- 糸井
-
今だから言える秘密が、ぼくらの間に1つあります。
お花見問題。
- 田中
-
はい。大問題ですね。
僕が24年間勤めていた電通関西支社の。
- 糸井
-
田中さんがおられた部署は、なんていうんだろうなぁ。
よく言えば、梁山泊みたいな所なんです。
- 田中
-
もう、はぐれものの集り。
堀井博次さんという親玉が40年ほど前に現れて、
東京のカッコいい広告に対して、
とにかく関西のノリのカウンターパンチを
食らわせようとするんです。
そこへ、どんどんおかしな人がいっぱい集まったんですけど。
なぜか「糸井さん、一緒に仕事をしよう」
っていう話になりまして。
30年くらい前からつながっていたけれど、
久し振りとなる堀井さんと糸井さんの再会が
そのお花見だったんですよね。
- 糸井
-
その時に、田中さんとぼくは初対面なんですね。
ツイッターのメッセージで連絡して、京都の駅に降りて
待ち合わせをするんです。
「やぁやぁやぁ、どうもどうも」って。
- 田中
- はいはい。
- 糸井
-
その時に田中さんは紙袋を下げてるわけです、複数の。
1つの紙袋は、大きなつづらみたいになってて、
軽くて大きいんです。それで
「糸井さんにお渡しするものなんですけれども、
つまらないものですが。荷物になりますから、
これはそのまま僕が帰りまで持っています」って。
渡さないというのにも、ちょっと知恵を使っているわけです。
- 田中
- もう1つの紙袋は重いもの。
- 糸井
- 一升瓶なんですね。
- 田中
-
大阪のデパートので開けると、のしに大きい筆文字で「糸井」
って書いてあるんですよね。
- 糸井
-
「これは糸井さんからの差し入れだっていうことで、
申し訳ないですけど勝手に用意いたしました。
あの梁山泊の方々は、とにかく酒さえあれば
機嫌がいいんです。
お渡しする時だけ持っていただけませんか」
って田中さんは言うんです。
なに、その歌舞伎のプロンプターみたいな(笑)。
- 田中
- この営業っぽい、小賢さっていうね。
- 糸井
-
で、なんていうの、その念の入り方があんまりなんで、
もう笑うしかなくて。
ただ、梁山泊の人たちは、
人を疑うことにかけてもなかなか手練れだし、
その加減もわかんないんです。
ならば、ここは「田中泰延」に任せておこうと思って。
言われた通りに「これ」って言って渡したら、
案の定、湧くんですよ。
- 田中
-
糸井さんは特別ゲストですから、
みんながすでに、ちょっとこう飲んでいる所に
お連れしたんですよね。
事前に、糸井さんに(小声で)
「ここは糸井さんからって言ってくださいね」って
お願いしたんですけど。
糸井さん、すごい小さい声で「あのぅ、これ、僕が」って。
- 糸井
- ぼくは芝居ができない人間なんで(笑)
- 田中
-
後ろめたそうに出されたけど、
みんなは酔っ払いだから「ワーッ!」。
その包み紙をグシャグシャって取って「ウワァーッ!」って。
「糸井」って書いてあるお酒が出てくるから。
- 糸井
- すごいんだよ。
- 田中
- その喜び方の浅ましさ(笑)。
- 糸井
-
ガソリンを、焚火に投入したみたいなの。
これだったら、持ってきたほうがいいんだなぁって。
- 田中
-
糸井コールが起きるんじゃないかというくらい湧いて。
瞬時に開けて「酒あるぞ!」って全員一斉に注いで、
一気に飲んでましたね。
- 糸井
-
大阪から来た人が、東京の集いであれやったら
「あぁ」って言ってお終いですよね、きっとね。
「あぁ、どうもどうも」みたいな。
で、今まで飲んでた酒を普通に飲み交わして、
どこか置いておかれますよね。
- 田中
- あぁ、なるほど。
- 糸井
- そう。でも、梁山泊のメンバーは馬鹿じゃないんです。
- 一同
- (笑)
- 糸井
-
そこがいやらしいところ。馬鹿じゃないっていうのと、
馬鹿が同一平面に2つ置いてあるんですよね。
- 田中
- なんでしょうね、あの人たちは。
- 糸井
- なんでしょう?
- 田中
- なんですかね。
- 糸井
-
堀井さんが、ニッコニッコ、ニッコニッコ、
えびすさんみたいな顔していて。
いやぁ、芝居のようでしたね、あの場所はね。
- 田中
-
あの日の堀井さんね、ひどかったんですよ。
「あれぇ? 田中、お前、うちに20何年いて、
何もせぇへんやつかと思ったけど、糸井を連れて来たな」
って。ひどいですよね(笑)。
- 糸井
-
「田中泰延」という人がこのチームの中で
どういう存在なのかがまったくわからないんですよ。
つまり、誰もわかんないチームだね、あれは。
- 田中
-
なんでしょうね。
普段から僕の呼ばれ方は「ヒロ君」なんですよ。
- 糸井
- ヒロ君なんですよね。
- 田中
- ヒロ君。
- 糸井
- つまり、27歳くらいの呼ばれ方ですよね。
- 田中
-
もうずっと、入って以来ヒロ君なんですよね。
ひどいこともあって、社長や重役のような役員が
バーッと20何人くらい並ぶプレゼンの時にも
「では、えぇ、具体的なCMの企画案については、
ヒロ君のほうから」。
- 一同
- (笑)
- 田中
-
向こうはザワザワして「ヒロ君って誰だ?」。
社長が秘書に「ヒロ君って誰だ?」(笑)。
- 一同
- ははははっ
- 田中
-
「いやいや、すいません、ヒロ君と紹介されましたが、
田中でございます」と、プレゼンをする。
- 糸井
- 「ヒロ君からのプレゼン」ってね。
- 田中
- 「ヒロ君からのプレゼン」、芸名じゃないんだから。
- 糸井
-
それでね、今日もいつものように手土産をいただきました。
ぼくの手土産の考え方みたいなのっていうのは、
土屋さんからきていて。
- 田中
- コピーライターの土屋耕一さん。
- 糸井
-
同業の神みたいな人です。
土屋耕一さんは、ラジオの投稿家だったんですよ。
そこからアルバイトのように
資生堂の宣伝部に入られるんです。
「これからちょっと一杯やるから、なんか買って来いよ」
なんて頼まれると、資生堂から松屋の地下に行って、
予算の中でいろんなものを買ってくる。
その時の買ってくるものが気が利いているんで、
土屋さんは「それで俺は社員になったんだよ」と
お話をされていました。
- 田中
- なるほど、あぁ。
- 糸井
-
いいでしょう? で、田中さんも、
「僕が持ってくるものはだいたいつまんないものです」って
言った後に、ぼくは「うん」って言って。
- 田中
-
「つまんないものです」って言うの、
すごくいいコミュニケーションだと思うんです。
昔、田村正和さんに、喜んでもらえるだろうと思いつつね
「つまんないものですけど」って渡したことがあるんです。
田村さんがテレビドラマの中で乗ってた車のミニカーです。
そうしたら、田村さんはそれを見て、裏見て、
「本当につまらないね」(笑)って、あの口調で。
- 糸井
- あぁ、あぁ。
- 田中
-
言いながらもね、ちょっとこう鞄にしまっていたんですよ、
楽屋に置いていかないで。
「つまらないものです」って、すごくいいなぁと思います。
- 糸井
-
田中さんは「つまんない」の、
そのハードルをものすごく下げた状態で、
だいたい選んでこられますよね。駅で買えそうな、
だけど駅とも限らないみたいなところがある。
- 田中
-
大阪のいいところは、お土産自体のネーミングが
だいたいくだらないというところ。
- 糸井
- はいはいはい、すでにね。
- 田中
-
中身のおいしさとかまったく問われないっていうところで、
コミュニケーションになっているんです。
- 糸井
-
なってますよね。でも、前にいただいた
目黒のほうの揚げ煎餅と揚げ饅頭のセット。
あれが混じったことで、ぼくの田中さん像が
ちょっとずれちゃいました。
- 田中
- おいしいから、本気の手土産です。
- 糸井
-
今までは「つまんないもの」という、
越えやすいハードルをとにかく持ってきて、
相手を飛ばせるというやつだったんです。
それなのに「揚げ煎餅、うまいじゃん」ってなって(笑)。
- 田中
-
はは、僕の像がぼやけてしまったと。
あの時は、塩野米松さんがいらっしゃいましたから。
- 糸井
-
塩野さんの『中国の職人』にまつわるお話を
聞いたときですね。
- 田中
-
塩野さんにいきなり、
大阪のお約束の「面白い恋人」を差しあげても、きっとね。
「なんじゃ、これは?」となるからですね。
- 糸井
- あぁ。微妙にこう使い分けて。
- 田中
- 微妙に、小ずるく生きてますから。
- 糸井
- 目黒まで買いに行ったんですか?
- 田中
-
そうです、来る前に。
いつもは、新幹線に乗る直前に買うんですけど。
- 糸井
-
あの揚げ煎餅は、今までの路線とはっきり違うんです。
ぼくらはきっと、手土産ひとつの違いでも
コミュニケーションしてるわけですよ。
- 田中
-
1回は投げないとだめですね、ああいう変化球をね、
やっぱり(笑)。
- 糸井
-
そういうわけで、「手土産研究家の田中さん」というふうに
ぼくは認識しています。
どうしていつも手土産を持っていらっしゃるんでしょう?
営業やってらっしゃったんですか?
- 田中
-
まったくやったことないですけど、
やっぱり貰うとうれしいっていう経験がすごく大きくて。
- 糸井
- 大きくて。
- 田中
-
ほぼ日さんに伺った時は
メッチャいいもの貰えるじゃないですか。
ジャム貰ったりね、カレーの恩返し貰ったりね、
なんかあのぅ、やっぱり紙袋をくれはるんですよ。
- 糸井
- あぁ、なるほど。
- 田中
- で、やっぱり貰うとうれしいし、あと、家族喜ぶんでね。
- 糸井
-
あぁ、あぁ。家族って言葉が田中さんの口から出てきたのは、
ちょっと珍しいですね。
- 田中
- 珍しいですね。
- 糸井
- やっぱり、無職になってからですね(笑)。
- 田中
- そうですね、そうなんです。