浅生鴨×糸井重里 対談
第5回 表現しない人生は考えられない
- 糸井
- 『アグニオン』という本を持ってきちゃいましょう、この机の上へ。こういうふうにすると空気も変わってくるんじゃないでしょうかね。

- 浅生
- はい。
- 糸井
- 日本で一番、「買ったけど読んでない」っていうことを申し訳なさそうに告白する人の多い本。
- 浅生
- その金は送信しましたっていう遊びが。
- 糸井
- ぼくは2冊持ってます。
- 浅生
- 2冊も。女川でもそういう人に会いました。「持ってます」っていう。何ですか、この現象。
- 糸井
- だからそれは、作者に対する親しみが強くて‥‥。
リスペクトもありますね。
- 浅生
- ほんとに、普段本を全然読んだことのないようなタイプの人が「買いました!」って。申し訳なくてなんか‥‥。

- 糸井
- 作者が申し訳ないって言ってる(笑)
- 浅生
- でも、発注されたからしょうがない‥‥。(笑)
- 糸井
- いや、でもね、書くのが嫌いな人にはできないですよ。
表現しなくて一生を送ることだってできたじゃないですか。でも、表現しない人生は考えられないでしょ、やっぱり。
- 浅生
- そうですね。
- 糸井
- 受注なのに。
- 浅生
- そうなんです。それが困ったもんで。
- 糸井
- そこですよね、ポイントはね。
- 浅生
- そこが多分一番の矛盾。

- 糸井
- 矛盾ですよね。「何にも書くことないんですよ」とか「言いたいことないです」「仕事もしたくないです」。だけど、何かを表現してないと‥‥。
- 浅生
- 生きてられないです。
- 糸井
- 生きてられない。
- 浅生
- でも、受注ない限りはやらないっていうね。ひどいですね。
- 糸井
- だから、「受注があったら、ぼくは表現する欲が満たされるから、多いに好きでやりますよ、めんどくさいけど」。これは、自分がちょっとそこが似てるんじゃないかなぁという気がしますね。
- 浅生
- かこつけてるんですかね。何かに。
- 糸井
- うん。そうねぇ。何かを変えたい欲じゃないですよね。
- 浅生
- うん。変えたいわけではないです。
- 糸井
- 表したい欲ですよね。表したい欲って、裏表になってるのが「じっと見たい欲」ですよね。
- 浅生
- 「じっと見たい欲」?
- 糸井
- うん。多分表現したいってことは、「よーく見たい」とか「もっと知りたい」とか「えっ、今の動きみたいなのいいな」とか、そういうことでしょう?
- 浅生
- 画家の目が欲しいんですよ。あの人たちって、違うものを見るじゃないですか。画家の目はきっとあるとおもしろいなって。
- 糸井
- それはでも絵を描いてたほうが、画家の目が得られるんじゃない?
- 浅生
- そうかな。そうかもしれない。(笑)
- 糸井
- いや、すごいですよ、ほんと、画家の目ってね。違うものが見えてるんですからね。
- 浅生
- あと、見えたとおりに見てるっていうか、見たとおりに見えてるじゃないですか。ぼくらは見たとおりに見てないので。
- 糸井
- そこに画家は個性によって、実は違う目だったりする。でもそれはぼくなんかが普段考える「女の目が欲しい」とか、そういうのと同じじゃないですかね。受け取る側の話をしてるけど、でもそれはやっぱり表現欲と表裏一体で、受けると出す‥‥。
これはどうでしょうねぇ。臨終の言葉をぼくさっき言ったんで、浅生さんは今、臨終の言葉何かどうでしょう。受注、今した。自分の死ぬときの言葉。
- 浅生
- はい。死ぬときですよね。前、死にかけたときは、そのときは「死にたくない」って思ったんで、すごく死にたくなかったんですよ。なんだろうな、今もし急に死ぬとして‥‥

「仕方ないかな」。

- 糸井
- はっはっはっ(笑)
いいですね。
- 浅生
- 「仕方ないかな」っていうので終わる気がしますね。
- 糸井
- 「人間は死ぬ」とあまり変わらないような気がしますけど。(笑)
ありがとうございました。
(おしまい)