浅生鴨×糸井重里
戻ってこなかった犬
第5回 めんどくさいけど
- 糸井
- 浅生さん、最近『アグニオン』という本を出版されましたよね。

- 浅生
- ええ。
- 糸井
- 日本で一番、買ったけど読んでないということを申し訳なさそうに告白する人が多いと噂の。
何を隠そうここにいる永田くんもそうです。
- 永田
- カバンには入っていて、行き帰りにちょっとずつ‥‥。
- 糸井
- ちなみにぼくは2冊持ってます。
- 浅生
- 女川でもそういう人に会いました。何ですか、この「持ってます」現象は。
- 糸井
- 作者に対する親しみが強いからですよ。
- 浅生
- 普段本を全然読んだことのないようなタイプの人にも「買いました!」って言われるとなんだか申し訳なくて‥‥。
- 糸井
- じゃあ書くなよ(笑)!
- 浅生
- でも、発注されたからしょうがない‥‥。
- 糸井
- その発注はいつ頃のことだったんですか?
- 浅生
- 一番最初は2012年かな。新潮社の編集者がやって来て、「何でもいいから、何かちょっと書いてもらえませんか」って言われて。そこからです。
最初に新潮社の『yom yom』っていう雑誌を読んで、「何が足りないと思いますか」って聞かれたんで「若い男の子向けのSFとかは、今この中にないよね」みたいな話をしたら「じゃ、なんかそれっぽいものを‥‥」ということで‥‥。
- 糸井
- えっ。そんなきっかけだったの?
- 浅生
- とりあえず10枚ぐらい書いてみたら、SFの原型みたいなのになってて。それを編集者が読んで「これおもしろいから、ちゃんと物語にして連載しましょう」って言われたんです。
- 糸井
- SFはお好きだったんですか?
- 浅生
- 嫌いではないですけど、マニアと言うほどではないです。
- 糸井
- でもいっぱいは読んでるでしょ。
- 浅生
- いっぱいは読んでます。
- 糸井
- あなたね、そのへんがずるいのよ(笑)。

- 浅生
- ずるくないですよ。
- 糸井
- 海外テレビドラマシリーズとかもいっぱい観てるでしょ。
- 浅生
- いっぱい観てます。
- 糸井
- もうねぇ、ずるいんだよ(笑)。
- 浅生
- ずるくないじゃないですか。ちゃんとケーブルテレビのお金払って観てますよ。
- 糸井
- また頼まれたら書く?
- 浅生
- 多分。
- 糸井
- 自分も新潮社から頼まれて小説を書いたことがあるんですけど、もう嫌で嫌でしょうがなかった。二度と書きたくないね。
だから浅生さんとは違いますよ。俺はめんどくさいもん。
- 浅生
- ぼくもめんどくさいことには間違いないんです。
- 糸井
- でも、めんどくさいの種類が違う。俺のめんどくさいは、もうほんとにめんどくさいから。
- 浅生
- ぼくのめんどくさいだって負けてませんよ。
- 糸井
- 「めんどくさい、めんどくさい」って言う人いますよ、横尾(忠則)さんとか。でも「めんどくさい」って言いながら結局絵を描くじゃない。
俺はもう、小説は書きたくないね。18年間毎日原稿を書いているけど、あれは別なんだ。毎日のほうがアリバイができるからかえって楽なんだよ。「日曜もやってる蕎麦屋がまずくてもね、しょうがないよ」みたいに。
あと、海外ドラマシリーズとかでも、俺は1シーズン観て2シーズン目の途中でもうめんどくさいもん。あれを5シーズン観るって言うだけでもすごいですよ。
- 浅生
- 中では11シーズンも続くものとかあるんですよ。もうね、勘弁してくれって思うんです。
- 糸井
- 『ロスト』は何シーズンですか?
- 浅生
- 『ロスト』はシーズン5が6で、最後グダグダですよ。最初からグダグダでしたけど。
でもあれは作り方がおもしろくて、脚本家がいっぱいいるんですよ。それぞれが好きにエピソードを書いて‥‥。
- 糸井
- 伏線の始末はお前がやってくれっていうんでしょ。
- 浅生
- そうなんです。でも、『アグニオン』が辛かったのは、自分で伏線の始末をしなきゃいけなくて。
- 糸井
- 当たり前じゃん。
- 浅生
- 連載のそれこそ1話とか2話に、とりあえずこの先自分でもどうなるかわかんないのにいろいろ伏線を仕込まなきゃならないし、それを回収してかなきゃならなくて。
ざっくりと決めてはいたんですけど、2話の途中ぐらいから話が変わってきて‥‥。
- 糸井
- 『おそ松くん』とかを連載で読んだ経験のある俺からすると、そういうのって全然気にすることないよって思うね。だって『おそ松くん』は六つ子の物語だったはずなのに、いつの間にかチビ太とかデカパンとか異形の者たちの話になっちゃってるんだもの。
- 浅生
- これも元々そうで、実は一回原稿用紙で500枚ぐらい書いたんですよ。最後の最後にそれまでの物語をある意味解決させるための舞台回しとして、1人のキャラクターを登場させたんですけど、それを読んだ編集者が「このキャラがいいね。この人を主人公にしてもう1回書きませんか」って言ったからもう。その500枚は全部捨てて、もう一度ゼロから書き直すことになったんです。
- 糸井
- めんどくさがりなわりにはそういうことするんですね。
でもさ、表現しなくても一生を送ることができたとしても、やっぱり表現しない人生は考えられないわけでしょ。
- 浅生
- そうですね。
- 糸井
- 受注なのに。
- 浅生
- そうなんです。そこが矛盾しているんです。
- 糸井
- 「何にも書くことないんです」、「言いたいことないです」、「仕事もしたくないです」。だけど、何かを表現してないと‥‥。
- 浅生
- 生きていられないです。
でも、受注がない限りはやらないっていうね。ひどい話です。
- 糸井
- この「受注があったらぼくは表現する欲が満たされるから多いに好きでやりますよ、めんどくさいけど」っていう姿勢は、やっぱり自分とちょっと似てるんじゃないかなあという気がしてきましたね。
その姿勢を言い換えるなら「表したい欲」ですよね。で、その「表したい欲」と裏表になってるのが「じっと見たい欲」ですよ。
- 浅生
- 「じっと見たい欲」?
- 糸井
- ええ。多分表現したいってことは、「よーく見たい」とか「もっと知りたい」とか「えっ、今の動きいいな」とか、そういうことでしょう?
- 浅生
- なるほど。
ぼくは画家の目が欲しいんですよ。あの人たちって、違うものを見るじゃないですか。
だから画家の目があるときっとおもしろいだろうなって。

- 糸井
- いや、画家の目はほんとにすごいですよ。違うものが見えてるんですからね。
でも、一口に画家の目と言っても、個性によって実は違う目だったりしますよね。それなんかは自分が普段から考える「女の目が欲しい」とか、そういうのと同じなんじゃないかなあ。
今は受け取る側の話だけしてますけど、やっぱり表現欲はこれと表裏一体なわけですよ。
受注されて初めて出す‥‥そうだ、さっき自分が考える臨終の言葉について話しましたけど、浅生さんだったら何て言います?
- 浅生
- 死ぬときですよね。以前死にかけたときは「死にたくない」って思ったんです。すごく死にたくなかったんですよ。
でも、今もし急に死ぬとしたら‥‥「仕方ないかな」。
- 糸井
- (笑)
これで終わりにしましょう。いいですね。
- 浅生
- 「仕方ないかな」っていうので終わる気がしますね。
- 糸井
- 「人間は死ぬ」とあまり変わらないような気がしますけど。
とにかく、ありがとうございました。
- 浅生
- ありがとうございました。
