら俺が身体を張ってお前たちを守ってみせるぜ」って言うけど、いざその「何か」があったときにその人が最初に逃げることだって十分考えられるし、というかそれが人間ですし。そういうことを考えるといつも不安で‥‥。
「もしかしたらぼくはみんなを捨てて逃げるかもしれない」って不安も持って生きてるほうが、いざというときに立場を変えずに踏みとどまっていられるような気はするんですよ。
- 糸井
- (対談に同席していたほぼ日乗組員に向かって)
いやあ、それにしても永田くん、このインタビュー難しいでしょう。
- 永田
- おもしろいです。
- 糸井
- おもしろいんだけどさ、やってる本人はすごく難しいんだよ‥‥。
そうだ、永田くん、ちょっと参加してみない?君も沈黙に耐えられる人ですから。
- 永田
- ぼくも同じようなこと思い出していまして。
あるとき、違う編集者さんと同じ取材に行ったことがあって、ぼくは取材相手が考えてる間ずっと待ってないとダメだと思ってるんですけど、いっしょに行った編集者の人はそれが耐えきれなくなるらしくて「それってこういうことですかね」「こういうことですかね」ってすごい言いたがるんです。それをぼくはずーっと黙っているもんだから取材が終わってからその同行した人に「ヒヤヒヤした」って言われたことがあります。
- 糸井
- そうなんだよ。だからさ、浅生さんと2人でやってみてよ。
- 永田
- いやいや。
- 糸井
- ほら。
- 永田
- ‥‥そうですね。あの、小説は頼まれ仕事?
- 浅生
- はい。
- 永田
- 自分からはやらない?
- 浅生
- やらないです。
- 永田
- 頼まれなかったらやってなかった?
- 浅生
- やってないです。
- 永田
- 頼まれなくてやったことってありますか?
- 浅生
- 頼まれなくてやったこと‥‥、仕事でですよね?
- 永田
- いや、仕事じゃなくてもいいです。
- 浅生
- ないかもしれない。

- 糸井
- おしまい。全部1個ずつおしまいだ。
- 浅生
- これからは頑張ってつなげるようにします。
- 糸井
- 頼む。無理にとは言わないけど。