- 糸井
-
たぶん今、泰延さんは、
生きていく手段として問われていることが山ほどあって。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
みんなが興味あるのは、
「何やって食っていくんですか?」とか、
「何やって自分の気持ちよさを維持するんですか?」とか。
面倒くさい時期ですよね。
- 田中
-
そうですね。みんなが質問するし、
僕も、どうやって生きていこう?ってこと考えるし。
じつは今日、会社に入る時に買った、
マドラ出版の『糸井重里全仕事』(注:1983年刊)を
持ってきたんです。
- 糸井
- あぁ、はいはい。
- 田中
-
後の糸井重里さんってことを考えると
全仕事でもなんでもなく、
キャリアの中のほんの何パーセントなんですが、
でも、広告の仕事はそこでひと区切りついていて。
そのひと区切りつけて、
違うことに踏み出そうと思ったときのことを、
今日は、本当にお伺いしようと思って。
- 糸井
- あぁ。
- 田中
-
糸井さんと初めて京都でお会いした時も、
タクシーの中で、
僕が最初に聞いたことがそれだったんですよね。
「ほぼ日という組織をつくられて、
その会社を回して、大きくしていって、
その中で好きなものを毎日書くっていう、
この状態にすごい興味があります」って言ったら、
糸井さんが、「そこですか」っておっしゃったんですよ。
それが忘れられなくて。
- 糸井
-
辞めると思ってないから。
「この人、電通の人なのに、そんなこと興味あるのか」
って、「へぇ〜」と思ったんですね。
- 田中
- その時、僕も辞めるとはまったく思ってなくて。
- 糸井
- 去年(2016年)の、4月ですよね。
- 田中
-
はい。
9月にみんなで、雑談したじゃないですか。
あの時点でもまったく辞めると思ってなかったですから。
- 糸井
- 素晴らしいね。あぁ。
- 田中
-
辞めようと思ったのが、11月の末ですね。
で、辞めたのが12月31日なんで、
1ヶ月しかなかったです。
- 糸井
- アハハ、素晴らしい。
- 田中
-
昨日たまたま書いたんですけど、
理由になってないような理由なんですけど。やっぱり…
- 糸井
- ブルーハーツ?
- 田中
-
はい。ブルーハーツなんですよ。
なんか、50手前にオッサンになっても、
中身は20何歳のつもりだから、
それを聞いた時のことを思い出して、
「あ、なんかもう、
このように生きなくちゃいけないな」って。
かと言って、何か伝えたいことも、
「俺の熱いメッセージを聞け」とかもないんですよ。
相変わらず、何かを見て聞いて、
「これはね」ってしゃべるだけの人なんですけど、
でもなんか、
「ここは出なくちゃいけないな」ってなったんですよね。
- 糸井
-
僕は、何かをやりたいというよりは、
やりたくないことはやりたくないという気持ちが強くて、
僕は、そこから本当に逃げてきた人なんです。
逃げたというより、捨ててきた。
で、広告も、なんだか、
どうしてもやりたくないことに似てきたんですよ。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
うーん…、無名の誰かであることはいいんだけど、
過剰にないがしろにされる可能性みたいな、魂が。
そういうのは嫌ですよね。
プライドっていう言葉にも似てるけど、ちょっと違う。
- 田中
-
とはいえ、糸井さんの広告のお仕事を見てても、
「この商品の良さを延々と語りなさい」みたいな、
そういうリクエストに応えたことはないですよね、
最初から。
- 糸井
-
うん、うん。
それは、やっぱりさっき話した、
「受け手として僕にはこう見えた、これはいいぞ」って
思いつくまでは書けないわけで。
だから僕は結構金のかかるコピーライターで、
車の広告をつくるごとに1台買ってましたからね。
- 田中
- あぁ。
- 糸井
-
「いいぞ」って思えるまでがやっぱり大変で。
受け手であるっていうことには、
ものすごく誠実にやったつもりではいるんです。
- 田中
- はい、はい。
- 糸井
-
でも、僕については、みんなが
「あいつ、もうだめですよね」って
言いたくてしょうがないわけですよ。
このままだと、なんでそういうことを言われながら、
この仕事をやっていかなきゃならないんだろう?って、
なるだろうなと思ったんですよ。
「こういう時代にそこにいるのは絶対に嫌だ」と思って。
- 田中
- はいはい。
- 糸井
-
で、僕にとって、ブルーハーツにあたるのが、
釣りだったんですよね。
ずっと釣りがしたかったんで。
そこで、誰もが平等に争いごとをするわけですよね。
コンペティション。
そこで勝ったり負けたりというところに血が沸くんですよ、
やっぱりね。
- 田中
- ええ。
- 糸井
-
始めたのが、12月だったと思うんですよ。
東京湾に、シーバスって呼ばれてるスズキを釣りに行って。
レインボーブリッジの下で身をかがめながら埠頭に出て、
で、そこでルアーを投げると、シーバスが釣れる可能性があると。
本当に初めて行った真冬の日に、
大きい魚がルアーを追いかけてきたのに逃げたんですよ。
- 田中
- うん、うん。
- 糸井
-
それと同時に、さっき言ったアマチュアの奥さんは、
俺が出掛けるっていう時に「ご苦労様」とか言って、
ちょっとなめたことを言っていたのに、
帰って来たら、バスタブに水が張ってあったんですよ。
- 田中
- はぁ。
- 糸井
-
つまり、生きた魚を釣ってきた時に、
そこに入れようと思ったんだね。
- 田中
- すごい!
- 糸井
- すごいでしょう?
- 田中
- すごい!
- 糸井
- そのバカにし方と、実際にこう水を貯めてね、
- 田中
- ここに待っている(笑)。
- 糸井
-
そう、そのアンバランスさっていうのが俺んちで。
その時、「明らかに魚が追いかけてきた」ことと、
「釣ってきた時にはここで見よう」って思ってた、
その「見たい」っていう気持ち。
それはもう、夢そのものじゃないですか。
それが僕の中に、ウワァーッと湧くわけですよ。
- 田中
- うんうん。
- 糸井
-
「釣れるんだ」ってなって、
年が明けてすぐ、今度は北浦に行った。
そこで真冬に、バスが釣れるんですよ。
- 田中
- はぁ。
- 糸井
-
もう奇跡みたいなもので。ルアーも全部取っときましたし。
「いるんだ」っていうのと、それから、
普段見えていない生き物が、ものすごい荒々しさで、
竿の先のラインの向こうでひったくりやがるわけです。
その実感が、ワイルドにしちゃったんですよ、僕を。
なんておもしろいんだろう、と。
その後、プロ野球のキャンプに行った時も、
ホテルに向かうまでの道のりに何回も水が見えて、
野球を観に行くはずなのに、水を見てるんです。
- 田中
- 水を見てる(笑)。
- 糸井
-
野球のキャンプの見物に行くのに、
折りたたみにできる竿とかを持っているんです。
- 田中
- 持ってるんですね(笑)。
- 糸井
-
正月に温泉かなんかに家族旅行に行った時も、
まったく根拠なく何かが釣れるかもと、
真冬に海水浴をやるような砂浜で、一生懸命投げている。
- 田中
- 投げて(笑)。
- 糸井
- それを妻と子どもが見てるんだ。
- 田中
- (笑)なんか釣れましたか、その時は?
- 糸井
- まったく釣れません。
- 田中
- あはは。
- 糸井
- 根拠のない釣りですから。
- 田中
- わははは。
- 糸井
- でも、根拠がなくても水があるんですよ。
- 田中
- うわっはっは(笑)
- 一同
- (笑)
- 糸井
-
いいでしょう?
僕にとってのインターネットって、水なんですよ。
- 田中
- なるほど!
- 糸井
- あぁ、いま初めて説明できたわ。
- 田中
- はぁ〜。
- 糸井
- 根拠はなくても水があるんです。
- 田中
- 根拠はなくても水がある。
- 糸井
-
水があれば、水たまりでも魚はいるんですね。
それが自分に火を点けたところがある。
だから、僕の「リンダリンダ」は、水と魚です(笑)。
- 田中
- はぁー。
- 田中
- まさかインターネットにつながるとは。
- 糸井
- 思いついてなかったですね。
- 田中
- でも、言われてみたら、きっとそういうことですよね。
- 糸井
-
広告を辞めるっていう、
「ここから逃げ出したいな」っていう気持ちと、
同時に、「水さえあれば、魚がいる」っていうような、
その期待する気持ちに、肉体が釣りでつなげたんでしょうね。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- うわぁ、素敵なお話ですね。
- 田中
- いや、本当に(笑)。はぁ。
- 糸井
-
でも、大勢の人たちに
分かってもらえるかどうかはむずかしいねぇ。
今日は、このへんで終わりにして。
- 田中
- ええ。
- 糸井
-
つまり、「田中さん、これからどうするんですか話」は、
公なところではなく、もっといびれるような場所で(笑)。
- 田中
- はい、いじめてください。
- 糸井
- お疲れさまでした。どうもありがとうございます。
- 田中
- いやぁ、ありがとうございました。
- 一同
- (拍手)
終わります!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。