- 糸井
- 浅生鴨さんの隠し事の部分を、まずは線を引きましょうか。写真はもう問題ない?
- 浅生
- もういいです。はい。
- 糸井
- NHKの仕事してた時はNHK-PRっていうペンネームだったじゃないですか。あれが俺だっていうのはまずいわけですよね、あの時代は。
- 浅生
- あの時代はそうですね。
- 糸井
- あの時はあの時の隠し事があったわけですよね。
- 浅生
- はい。常に隠し事があるんです。
- 糸井
- 幼少期からずっとあるわけですか。
- 浅生
- はい。常に隠し事だけが、つきまとう。
- 糸井
- くっくっくっ(笑)
隠し事の歴史を語る。それで、あとで語れるのが多いですよね。
- 浅生
- そうですね。「実はあの時」っていう。
- 糸井
- 今日は「実はあの時」を色々と。
浅生さんが経験した、人生を変えるような大事件についておはなししてもらいましょうか。これについては、もう何万回しゃべってる?
- 浅生
- そうですね。
ほんとにぼくはそれで「死ぬ」ということがどういうことかを‥‥、もちろんほんとに死んでるわけじゃないんですけど。
- 糸井
- でも、心臓はとまってたんですよね。
- 浅生
- 一瞬ですけどね。やっぱり「死ぬとは何か」をちょっと理解したんですよ。
- 糸井
- 身体でね。
- 浅生
- はい。
- 糸井
- 結構大人になってからなんだよね。
- 浅生
- はい。大人になってからです。31歳のときですね。ぼくがバイクに乗ってて、大型の車とぶつかって、3次救急って‥‥もう要するに死んでる状態で病院に運び込まれて、そこから大手術をして復活したんですけど。
それから1年ぐらいは入院していて、あとずっと車椅子生活をして。最初に「一生歩けない」って言われたんですけど、リハビリずっとしてるうちに少しずつ歩けるようになって、今に至ると。
ぼく自身も何日かは覚えてないんですけど、しばらくの期間は意識不明というか、植物というか、まったく意思の疎通が取れない状態になってたんです。ぼくの中では世界が歪んだ状態で認識されてるっていう。そういう日々を。
- 糸井
- 何日ぐらい?
- 浅生
- 正確にわからないんですけど、多分10日ぐらい。
- 糸井
- 意識不明が。
- 浅生
- 意識不明というか、意識混濁というか‥‥だと思いますね。多分、妻の日記とか見るとわかると思うんですけど。
- 糸井
- そのときは妻はいたんですね。妻も大変だったね。
- 浅生
- 大変なんですよ。とにかくぼくは事故にあって運ばれて手術を受けて、そのあといよいよその日の夜がやっぱりヤマなんですよね。そこを越えれば生きられるけど、そこで大概は死ぬっていう。もちろんそれは言われてないんですけど。
ただぼくは、何か「ここで死んだら妻にすっごく怒られる」って思ったんです。そのとき妻がちょうど海外出張していて。妻に会って謝ってから死のうと思ったんです。もう死ぬのはわかってたんで、一言ごめんって言って、申し訳ないって言ってから死ねば、そんなに怒られずにすむだろうと思って。そしたら妻に連絡取るのに1日かかり、妻が海外から戻ってくるのにまた中1日かかりで、2日ぐらいかかっちゃったんです。そしたら、その間に峠を越しちゃったっていう。
- 糸井
- 謝らなきゃならないから?
- 浅生
- そう。もうとにかく謝るまでは死ねないと思って。
- 糸井
- それはちょっとした意識があるんだ。
- 浅生
- そうです。とにかく謝るまでは死ねない死ねないと思ったら、2日か3日もっちゃって。で、妻が来て「ごめん」って謝って、意識がなくなったんですよ。
- 糸井
- え、そっから意識がなくなった?
- 浅生
- そう、そっから意識がなくなった。そこまで何とか意識あったんです。もう怒られたくない一心。
- 糸井
- 愛の物語と言えなくもない。
- 浅生
- よく、死ぬのが怖くないから俺は何でもできるみたいな人がいるけど、それは嘘で。別にぼく、「死ぬ」はそんなに怖くないんですけど、だからといって死ぬの嫌ですから。怖いのと嫌なのは別じゃないですか。怖くはなくなったんですよ。死ぬってこういうことかと。
- 糸井
- より嫌になるでしょうね、きっと。
- 浅生
- より嫌になる…うーん。
- 糸井
- どうですかね、そのへんは。
- 浅生
- なんか、すごく淋しい。
- 糸井
- それはね、若くして年寄りの心をわかったね。俺は歳をとるごとに、死ぬの怖さが失われてきたの。
で、もう最後に映画の中で、自分が「お父さん」とか呼ばれながら死ぬシーンを想像してるわけ。そのときに、何か一言いいたいじゃない。それ、しょっちゅう更新してるの。「これでいこう」っていうのがあって。で、結構長いことこれがいいなと思ってたのは、「あー、おもしろかった」っていう、これが理想だなと思ったの。嘘でもいいからそう言って死のうと思ってたの。でも、この頃は違うの。さぁ命尽きるっていう最期に、「何か言ってる、何か言ってる」って言ったら…
「人間は死ぬ」(笑)
- 浅生
- 真理を。(笑)
- 糸井
- そう。「人間は死ぬもんだから」っていう、それを言って死ぬのを、一応みなさまへの最期の言葉にかえさせていただきたいと思いますよ。
- 浅生
- 人間は死にますから。
- 糸井
- うん。
- 浅生
- あれ、養老先生でしたっけ、人間の死亡率100%であるって。
- 糸井
- うん。明らかにわかってることはね、それは遺伝子に組み込まれてるからっていう。
- 浅生
- そうなんです。
- 糸井
- で、同時に「死ぬ」がリアルになったときに、「生きる」のことを考える機会が多くなりますよね。それはどうです?
- 浅生
- そうですね。あの、だからといって何か世の中に遺したいとか、そういう気は毛頭なくて。ただ、死ぬということがぼくはすごく淋しいことだと体験したので、だから生きてる間は「楽しくしよう」みたいな。
別に、知らない人とワーッてやるのは苦手なので、パーティー行ったりとかする気は全然ないし、むしろ避けて引きこもりがちな暮らしなんですけど、それでも極力楽しく人と接していようかなっていう。だいたい日頃、ニコニコするのは上手じゃないので、ニヤニヤして生きていこうみたいな感じです。
- 糸井
- そのまとめ方って、なんか展開がなくていいね。(笑)
ニヤニヤで全部まとめちゃうもんね。
- 浅生
- そうですね。ニヤニヤして生きていきたい。
(つづきます)