〝想い〟を形にするジュエリー職人の仕事
担当・阿部光平
第6回 職人が作業員へと変わっていった背景
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文化や歴史を伝えていくためには、
技術の継承というのも欠かせない要素だと思うんですが、
その点について臼澤さんは、どのようにお考えですか?
- 臼澤
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僕が親方のところで修行してたのはバブルの時期で、
大学生のビンゴ大会で海外旅行が当たるような時代だから、
厳しい修行をして、3万円の小遣いで、
頭殴られてなんてことは誰も我慢できないんですよ。
世間的には〝新人類〟って呼ばれた世代で、
あんまり根性座ってるやつがいなかったんです。
だから、あの頃から職人がいなくなって、
作業員になっちゃったんじゃないですかね。
「なんで教えてくれないんだろう」とか、
「なんで殴られたんだろう」とか、
そういうことを考えるのをやめちゃったんじゃないかなぁ。
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頭で考える職人さんが減って、
言われたことをこなすだけの人が増えてきたと。
- 臼澤
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何も考えずに、
言われたことだけやってるのは職人じゃないですよ。
いくら高性能な機械が出てきても、
使うのは人間なんだから
考えることをやめちゃったらダメなんです。
うちの親方はよく、
「機械を機械として使ってるうちは職工なんだよ。
機械を道具に変えて、はじめて職人だ」
って言ってたけど、本当にその通りだと思いますね。
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職人と職工かぁ。
- 臼澤
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パリの宝飾ブランドでトップマイスターに任命されたのも、
僕が最後だったんです。
今は、もうみんな亡くなってしまって、
残ってるのは僕だけですから。
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えぇー、そうなんですか!
最高位に認定された、最後の職人さん。
その後は、なぜ職人さんが育っていかなかったんですか?
- 臼澤
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機械が発達して、ジュエリー業界の仕事も
オートメーション化していきましたからね。
もう、ブランドも職人を育てるのをやめちゃったんですよ。
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はぁ、そういうことなんですね。
- 臼澤
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今なんか、3Dプリンターなんてものが出てきたでしょ。
だけど、あくまでも趣向品を作ってる立場からしてみると、
「それって、血が通ってねーじゃん」って思いますよね。
そもそも、お客さんが思い描いているのって、
何センチ何ミリとかっていう正確性ではなく、
トータルバランスでのイメージじゃないですか。
話し合いの中から、そのイメージを感じとって、
求めている形に仕上げていくっていうのが、
職人の腕の見せ所なんですよ。
「考えること=センス」ですから。
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確かに、買う側としては、
付け心地の良し悪しは気にしますけど、
数字的な正確性は求めないですね。
- 臼澤
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身に付けていて優しいとか、
付け心地がいいとかって、
数字で見れるものじゃないですからね。
ひとりひとり相手を見て、
人間の手で作らないと絶対に出せないものってあるんです。
デザインでもそうです。
70歳を過ぎた親方が、老眼鏡もつけずに石を留めてて、
「見えるんすか?」って聞いたら、
「あ? こんなのよ、全体がぼやっと見えればいいんだよ」
って言うんですよ。
「石を単品で見たら、全体のバランスがわかんねぇだろ。
トータルバランスで見なきゃ、綺麗にならねぇよ」って。
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はぁ。
- 臼澤
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「見えてないんすよね?」って聞いたら、
「見てねぇんだよ、バカ。そんなもん、手に宿んだろ」
って言われて。
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はぁー。
- 臼澤
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最初は、「何言ってんだ、このオヤジ」と思ってたんですよ。
「そんなの神や仙人じゃねぇんだから、わかんねぇよ」って。
だけど、最近、ちょっとだけわかるようになりました。
石を留めた後は一個一個ルーペで確認していきますけど、
やってる時はほぼ感覚ですね。
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手に宿ってきたんですかね。
- 臼澤
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宿ったかどうかはわかんないです。
ただ、自分の手仕事に対しては、
そっちの方がバランスがいいと
思えるようになってきましたね。
それを見て、よその職人さんも驚いてくれるし。
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それは、教えてもらってわかることではないですよね。
自分で考えて、試行錯誤したからわかったことというか。
- 臼澤
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そうですね。
自分である程度やっていかないと
わかんないんじゃないかなぁ。
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話を少し戻しますが、
ジュエリー業界でオートメーション化が進んだのは、
やっぱり効率化とかコスト削減というのが理由ですか?
- 臼澤
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そうです。合理性、効率化、コスト削減。
上手い下請け職人は、
工賃が高いからという理由で次々に切られて、
その代わりとして1億も2億もする高額な機械を導入して、
生産体制をガラッと変えたんです。
その結果、何が起きたかというと、
作る側も製造過程をよく知らなくて、
それを売ってる人も全然ジュエリーのことをわかっていない
という状況になったんです。
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「作る」から「売る」までの流れが、
一本の線じゃなくなったんですね。
- 臼澤
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ビジネスだから、そうなるのもわからないでもないけど、
モノ作りをしているサプライヤーなのであれば、
世に出すものには責任を持つべきだと思うんですよね。
販売店も、自分たちが売った品物には
責任もってほしいじゃないですか。
それがないっていうのは、
もうブランドとは呼べないと思います。
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規模が大きくなることで、各部門の分断が起きるんですかね。
- 臼澤
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効率に囚われちゃうとね。数字至上主義になっちゃうから。
そこにモノ作りの文化はないですよ。
やっぱり、文化や歴史を背負ったものこそが
正しいジュエリーだと思いますね。
日本人はブランド好きが多いから、
みんなが同じものを使って満足してたりしますけど、
やっぱり趣向品にはオリジナリティや味が必要なんですよ。
それが、趣向品の趣向品たる由縁ですから。
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文字通り、趣向が反映されたものであると。
そこが工業製品との大きな違いなんですね。
そういうモノ作りができる職人さんが、
どんどん減っている状況について
各ブランドやジュエリー業界は、
どのように受け止めているのでしょう?
- 臼澤
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みんな困ってますよ。
慌てて人を募集したりとかしてますけど、
教える人がいないと職人は育たないですからね。
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臼澤さんのところには、
何人くらいお弟子さんがいるんですか?
- 臼澤
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全部で16人います。
だけど、仕事のひとつのパートを覚えると
辞めていく人も多いですよ。
今なんか、レーザー溶接機で
壊れないレーザー溶接ができるようになったら、
もう食えるようになっちゃうんで。
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そうかぁ。
- 臼澤
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技術は継承していこうとは思ってるんですよ。
僕が伝えていかないと、親方の技術が途絶えるわけだから。
でも、モノ作りとか、技術に対する考え方が、
もっとピュアじゃないと、
最後の最後までは教えられないと思います。