もくじ
第1回「手土産研究家」の田中さん。 2017-03-28-Tue
第2回45歳の少年が覗いたインターネットの世界。 2017-03-28-Tue
第3回「読み手として書く」という2人のスタンス。 2017-03-28-Tue
第4回プロであることの悲しみと、アマチュアであることの尊さ。 2017-03-28-Tue
第5回根拠はなくても水がある。 2017-03-28-Tue

ライター/編集者。函館と東京を行ったり来たりしながら、インタビューをしたり、文章を書いたりしています。
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IN&OUT-ハコダテとヒト-

田中泰延×糸井重里 </br> 40代からのドロップアウト

田中泰延×糸井重里
40代からのドロップアウト

担当・阿部光平

第5回 根拠はなくても水がある。

田中
僕からの質問なんですけれども、
糸井さんは40代で広告の仕事を一区切りさせたとき、
「どうやって生きていこう?」
という問題に直面されましたか?
糸井
まさしくそうです。
もっと冒険ですよ。プライベートと一緒ですから。
泰延さんは大組織が一旦あったっていうケースですけど、
僕は退職金のない世界ですからね。
田中
そうですよね。
糸井
だから、大冒険です(笑)。
でも、平気だったんですよ。
その理由のひとつは、
アマチュアなカミさんがいたことじゃないかな。
田中
うーん‥‥。
糸井
「辞めたらこういうことになるけど、いい?」とかって、
僕は聞いた覚えがないんですけど、
後で「あれは聞くべきだったかな?」ってことを尋ねたら、
「いや、別に」みたいな。
そこは自分が働くつもりでいたんじゃないですかね。
田中
なるほど。
糸井
それは、相当でかいんじゃないかな。
でも、「働かない」って言っても、
案外、平気だったような気がする。
田中
京都で初めてお会いしたときに、
タクシーの中で、最初に聞いたのも
糸井さんが広告の仕事に区切りをつけて、
違うことに踏み出そうと思ったときのことだったんですよ。
 
「ほぼ日という組織をつくられて、その会社を回して、
大きくしていって、その中で好きなものを書くっていう、
この状態にすごい興味があります」って言ったら、
糸井さんは、「そこですか」っておっしゃったんです。
それが忘れられなくて。
糸井
辞めると思ってなかったですから。
電通の人だと思ってるから。
田中
そうですよね。
糸井
「この人、電通の人なのに、そんなこと興味あるのか」
って思ったんですよね。
田中
そのときは、僕もまったく辞めるとは思ってませんでした。
糸井
(笑)
田中
辞めようと思ったのが、去年の11月末ですね。
それで、辞めたのが12月31なんで、
思い立ってからは1ヶ月で辞めたんです。
糸井
素晴らしい。
田中
辞めた理由も理由になってないような理由なんですけど‥‥
糸井
ブルーハーツ?
田中
そう、ブルーハーツなんですよ。
こんなね、50手前のオッサンになっても、
おっしゃったように中身は20何歳のつもりだから、
ブルーハーツを聞いたときのことを思い出して、
「なんかもう、こういうふうに生きなくちゃいけないな」
と思ったんです。
 
かといって、何か伝えたいこととか、
「俺の熱いメッセージを聞け」とかはないんですよ。
相変わらず、何かを見て、聞いて、
「これはね」ってしゃべるだけの人なんですけど、
「ここからは出なくちゃいけないな」って思ったんです。
糸井
「どうしてもやりたくないこと」
っていうのが世の中にはあって、
そこを僕は本当に逃げてきた人なんです。
逃げたというよりは捨ててきた。
どうしてもやりたくないことに、
人は案外、人生を費やしちゃうんですよ。
田中
はい。
糸井
僕の場合、「何かやりたい」というよりは、
「やりたくないことをやりたくない」って気持ちが強くて、
そこから、マッチもライターもないから、
しょうがなく木切れで火を起こし始めたみたいなことが
自分の連続だったんです。
要するに、広告も、
「どうしてもやりたくないこと」に似てきたんですよ。
田中
はい。
糸井
で、「これ、まずいなぁ」と。
プライドっていう言葉に似てるけど、違うんですよね。
「どうしてもやりたくないこと」に近い。
無名の誰かであることはいいんだけど、
魂が過剰にないがしろにされる可能性はまずいなって。
そういうのは嫌ですよね。
田中
とはいえ、糸井さんの広告のお仕事を見ていても、
「この商品の良さを延々語りなさい」というような
リクエストに応えたことはないですよね、最初から。
糸井
うん、うん。
やっぱり、さっきの話ですけど、
「受け手として僕にはこう見えた、これはいいぞ」って
思いつくまでは書けないんですよ。
だから、僕、結構金のかかるコピーライターだったんです。
車の広告をするごとに1台買ってましたからね。
田中
あぁ。
糸井
それはおまじないでもあるんだけど、
「いいぞ」って思えるまでが、ちょっと大変というか。
どこかでやっぱり「受け手である」っていうことに
ものすごく誠実にやったつもりではいるんです。
田中
はい、はい。
糸井
広告の仕事を辞めたのは、
「この先、『あいつは、もうダメだ』って言われながらも、
仕事をやっていく意味はあるんだろうか?」
って思ったのがあります。
僕については、「あいつは、もうダメだ」って
みんなが言いたくてしょうがなかったわけですよ。
田中
はいはい。
糸井
「こういう時代に、そこにいるのはまずいな」っていうか、
「絶対嫌だ」と思って。
で、僕にとってのブルーハーツに当たるのが、
釣りだったんですよね。
 
そこでは、誰もが平等に争いごとをするわけですよ。
その中で勝ったり負けたりっていうところで
血が沸くんです、やっぱり。
田中
「釣りを始めた頃は、水たまりを見ても、
魚がいるんじゃないかと思った」
っておっしゃってましたもんね(笑)。
糸井
東京湾にシーバスがいると知って、
やっぱり、「おぉっ!」って思うわけです。
「東京から富士山が見える」というのも同じようなことで、
これもみんなを喜ばせるわけですよ。
 
それで、初めて東京湾へ釣りに行った真冬の日に、
大きい魚がルアーを追いかけてきたのが見えたんです。
田中
はい。
糸井
そのとき、アマチュアのカミさんは、
釣りに行く僕に対して、「ご苦労様」とか、
ちょっとバカにしたようなことを言っていたわけです。
田中
(笑)
糸井
で、帰って来たら、バスタブに水が張ってあったんですよ。
田中
はぁ。
糸井
つまり、生きた魚を釣ってきたときに、
そこに入れようと思ったんだね。
田中
すごい!
糸井
すごいでしょう?
その、バカにし方と、実際に水をためるというね。
そのアンバランスさっていうのが僕の家でなんです。
 
それで、そのときに、
「あれは明らかに魚が追いかけてきた」って思ったことと、
「釣ってきたときには、ここで見よう」って思ったこと。
つまり、喜びじゃなくて、
「見たい」っていう気持ちがあって。
それは、もう夢そのものじゃないですか。
それが僕の中に、ウワァーッと湧くわけですよ。
田中
うんうん(笑)。
糸井
普段見えていない生き物が、
竿の先に付いたラインの向こうでひったくるわけです、
ものすごい荒々しさで。
その実感がもう、僕をワイルドにしちゃったんですよ。
なんておもしろいんだろうって。
その喜びがね、僕を変えたんじゃないですかね。
 
野球も僕をワイルドにするものなんですけど、
プロ野球のキャンプに行っても、
ホテルに向かうまでの道のりに何回も水が見えて、
野球を観に行くはずなのに水を見てるんです。
田中
水を見てる(笑)。
糸井
野球のキャンプの見物に行くのに、
折りたたみできる竿とかを持っているんです。
田中
持って行ってるんですね(笑)。
糸井
正月は正月で、家族で温泉旅行なんかに行ったときに、
まったく根拠なく、真冬に、海水浴をやるようなビーチで、
一生懸命投げてる。
それを妻と子どもが見てるんです。
田中
(笑)。なんか釣れましたか、そのときは?
糸井
まったく釣れません。
田中
(笑)
糸井
根拠のない釣りですから。
田中
(笑)
糸井
でも、根拠がなくても水があるんですよ。
一同
(爆笑)
糸井
僕にとってのインターネットって、水なんですよ。
田中
なるほど。
糸井
今、初めて説明できたわ。
田中
はぁ。
糸井
根拠はなくても水があるんです。
田中
根拠はなくても水がある。
糸井
水があれば、水たまりでも魚はいるんですね。
それが自分に火を点けたところがある。
だから、僕の「リンダリンダ」は、水と魚です(笑)。
田中
水と魚。
いや、その話が、まさかインターネットに繋がるとは。
糸井
思いついてなかったですね。
田中
でも、言われてみたら、きっとそういうことですよね。
糸井
広告を辞めるっていう、
「ここから逃げ出したいな」っていう気持ちと、
「水さえあれば魚がいる」っていう期待する気持ちを、
肉体が釣りで繋げたんでしょうね。
田中
なるほど。
糸井
うわぁ、素敵なお話ですね(笑)。
田中
いや、本当に(笑)。
さっきのね、「ご近所の人気者」の話もそうですし、
釣りの話もそうですけど、糸井重里さんにお会いして、
身体性の話に行き着くと思ってなかったから、
今日は、もうそれがすごくおもしろかったです。
何か僕のこれからが、やっぱり変わってくると思います。
糸井
身体性の話の中で、
ちょっと編集的に都合悪いかもしれないですけど、
おしっこを我慢してるんですよね。
田中
今?
糸井
今。
田中
今の話? それはね、止める人いないです。
糸井
ちょっと行ってきます。
田中
惨事を招きますから。
糸井
すいません。これね、珍しい、珍しい。
田中
もう今ね、身体性について、糸井さんが実証されています。

(5分後)

糸井
すごい身体性ですよ。
田中
身体性が(笑)。
糸井
身体性といえば、
今までで人としゃべっていて、
おしっこが我慢できなくて中座したっていうのは、
たぶん、僕これ、2回目で。
田中
そんなに長いキャリアの中で、
たったの2回なんですか(笑)?
糸井
そうです。
講演の途中でトイレに行ったというのが1回あります。
もう1回は、
誰もトイレに立てないようなケースだったんですよ。
何かって言うと、高倉健さんなんです。
田中
それは、無理ですね(笑)。
糸井
僕は、弱ったなぁと思って、
「すいません!」って言って、おしっこ行ったんですよ。
後から聞いたら、
「健さんの前でトイレに行ったのは糸井さんが初めてです」
って。
田中
(笑)
糸井
いやぁ、田中泰延、第2の健さん。
田中
うわぁ。
糸井
もう田中健と呼びたい。
田中
そういう役者いましたよ(笑)。
糸井
ケーナを吹いてもらいたいですね。
田中
それね(笑)。
糸井
では、ここら辺で終わりにしましょうか。
田中
いやぁ、楽しかったです。
糸井
お疲れ様でした。どうもありがとうございます。
田中
ありがとうございました。