もくじ
第1回おもいでぐらむとは? 2016-12-06-Tue
第2回父、SNSにはじめて投稿します。 2016-12-06-Tue
第3回記憶遊び。 2016-12-06-Tue
第4回母が帰宅した!参考情報を聞いてみた。 2016-12-06-Tue
第5回まとめ 2016-12-06-Tue
おもいでぐらむ。

おもいでぐらむ。

「なんでも聞いてください。どうぞどうぞ!
使えるところを、どうぞ自由に使ってください」
※まだ酔っています。
——
「わかったよ……。たとえばさあ。
1985年の春に、お母さんが会社に入って
2年後にふたりが結婚することを決めるまで、
けっこうふたりの関係は変わっているよね。
いったい、いつ好きになったの?」
「あのさあ……。うーん。
ドラマチックなうんぬんっていうのは、特にないんだけど」
——
「うん」
「仕事をしていると、夜おそくなったりするじゃん?
定時で仕事が終わらなくて、ふたりとも残業をしたり」
——
「うん」
「すると、ふたりとも独り身だから、
遅くなっちゃったから飲んで食べてから帰ろうかあ
っていう話になるんだよね」
——
「どこの飲み屋に行っていたの?」
「えーっとねえ、和泉多摩川のね。土手のわきの赤提灯の店」
——
「へえ」
「そうするとそういう飲み屋で……あっ、その頃はねえ!!
——
「なんなん、急に叫ばないでよ! びっくりするじゃん!」
「お母さん、すんごいのんべえだったんだ。
お父さんよりも、むっちゃくちゃ飲んだよ!」
——
「そうなの? 知らなかった。
むかしはお酒が飲めたんだ」
「日本酒が大好きで、すっげえええ、飲んでた」
——
「へえ。お支払いは、どちらですか?」
「うーん……ワリカンか……お父さん寄りか。
お父さん寄りだったかな?」
——
「へえ。お母さん、偉いね。
新入社員だったのに、奢ってもらわなかったんだ」
「それでさ、」
——
「あっ、ちょっと待って。
30歳のお父さん、そろそろその日本酒と食事を
SNSにアップしましょうか」
「赤提灯の店だよ? ごちそうじゃないんですけど」
——
「赤提灯の店でも加工すれば、
オシャレ感はかんたんに出るから大丈夫」
「それって嘘じゃん」
——
「インターネットでは嘘をつけるんです。
それに、みんな嘘だってわかってるから、いいの」
「ふーん。でもやだなあ」
——
「じゃあ、その日、思ったこととか……。
朝、仕事をしているときにお母さんに対して
感じたこととか、残業後にお母さんと飲みながら
話したことで、いまでも覚えていることとか」
「そういうことを、SNSにアップするの?」
——
「そう。今回は『おもいでぐらむ』だから
記憶のなかの言葉になるけれど。ありそう?」
「あのね……、ある!!
——
「うるさ!」
「あります!!」

父親、会話中に唐突に叫ぶので、びっくりします。

【1985年 夏(30歳)】

東京の基礎研究所なう。
(※商品をつくる前段階の研究を行う研究所)
ふたりチーム、最高! 彼女とふたりで
ポリエステルに穴をあける仕事をしている。

——
「だいたいこんな感じかな。ツイッター風にするなら。
お父さんの投稿内容の原案を、
それっぽく形にしてみました。どう?」
「まあ、いいんじゃない。軽い感じがするけど」
——
「お父さん、お母さんとふたりっきりで
仕事していたんだね。へえ~! ふう~ん!」
「同じフロアには、たくさん人がいたよ。
その作業をしていたのは、ふたりってだけ」
——
「うれしかったんだね」
「うれしかったよ。気心が知れているから」

【1985年 夏(30歳)】

18時に、仕事が終わりそうにない。
今日も残業だ。彼女とごはんを食べに行こう。
和泉多摩川へ。

——
「なぜ和泉多摩川?」
「お母さん、そこに住んでたんだよ。
アパートを借りて」
——
「そうなんだ。
わたし近ごろよく狛江まで行くんだよ」
「ああ、その隣の駅だ。うん。
お父さんは寮に住んでいたけど、
当時はまだ男女雇用機会均等法ができてすぐだから
女子寮がなくて、借りるしかなかったらしい」
——
「ほー」

【1985年 夏(30歳)】

彼女が、上司の悪口を言っている。
なんで、こんなつまらない仕事やってるんだろう!
と言っている。「どうでもいいんじゃん?」
と返してみた。彼女はよく飲む。
サイフが心配だ。

——
「それお母さんが言っていたの?」
「うん」
——
「つまらない仕事だって。
それ、お父さんが悩んでたんじゃないの?」
「いいや、お母さんだよ」
——
「本当かなあ。
かつてお母さんから聞いたことのある話と
ちょっと違うような……」
「インターネットは、嘘をつける場所なんでしょ?」
——
「えっ、よくご存じで……」
「お父さんはとにかく、お酒が飲めればよかったんです」
——
「ふうん」
「つぎは、時期が飛ぶけれど、
お母さんとの一番の思い出をアップします」

【1985年 冬(30歳)】

彼女のアパートを訪ねて、いつもうれしくなること。
とんとん、とドアをノックして入るときに、
彼女は、かならずニコニコしながら
「いらっしゃい~!」と言う。
あれは、うれしかったね!

「お父さんが結婚する前、お母さんとお付き合いしている
ときに、一番うれしかったのは、間違いなくこれだね!」
——
「お母さん、可愛いね。
でも、どうしてお父さんはうれしかったの?」
「は? だって、『いらっしゃい』なんて
会社では言われないだろう」
——
「たしかに、会社で『いらっしゃい』なんて
言われても、うれしくないね」
「待っててくれるというか、
歓迎してくれる人がいるとうれしいじゃん。
自分の存在が肯定されている感じがする……
わかるだろ!
——
「うん、わかるよ。それって、本当に毎回だったの?」
「うん、毎回。ドアを開けるたび!」
——
「あっはっはっはっ(笑)」
「お母さんの、純粋でいい性格がでているよね。
ニコニコしていらっしゃい~って。
いまは言わないけどな!
——
「あっはっはっはっ(笑)」
「いまは言わなくなったなあ!」
——
「……まあでも、学校に行くときには
玄関まで見送りにきて、いってらっしゃいって
いつも言ってくれたし、帰ってきたときには
おかえりなさいって、笑って言ってくれてたよ」
「たわいもないことだ」
——
「ちなみに、ニコニコしながら
『いらっしゃい~!』って言われて、
お父さんのほうは、なんて応えるの?」
「……なんて言っていたかなあ」
——
「……『来ました~』って?」
「まあ、そんな感じだよねえ」
——
「思い出してよ。なんて言って
お母さんの家に入っていってたの?」
「……『オウッ!』」
——
「はっはっはっはっ(笑)」
「はっはっはっはっ(笑)」
——
「照れ屋さん!」
(つぎへつづきます)
第4回 母が帰宅した!参考情報を聞いてみた。