もくじ
第1回嘘をまぜて穏便に 2016-10-18-Tue
第2回NHK_PR時代に考えていたこと 2016-10-18-Tue
第3回「楽しいから」「嫌だから」 2016-10-18-Tue
第4回「ならでは」のポジション 2016-10-18-Tue
第5回めんどくさくても、表現したい 2016-10-18-Tue

夏はキライだけど
海が大好きな湘南産コピーライター。
牛肉と散歩が元気の源です。

ぶれない自分軸</br>浅生 鴨×糸井 重里

ぶれない自分軸
浅生 鴨×糸井 重里

浅生鴨さんと糸井さん。
東日本大震災をきっかけに
親交を深めていったおふたりの対談です。

あるときはNHK_PR。
またあるときは小説家。
謎に包まれた人物・浅生 鴨さん。
その不思議な経歴の秘密は、
ぶれない「体質」に隠されていました。

意外な共通点も飛び出す濃厚なひとときを、
全5回にわたってお届けします。
なにをしても、どこにいても、どんな話からもにじみ出る
浅生さんのすてきなお人柄にご注目。

「なるほど。あ、そうかも!」

プロフィール
浅生 鴨さんのプロフィール

第1回 嘘をまぜて穏便に

糸井
先日、インタビューが新聞に掲載されていましたね。
ついに浅生さんの姿が公開されたわけですが、
今まで表に出なかった理由というのはありますか?
浅生
なんというか、「めんどくさい」というか。
糸井
今の時代、出なくても結構なところまで商売できますよね。
NHK時代は「NHK_PR」という
いわばNHKのペンネームで表に出ていましたよね。
浅生
当時はそうですね。
常に隠し事がつきまとうんです。
糸井
幼少時からずっとあるわけですか。
浅生
そうですね。
糸井
写真が公開されて明らかになった隠し事ですが、
「ニホンゴ ワッカリマセーン」と言えば
通じてしまいそうな外見をしていらっしゃる。
浅生
ただ、意外とそうもいかなくて。
半分くらいの確率で通じないんですよ。

糸井
「お前日本人だろう」って言われるの?
それはハンパですね。
浅生
日本生まれの日本人なんですが、
父方にヨーロッパの血が入っているんです。
子どもの頃から何万回も同じ話をしているので、
飽きているんですよ。
怪我をしてギプスをしていると、
どうしたのか色々な人に聞かれるじゃないですか。
最初の2回ぐらいはいいんですけど、
50回くらいになってくると、飽きる。
そうすると茶目っ気が出て…
糸井
嘘をまぜてしまったりするよね。
浅生
そうなんです。でもそうすると、
こっちでまぜた嘘と、あっちでまぜた嘘が相互作用して、
さらに複雑なことになってしまう。
めんどくさいので、あんまり世に出ないようにしようと。
糸井
めんどくさいから、嘘つきになっちゃったわけですね。
1、2回聞かれるだけだったら、
本当のことを言ってたんだけど。
浅生
訂正も面倒なので「そうなんですよ」と
色々な人に言っていると、もはや完全にぼくと違う何者かが存在し始めてしまうという。
糸井
みんな、思いたいほうに思うからね。
でも確かに、ぼくも最初に会ったときには
「この外国の人は、流暢だな」って思ったもん。
浅生
今でもたまに「日本語上手ですね」っていう人はいますね。
「お前よりは絶対流暢」と思うことが多いですけど(笑)
糸井
「大和流暢」とか、
もう1つペンネームを付けておきたいね(笑)
見た目や国籍についてのお話は、
ずっと続いてきたんですか?
浅生
ずーっとですね。多分、それは一生。
日本で生きていく限りは、ずっと続くと思います。
糸井
そういうユラユラしてる場所に立たされることで、
嘘やデタラメを言うようになっていったんですね。
しかし、それが仕事になると思わなかったでしょう。
ずっと嘘をついてれば仕事になるんだもんね、この先。

浅生
ビックリしますね。
でもまぁ、そういう仕事ですよね。
糸井
嘘の辻褄合わせみたいだね。
浅生
辻褄は別に合ってなくてもいいんです。
最近書いている短編があるんですが、
それなんかは辻褄を合わせないほうが面白いんですよね。
糸井
そうか。投げっぱなし。
確かに、みんな辻褄に夢中になりすぎですよね。
浅生
決着を付けたがるので。
でも、そんなに物事、辻褄がうまく行くとは限らないし。
糸井
辻褄の話は、どっかで特集したいですね。
特集「辻褄」とかね。
 
外見で苦労されていますが、出身は神戸なんですよね。
そしてご実家では、かわいい犬を飼っていたと。
浅生
はい、高校を出るまではずっと神戸に暮らしていました。
中学か高校の始めくらいに、
彼女は子犬としてうちにやってきたんです。
柴とチャウチャウのミックスという、
どう見ていいのかわからないけれど
頭のいい、かわいいかわいい子で。
糸井
うん。
浅生
家には広い庭があるんですが、
庭から直接山につながってるような場所なので、
そこで放し飼いにしていました。
普段は勝手にどこかへ行っていて、
「ご飯だよー」と呼ぶと、
山の向こうから「ワウワウ!」と言いながら、
ガサガサ現れるっていう。
庭に川があったので水はそこで飲めるし、
家と山を行ったり来たりしながら
悠々自適に暮らしていたんです。
糸井
半野生だね。
地図を見たら、たしかにそういう場所でした。
神戸っていうとオシャレタウンを想像しますけど、
ずいぶんな山ですね。
ま、そういうところに犬がいた。
浅生
はい。
ぼくが東京に出てからも
犬は半野生暮らしをしていたんですが、
その後しばらくして、震災があったんです。
糸井
神戸の震災に遭ったんですね。
浅生
母は東京に出てきたのですが、
犬を一緒に連れてくることができなかったんです。
しばらくは母が東京と神戸を行ったり来たりして、
週に何日か犬のエサや水を用意しに帰っていました。
糸井
お母さんが行ったり来たりしてる時期は、
何年ぐらい続いたんですか?
浅生
6年くらいやっていました。
ところがある日、呼んでも犬が戻ってこなかったんです。
その頃には17、8歳になっていたので、普通に考えると
山の中で亡くなったんだろうなと思うんですが、
姿を見てないのでどうしても信じきれなくて。
山の中で走り回っているんじゃないかという思いと、
もう1つはやっぱり、家に誰もいないことで、
寂しい思いをさせたんだろうなという思いが残っています。
糸井
半野生の悠々自適な生活をしていると思っていたけれど、
そうとは限らなかったと。
浅生
無理をしてでも東京に連れてくれば良かった。
走り回れはしないけど、
誰か人といることはできたかなと思うと後悔が…。
糸井
今まで聞いていたお話では、
山と家を行ったり来たりして暮らしていた犬が、
ある日呼んだら来なかったという
おもしろい話として語られていたけど、
ちゃんと時間軸をとると、とても切ない話ですね。

浅生
切ないんです。
でも、物事はだいたい切ないんですよ。
糸井
犬って、飼い主の考えてる愛情の形のまんまですよね。
愛と名付けたものと犬って同じですよね。
浅生
迂闊に飼うと、犬も人もどちらも後悔するし、
悲しい思いをしますよね。
糸井
犬の話は聞くんじゃなかったっていうほど悲しいですね。
案外リアリズムっていうのは悲しいですよね。
浅生
だから、そういうところで嘘をまぜてしまうんです。
悲しい話を削っておもしろいところだけを見せているので、
突きつけていくと、辻褄のあわないことが出てくる。
糸井
でも、人って真実を薄めたような部分がありますよね。
話を2段ぐらい掘り下げると、
言いたくないことにぶち当たるというか。
浅生
あんまり深く聞いてしまうと、
本人も思ってなかったようなものも出てきてしまいますね。
そこがおもしろくもあり怖くもあり。
他人の本当のことはどうでもいいというか、
背負いきれません。
糸井
何かお互いが生きてくときのために、
水面下の話にしておきましょうという約束事が、
あるような気がしますね。
浅生
特に最近、みんなが持っている
「この箱は開けちゃいけないよね」という箱を
無理やり開けようとする人たちがいますよね。
勝手にきて無理やり奪って開けて、
「ほら!」と中身をひっぱりだしてくる。
箱の持ち主にとっても、
中身を見たら大したことはなかったりするんですが、
それでも本人にとっては大切な箱なんですよ。
糸井
引き出しの中から、
穴の開いたパンツやヨゴレたパンツが出てきて、
自分から「なにこれ~」と言って
笑いをとるのはいいんだけど、
それを他人がひっぱり出してきて
「このパンツなに!」って言ったら、嫌だよね。
 
 
(つづきます)
第2回 NHK_PR時代に考えていたこと