もくじ
第1回「常連さん」にあこがれた 2016-12-06-Tue
第2回はじめての「常連さん」 2016-12-06-Tue
第3回「常連さん」のよろこび 2016-12-06-Tue
第4回さよならチャーリー 2016-12-06-Tue

今年こそ卒業するはずの大学6年生。千葉県出身でとんかつが好きです。どうぞ、ご贔屓に。

「常連さん」へのあこがれと、
定食屋『チャーリー』

担当・ゆうきすずき

第4回 さよならチャーリー

京都での「暗黒期」をチャーリーに支えてもらっていた
ぼくだけど、ついに別れの日がやってきた。
東京へ引っ越すことになったのだ。

単位はそろっているものの2度目の就職活動のために
卒業を引き延ばしたぼくは、大学に通う必要が
ほとんどなくなっていた。
それなら、よし、就活のしやすい東京でアルバイトを
しながら生活しよう。そう決めたぼくは、京都の家を引き払う
手続きやらなにやら、着々と東京行きの準備を進めた。

最後にチャーリーでご飯を食べたのは、
京都を離れる前日の昼過ぎだった。
ピークの時間はとうにすぎたからかお客さんはまばらで、
店内はすこし寂しげだった。BGMに美空ひばりが流れている。
ぼくはいつものように、日替わり定食を頼んだ。

その日のメニューは、キムチあんかけ焼きそばと唐揚げ、
ご飯とたまごスープ、そして食後のコーヒー。
もう何十回も食べた組み合わせだ。
最後の日なのだから、ぼくの嫌いな「梅しそロールカツ」が
メニューに含まれていて、何も言わずおばちゃんが
「チーズにんにくロールカツ」に変更してくれたらなぁ
なんて思っていたのだけど、そううまくはいかなかった。
だけど、食後のコーヒーは、何も言わずとも
いつものように「アイス」で出してくれた。

コーヒーを飲み干し、いつものように会計に向かった。
「おおきに」と言いながら小走りでおばちゃんが
こちらに近寄ってくる。そして会計をすませ、明日から
東京に行くことや、今まで支えてくれたことへの
お礼を伝えようとしたまさにその時、
おばちゃんはこう言った「もうそろそろ、卒業ですか?」

なんという偶然。
今まで個人的なことは聞かれてこなかったせいもあり、
予想外の展開にすごく動揺してしまった。
「いや、卒業は、しないんですけど、なんというか、
明日から東京に住むことになって、それで、
今日で最後かも知れなくて、はい」などと、
モゾモゾぼくが次の言葉を探していると、おばちゃんは
オレンジ色の小さな紙を取り出し、ぼくにくれた。

10%OFF券だ。

「あぁ、そうですか。なら、もう使わんかもしれんけど、
よかったら。東京でもがんばってくださいね」。
これまた予想外の展開に「あ、ありがとうございます」と
だけ言って、きちんとお礼をすることもできず、
そそくさと店を出てしまった。

こうして、チャーリーとの別れは、ふがいないぼくの
せいであっという間に終わってしまった。

いまでも大学に用事がある時には京都へ行くのだけど、
あえてチャーリーには行かないことにしている。
かっこつけていることを承知の上で言うと、
なんとなく「今じゃない」気がするのだ。

おばちゃんが「東京でもがんばってくださいね」と言って
くれたからには、今よりも一回り、いや、二回りくらい
オトナにならなきゃいけないような、なりたいような気がする。
突然の事態にも動揺しないような、どっしり余裕あるオトナに
なれたと思えた時、オレンジ色の10%OFF券を持って、
次こそは堂々と「ありがとう」を伝えようと思う。

拝啓 チャーリーのおばちゃん。
そのときまで、どうか、お元気で。

(おわります。最後までお読みいただき、ありがとうございました)