- 田中
-
僕も「青年」を名乗ってはいるものの、
会社を辞めた理由のひとつには、
人生がすごく速く思えてきたなというのがあって。
20代の頃と比べたら、
もう倍以上、日が暮れるのも早くなってるし。
これは80いくつで死んだ僕の祖母さんが言った
忘れられない一言なんですが、
「あぁ、こないだ18やと思ったのに、もう80や」って。
- 一同
- (笑)
- 糸井
- 素晴らしい!(笑)
- 田中
-
その1行で、60何年間という時間をピョーンって。
そりゃあ速いわなぁっていう。
- 糸井
-
あいたたたた(笑)。
それ、泰延さんよりも、
僕の方がもうちょっと深くわかりますね。
- 田中
- 僕はまだ、実感がない(笑)。
- 糸井
-
でも、それですよ。
それは翻って「ご近所の人気者」の話なんですよね。
- 田中
- うん、そうですね。
- 糸井
-
一番近いところで僕のことを
単なる「人体」として把握している人たちが、
「ええな」って言う。お互いに。
「今日も機嫌ようやっとるな」って。
やっぱりここに落ち着けたくなってしまう。
- 田中
- はい、はい。
- 糸井
-
そのご近所のエリアが、
本当の地理的なご近所と、気持ちのご近所と、
両方あるのが今なんでしょうね。
- 田中
-
あぁー。
その「ご近所」っていうのは、
フィジカルなことがすごい大事だと思ってて。
- 糸井
- 大事ですねぇ。
- 田中
-
たとえば1週間前、
大阪に来た糸井さんの楽屋を5分だけでも訪ねて行く。
それだけでも、今日が全然違うんですよね。
ちょっと顔を見に行くとか、ちょっと会い行く。
- 糸井
- あの時も手土産をどうもありがとう(笑)。
- 田中
- はい(笑)。
- 糸井
-
「アマチュアであること」と「ご近所感」って、
結構、隣り合わせなんですよ。
- 田中
- うんうんうん。
- 糸井
-
アマチュアであるっていうのは、
変形してないってことなんですね。
プロであるってことは、変形してる。
- 田中
- 変形?
- 糸井
-
これは吉本(隆明)さんの受け売りで、
吉本さんはマルクスの受け売りなんですけど、
「自然に人間は働きかける。
で、働きかけた分だけ自然は変わる」。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
それは、作用と反作用の話で、
何かをして相手が変わった分だけ、
自分が変わっているんだよと。
わかりやすいことで言うと、
ずっと座り仕事をして、ろくろを回してる職人さんは、
散々茶碗をつくってきた分だけ、
座りダコができたり、腰が曲がったり、
何かをしてきたことの反作用を受けてるんだよと。
1日だけろくろを回している人にはそれはないんです。
- 田中
- そうですよね。
- 糸井
-
ずっとろくろを回している人は、
ろくろを回すっていうふうに「変形」しているわけです。
で、「変形」するっていうことが、
プロになるっていうことであると。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
-
世界を詩で表す人は、
その分だけ世界が詩的に「変形」してるわけですよ。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
-
だからさっきの、
僕と泰延さんが「超受け手でありたい」っていう気持ちも、
すでにそれは変形であって、
その意味では、もうアマチュアには戻れないほどに
体が歪んじゃってるわけです。
- 田中
- そうですね。
- 糸井
-
そうやって変形していく中でも、
歪んでない部分をどう維持するのかっていう時に、
「ご近所の人気者」というのが出てくるわけです。
- 田中
-
「アマチュアであること」と「ご近所感」は、
隣り合わせである、と。
- 糸井
-
たとえば、永ちゃん(矢沢永吉さん)はすごい。
本当に「ご近所の人気者」なんですよ。
- 田中
- そうなんですか?
- 糸井
-
たとえば、うーん…、
僕もよく行ってたイタリアンのお店があるんだけど、
僕が永ちゃんの関係の人だっていうことも知っていて
言うんだけど。
「こないだ矢沢さんがお見えになって、
『何時に、何人とか入れますか?』って予約しに来て、
その後、社内の人を連れてきてくれました」って。
つまり、みんなの分を予約するために、
お店に顔を出していくような人なんですよ。
- 田中
- 矢沢さんが?
- 糸井
-
それとか、社員が
引っ越し先を探しあぐねているって話したら、
何日か経って、すっごい朝早く電話が来て、
「あ、俺だけど」って永ちゃんで、
「いい物件あったから」って(笑)。
- 田中
-
矢沢永吉が(笑)。
物件見てくるの?
- 糸井
-
そう。
「でも、決まらなかったんですけどね」って。
- 一同
- (笑)
- 糸井
- その「決まらなかったんです」も含めて「ご近所の人」。
- 田中
-
へぇ。
あのぉ、吉本さんのお話でしたっけ、お花見の時の。
- 糸井
-
うんうん。
午前中から、
- 田中
- 最初に来て。
- 糸井
-
場所取らなきゃいけないから、
吉本さんが自転車でブルーシートを背中に背負って、
午前中から最初に来て。
1冊そこで読む本を持って、
夜、人が集まるまで本を読んでるんです。
- 田中
- はぁ。すごいですね。
- 糸井
-
うーん‥‥、すごいねぇ。
たしか鍋のセットとか持って行ったんじゃないかな。
- 田中
- すごいですねぇ(笑)。
- 糸井
-
そういうお手本を見ていたのもあると思う。
僕は吉本さんを見ていたのがすごく大きい気がしますね。
- 田中
-
大阪弁で言うと、
「エラそくならない」ってすごい大事だなって。
- 糸井
- そうですね。鶴瓶さんとか、ものすごく上手ですよね。
- 田中
- まったくエラそくならないですよねぇ。
- 糸井
-
あれはもう鍛え抜かれた、エラそくならなさですね。
あの人はトップだなぁ。
- 田中
- ええ、ええ。
- 糸井
-
一緒に大阪の街を歩いたことがあって。
鶴瓶さんだって気付きそうな人がいたら、
自分から攻めていくもんね(笑)。
- 田中
- 「あ、鶴瓶や」って言われそうになる前に。
- 糸井
- 自分から、「こんばんはぁ」って。
- 一同
- (笑)
- 田中
- はぁー。
- 糸井
-
なんていうんだろう、
「身内」っていう感覚の持ち方の上手さ。
それってつまり、「身内=ご近所」なんで。
あの人にとってみれば、みんな「ご近所」で。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
で、せっかく吉本さんを出したなら、
それは、吉本さんが
「大衆の原像」とおっしゃったことなんでしょうね。
- 田中
- なるほど、「原像」ですね。
- 糸井
-
そういうものを心の中に置いておいて、
「お前、そんなことやってると、
変形してない部分の自分なり他人に笑われるよ」っていう、
そこを持ち続けられるかどうか。
- 田中
- そうですね。
- 糸井
-
文楽の落語の中の、
「そういうことは天が許しませんよ」っていうさ、
それを持っているかどうかみたいな。
そこはなんか抱えておきたい部分。
- 田中
- あぁ、なるほど。
- 糸井
-
うちって、夫婦ともアマチュアなんですよ。
だから、ちょっと持ってるような気がします。
- 田中
-
えぇ?奥様は、僕らなんか見ると、
やっぱりプロ中のプロのような気がするんですけど。
- 糸井
-
違うんです。
「プロになるスイッチ」を入れて、
その仕事が終わったら、アマチュアに戻る。
カミさんは、高い所とか本当は苦手で。
僕はパラシュートとか、
自分はできるかなって思うタイプなんだけど、
「なんでやるの?」とか聞いてくる。
で、カミさんに、
「じゃあ、仕事ならやる?」って言うと、
間髪入れずに、「やる」って。
- 田中
- おっしゃるんですね(笑)。
- 糸井
-
プロだと、後先を考えてしまうようなことも、
アマチュアの人ってへっちゃらなんですよね。
裏を返せば、
どこか「自分は演技したくない」っていうのがあるから、
だから、泰延さんに渡された日本酒っていうのも、
あれは僕には、ものすごくむずかしいんですよ。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
-
で、たぶん、カミさんとかはそこで、
僕よりももっとすごいことしてると思うから、
僕は自分がアマチュアでいられるんでしょうね。
- 田中
-
あー、この話、どこまで伝わるかなぁ。
これはむずかしい話。
- 糸井
-
まぁ伝わらなくていいですけどね。
このまま言えば、もういいやって。
- 田中
- あぁ、なるほど。
- 糸井
-
「プロって、弱みなんですよ」っていうのは、
肯定的にも言えるし、否定的にも言える。
ただ、僕の中では、
「何でもない人として生まれて、死んだ」というのが、
人間として一番尊いことだという価値観は、
どんどん強固になっていきますね。
「生まれた」「めとった」「耕した」「死んだ」っていう、
4つくらいしか思い出のない人生っていうのは、
みんなは悲しいことだって言うかもしれないけど、
やっぱり一番高貴な生き方だと思うんですよ。
(つづきます)