〝想い〟を形にするジュエリー職人の仕事
担当・阿部光平
第3回 厳しさの中にも愛情が溢れる職人気質の親方
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何の経験もないままジュエリーの工房に入って、
最初はどんな仕事をしていたんですか?
- 臼澤
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一番はじめは、銀の丸線っていう、
銀の地金をぐーっと細く伸ばしたものを、
1ミリか2ミリ間隔でパチパチと切って、
切り口をヤスリで直して、
蝋っていう溶接材を使って、くっつけていくんです。
それを、親方がバーッとやってみせて、
「これを繋げて2メートルにできるようになったら教えて」
って言うわけです。
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はい、はい。
- 臼澤
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で、僕が「どうやってやるんですか?」って聞いたら、
「今見せたじゃん。これ使ってやればいいんだよ」って。
「やり方とか何も聞いてないんですけど…」って言ったら、
「見せただろー。あとは考えなよ、自分で」とか言われて。
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「仕事は見て覚えろ」と。
- 臼澤
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そう。結局、それを覚えるまでに1年半かかりましたよ。
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はぁー。
- 臼澤
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だけど、最初の2ヶ月くらいは、お金くれなくて。
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えーっ! 学費を稼ぎにいってるのに‥‥。
- 臼澤
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たぶん、試されたんですよね。
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根性があるかないかを?
- 臼澤
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根性もそうだし、お金に対する意識というか。
ジュエリーの工房って、地金とか、金目のものが多いから、
そういうものの欠片をちょっとずつ集めて持っていけば
お金になるんです。
そういう小狡いことをしないかを試したんでしょうね。
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なるほど。
- 臼澤
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それで、2ヶ月が過ぎた頃に、
「あんちゃんよぉ、俺、金渡してねえけど、いいの?」
って聞かれて、
半分ふてくされながら「戦力になってねえから」
って言ったら、
「ふーん、そういうこと考えてんだぁ」って言われて。
「戦力になってなければ金にならねぇし、
だから他にバイトを探さなきゃって思ってました」
って話したら、ポンって2ヶ月分のお金を渡されたんです。
「それで学校に払ってこい。小遣いも10万入ってるから」
って。
当時の丁稚の給料って、どこも月3万円くらいなんですよ。
だから、10万円のお小遣って破格なんですよね。
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かっこいいー!
- 臼澤
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粋な人でしたよ、すごく。
バリバリの江戸弁で、昔の噺家さんみたいな喋り方で。
「お前、たらたらメシ食ってんじゃねーよ!
職人なんか、片膝ついてメシ食えばいいんだよ。
口の中でうんこになっちまうぞ、バカヤロー」
とか言ってね。
夕方6時には仕事を切り上げて、
近くの寿司屋に飲みに行くんですけど、
夜10時くらいにフラッと工房に戻ってきて、
「メシ食った?」とかって聞いてくるです。
こっちは仕事してるから、ブスッとしながら
「まだ」とかって言うじゃないですか。
そしたら、
「あのよ、寿司屋行ったら余っちゃったんだよなぁ、コレ。
食えよ、旨えぞ。一応、特上だからよ」とかって。
3人前とか持ってくるんですよ。
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はぁー。粋な職人さんって感じがしますね。
- 臼澤
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結局、昼間は学校に行って、夜は工房で働くという生活を
4年間続けたんです。
工房に寝泊まりして、
工房から銭湯に行って、
工房から学校に通ってました。
さすがに、親方からも「お前、帰んなくていいの?」
って言われたんですけど、
「働ける時間が短いから、仕事が覚えられないし」って。
仕事できないのに、
金だけもらうってのは納得いかなかったから。
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住み込みで働きつつ、学校に通う生活だったんですね。
- 臼澤
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洗濯物も、最初は銭湯でやってたんですけど、
そのうち親方の奥さんが「臼澤くん、洗濯物出しなさい!」
とか言って、やってくれるようになって。
お弁当も差し入れてくれたりとか。
だから、もう帰らないんですよね、家に。
一応、寮にいることになってるから、
親も不思議に思わないし。
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職場兼、下宿みたいな感じなんですね。
ちなみに、親方さんは、どんな仕事をされていたんですか?
- 臼澤
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ほぼほぼ、宮様です。
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皇室のジュエリーを作ってたんですか?
すごい! それくらいの名工だったんですね。
- 臼澤
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ええ。紫綬褒章とか、国からの勲章も受けてますしね。
そういう仕事をしている一方で、
工房の下の階にあったラーメン屋で飼われてた
フェレットの首輪を直して、
「おい、下のおばちゃんにイタチの首輪届けてこい」
とか言うんですよ。
僕が「いくら預かってくればいいすか?」って聞いたら、
「普段お前がお世話になってんだからいいだろ」って。
そうやって、仕事を選ばない人でしたね。
どんな仕事でも手を抜かないですし。
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それだけの仕事をしていながら、
決して偉そうにしない人だったんですね。
- 臼澤
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仕事に対しては、すごく誇りを持っていて、
値踏みされたり、ペースを乱されるのが嫌いなんですよ。
上手いし、仕事も早いんだけど、
「チャチャッとやってください」みたいなことを言われると
カチンときたりして(笑)。
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まさに職人気質を絵に描いたような方ですね。
粋だし、「仕事は見て盗め」という姿勢も含めて。
- 臼澤
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仕事が終わると、「片しといてねー」って帰るんですど、
材料も道具も全部出しっぱなしのままなんですよ。
自分が弟子をとるようになって、
それがどんなに恐いことかわかりましたよ。
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材料から、道具から持っていかれちゃうことだって
考えられるわけですもんね。
- 臼澤
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そう。だから、その環境を利用して、
仕事を盗めってことだったんですよね。
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「道具も材料も置いておくから、こっそり練習しろ」
っていうメッセージだったんだ。
- 臼澤
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そうだったんだと思います。
だけど、やっぱり見なきゃわからない作業も
あるじゃないですか。
最初、親方の机と僕の机が斜めに位置していて、
手元が見えなかったので、
ある時、工房にカーブミラーをつけたんです。
「親方、入り口に座ってるから、
お客さんとか来た時に何かもってかれたら
まずいじゃないですか」とか言って。
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防犯対策だってことで(笑)。
- 臼澤
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その時は、「そっか」って言って納得してたんですけど、
ある日気づくんですよ。
仕事をしてて、視線を感じたんでしょうね。
その次の日から、机を正面に持ってこいって言われました。
「真っ正面から見てぇなら、見せてやる」って。
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お互いの真剣さが伝わってくるエピソードですねぇ。
- 臼澤
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だから、僕の場合、道具が全部逆なんですよ。
親方と対面で仕事を覚えているから。
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えぇ!?
向き合った状態で、仕事を真似しながら覚えたから、
道具を使う手が逆になっちゃったってことですか?
- 臼澤
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そうなんですよ。親方の真似ですから全部。
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すごい話ですね、それ。
- 臼澤
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だって、真似しないとできないんですもん。