もくじ
第1回「常連さん」にあこがれた 2016-12-06-Tue
第2回はじめての「常連さん」 2016-12-06-Tue
第3回「常連さん」のよろこび 2016-12-06-Tue
第4回さよならチャーリー 2016-12-06-Tue

今年こそ卒業するはずの大学6年生。千葉県出身でとんかつが好きです。どうぞ、ご贔屓に。

「常連さん」へのあこがれと、
定食屋『チャーリー』

担当・ゆうきすずき

子どもの頃にあこがれていたこと、みなさんはありましたか。
ケーキ屋さんになりたい、スポーツ選手になりたい、
お金持ちになりたい、かっこいいあの子と結婚したい、
お母さんみたいになりたい、広い家に住みたい…。
程度の差はあれ、純粋な気持ちであこがれていたことが
みなさんの中にもあったのではないでしょうか。

同じように、ぼくにもありました。
お笑い芸人だったり、スポーツ万能なあの子だったり、
振り返ってみればいくつかあるのですが、その中の1つに
「飲食店の常連さんになる」というあこがれがありました。
頻繁に来店してくれるお客さんの愛称「常連さん」。
父の影響で「常連さん」という大人チックな響きに
あこがれてしまった5歳の少年は、15年後、
ついにその扉を開くことになります。
そして、そんなあこがれの実態は、
想像していたよりも、グッとくるものでした。

お家でご飯を食べるのもいいけど、
お店へご飯を食べに行くというのも、いいものです。

担当は、自炊しないことをとやかく言われがちな
ゆうきすずき(25)、全4回、どうぞご覧ください。

第1回 「常連さん」にあこがれた

あなたには、つい常連客になってしまった飲食店がある
だろうか。ある方は、そこになにか思い出があるだろうか。
マンガ『深夜食堂』を読んでいると、飲食店と常連客の
関係について、つい誰かと語り合いたくなってしまう。

マンガ『深夜食堂』は、ドラマ化と2度の映画化がされている
作品で、もしかしたらちらっと耳にしたことがある方も
いらっしゃるかもしれない。
内容を一言でまとめるならば、「食堂人情物語」だ。
舞台は、夜0時から朝の7時頃までしか営業しない
小さなめし屋・深夜食堂。
なやみやトラブルを抱えたお客さんがやって来ては
マスターに好きな料理を食べさせてもらい、
たわいもない(時に核心をついた)おしゃべりを通して
ちょっぴり元気になっていく、そんなストーリーだ。
そんな、個人が営むめし屋と常連客の交流がテーマの
『深夜食堂』を読むと、5歳のころに父親とよく通った
『オンボロ食堂』のことを思い出す。

ぼくの父は鉄工所で働いていて、加工した鉄をどこか遠くへ
運ぶために週に1度、工場を休んで大型トラックを
ブンブンと走らせていた。保育園に通っていたぼくは、
その話を聞く度にズル休みをして助手席を確保していた。
そして遠征ではいつも、とある小さな定食屋に
立ち寄ることがお決まりだった。
父が愛を込めて『オンボロ食堂』と呼ぶその定食屋は、
文字通りキレイとは言えなかったのだけど、
感じの良いおばちゃんとおじちゃんが切り盛りする
家庭的ですてきなお店だった。
父曰く「外見がきれいな店よりも、ちょっとぐらい
汚れが目につく店の方が美味い」そうで、
そんなことはいいからマクドナルドに連れていってほしい
と思っていたぼくも、足を運ぶたびにオンボロ食堂の
ことを好きになっていった。
というのも、オンボロ食堂では、父が妙にオトナっぽく、
いつもよりかっこよく見えたからだ。

食堂で父は、「お父さん」ではなく「常連さん」だった。
「お父さん」としての父は、隠れてパチンコに行っては
負けて帰ってきて母に怒られているような、
工場ではマンガ雑誌ばかり読んでいるような、
休みの日はずっとごろごろしているような、
だらしがなくてちょっと頼りない存在だった。
そんな父も、店のおばちゃんから「常連さん」と呼ばれている
時は、不思議なことにオトナっぽく見えた。
「常連さん」というコトバを初めて耳にしたのは、
たしかテレビドラマだった。
おかみさんに「常連さん」と呼ばれる役者さんは男前で、
オトナな雰囲気を漂わせていた。時に、酔っぱらって
迷惑をかける「常連さん」も出てくるのだけど、そういう
姿も子どもには到底たどり着けない境地に達しているように
見えて、うらやましいなぁと思って見ていた。
その境地に、いまや父も両足で立っている。
魔法のコトバ「常連さん」で、
父親というよりも1人のオトナに変身した父の姿が、
なんだか誇らしく、羨ましく、それでいてかっこよかった。

実際のところ、オンボロ食堂で父は、いつもより堂々と
振る舞っていた。
いつものセコイ「お父さん」ではなかったのだ。
常連さん特典として、たまご焼きやらほうれん草の
おひたしやら、ちょっとした一品料理を父はサービスして
もらっていたのだけど、それを「ほら」と言ってぼくの
お皿に載せてくれた。
いつもなら父は、自分が好きな食べ物を子どもにすら
なかなか分けてくれないのに、この時ばかりは余裕の表情で
たまご焼きをぼくに分けてくれるのだ。
こうして5歳児のぼくは、オンボロ食堂での父を見て、
自分もいつか「常連さん」になってみたいものだなぁと
ひそかにあこがれ続けていた。

と、あこがれてはいたものの、高校を卒業するまで
実家暮らしだったぼくは、ほとんどの食事を自宅でとって
いたこともあり、「常連さん」にはならずじまいだった。

しかし、ここで転機が訪れる。
大学進学のために、1人暮らしをすることになったのだ。

第2回 はじめての「常連さん」