田中泰延さんを、紹介します。
担当・マチコマキ
第5回 僕のこれから、やっぱり変わってくる
- 糸井
-
アマチュアであることとね、「ご近所感」ってね、
結構ね、隣り合わせなんですよ。
- 田中
-
うんうんうん。
- 糸井
-
「ご近所の人気者」っていうフレーズは、『じみへん』で、
中崎タツヤさんが、書いた言葉なんですよね。
- 田中
-
中崎タツヤさんのスタンスは、素晴らしいですね。
仙人のようなスタンスの崩れなさですよね。
- 糸井
-
凄味がありますね。
もう1つ中崎さんので、
永遠に忘れまいとしたのがあるんです。
主人公の青年は、お母さんがやってることが
すごく馬鹿に見えるんですね。庶民の家ですから。
そのことにものすごく腹が立って、馬鹿さ、くだらなさ、
弱さ、下品さみたいな、こう下世話なものに対して、
自分もそこの生まれの主人公が
「母さんは、何かものを考えたことあるの?」って言うのを、
もう怒りのようにぶつけるんですよ。
つまり自分の血筋に対する怒りですよね。
- 田中
-
はい、はい。
- 糸井
-
そうすると、お母さんが
「あるよ。寝る前にちょっと」って言うんですよ。
これ、涙が出るほどうれしかったです。
これを言葉にした人って、いないでしょ?
「寝る前にちょっと」をね、マンガにした人がいて。
- 田中
-
ものすごい凄味ですね、それは。
- 糸井
-
でしょう?
青年がどういう顔したかも覚えてないんですけど、
一生忘れられないと思った、それ。
そして、アマチュアだってことは、
変形してないってことなんですね。
プロであるってことは、あのぅ、変形してる。
- 田中
-
変形?
- 糸井
-
つまり、これは吉本さんの受け売りで、
吉本さんはマルクスの受け売りなんですけど、
「自然に人間は働きかける。
で、働きかけた分だけ自然は変わる」。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
「それは作用と反作用で、
変わった分だけ自分が変わっているっていうのが、
これはマルクスが言ったんですね」と。
「仕事、つまり、何かするっていうのはそういうことで、
相手が変わった分だけ自分が変わっているんだよ」と。
わかりやすいことで言うと、
「ずっと座り仕事をして、
ろくろを回してる職人さんがいたとしたら、
座りタコができているし、あるいは、
指の形やらも変わっているかもしれないし、
というふうに散々茶碗をつくってきた分だけ、
自分の腰は曲がっているしっていう形で、
反作用を受けてるんだよ」と。で、
「1日だけろくろを回している人にはそれはないんです」。
- 田中
-
そうですよね。ないですね。
- 糸井
-
「ずっとろくろを回している人は、
『ろくろを回す』っていうふうに、かぎかっこ、変形です。
で、その変形ということが
プロになるということである」と。
- 田中
-
なるほど。
- 糸井
-
「変形するっていうのは、10年あったらできるよ」
というのが励みでもあるし、同時に、
「それだけあなたは、変形しないことからは
もう自由ではあり得ないんだよ」っていうことでもある。
だから「生まれた」、「めとった」、「耕した」、「死んだ」
みたいな人からは、
もう離れてしまう悲しみの中にいるわけで、
だから、世界を詩で表す人は、
その分だけ世界が詩的に変形してるわけです。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
もしかして、ぼくと泰延さんの「超受け手でありたい」
っていう気持ちも、
もうすでにそこが変形になってるわけですよ。
- 田中
-
そうですね。
- 糸井
-
だから、その意味では、
そこはもうアマチュアには戻れないだけ
体が歪んじゃってるわけです。
- 田中
-
はい、はい。
- 糸井
-
でも、どの部分で歪んでないものを維持できているか
というところに、
もう1つ「ご近所の人気者」っていうのがあります。
それは、吉本隆明さんの手がかりでいえば
「大衆の原像」っていうふうに言われてたことが
そうなんでしょうね。
- 田中
-
なるほど、「原像」ですね。
- 糸井
-
だから、そこを心の中に置いておいて、
「お前、そんなことやってると、笑われるよ」と、
「変形していない部分の自分なり他人に笑われるよ」
というところが、なんか持ち続けられるかどうか。
- 田中
-
そうですね。
- 糸井
-
あぁ‥‥。
「持ってりゃいいんだよね」みたいなね、こう、
雑に考えたほうがいいような気がする。
あの、別に飢えた子の命を救えるわけでもないわけで、
誰もかもが。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
うち、夫婦ともアマチュアなんですよ。
- 田中
-
はぁはぁはぁ。
- 糸井
-
だから、ちょっと持ってるような気もする。
- 田中
-
えぇ?
奥様は、僕らなんか見ると、やっぱりプロ中のプロのような
気がするんですけど。
- 糸井
-
違うんです。
「プロになるスイッチ」を時限スイッチみたいに入れて、
で、その仕事が終わったら、アマチュアに戻る。
だから、なんだろう、そういうタイプの人は、
世の中にやっぱりいて、それはプロから見たら、
卑怯ですよね。
- 田中
-
うーん‥‥。
- 糸井
-
「あんた、いいとこ取りじゃない」みたいな。
でも、スイッチ換えて仕事を両方というか、
2つの人格をするって、なかなかしんどいし、
心臓に悪いんですよね。
だから、アマチュアは体力要るんですよね。
- 田中
-
そうですよね。
- 糸井
-
カミさんは高い所が本当は苦手なんですよ。
「じゃあ、仕事ならやる?」って言うと「やる」って。
- 田中
-
おっしゃるんですね。
- 糸井
-
もう、間髪入れずに「やる」って。
仕事じゃない時に絶対しないっていうのと両立なんですよ。
- 田中
-
そう、それはそうですよね。
- 糸井
-
プロだと「次もあるから、それやっちゃだめだよ」、
「そこで120パーセント出したら、
そういうイメージが付いちゃうから、もうだめだよ」って
考えそうなことを、アマチュアである人のほうが、
へっちゃらなんですよね。
で、それは居心地が両方よくないはずなんだけど、
どこかで自分がこう演技したくないっていうのがある。
だから、お花見の時に泰延さんに渡された日本酒っていうのも、
ちょっとあれは、ものすごくむずかしいんですよ、ぼくには。
- 田中
-
なるほど。
- 糸井
-
で、たぶん、カミさんとかはそれをやってる人なんで、
ぼくはそこで、もっとすごいことしてるなぁと思うから、
自分がアマチュアでいられるんでしょうね。
- 田中
-
これ、むずかしい話。
- 糸井
-
プロは「プロって弱みなんですよ」というのは
肯定的にも言えるし、否定的にも言える。
ただ、「何でもない人として生まれて死んだ」っていうのが
人間として一番尊いことかどうかっていう価値観は、
ぼくの中にはどんどんこう強固になっていきますね。
たぶん、今の泰延さんは、なんていうんだろう、
生きていく手段として問われていることが
ものすごく、山ほどあって。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
みんな興味あるのは、
社会に機能するかどうかっていうことばっかりを
問いかけている時代で、そこの機能としての泰延さんが
「何やって食っていくんですか?」、
「何やって自分の気持ちを維持するんですか?」ということ。
面倒くさい時期ですよね。
- 田中
-
そうですね。
今まで担保されてたものがなくなったので、
みんなが質問するし、僕もまぁ時々、
どうやって生きていこう? ってこと考えるし。
その、僕からの質問なんですけれども、
糸井さんが40代のころ、
広告の仕事を一段落つけようと思った時に、
やっぱりそういうことに直面されたと?
- 糸井
-
まぁ、まさしくそうです。
あのぅ、言えないようなことも含めて、もっと冒険ですよ。
なんていうの、非常にプライベートと一緒ですから。
で、平気だったんですよ。その理由の1つは、
ぼくよりアマチュアなカミさんがいたことが
でかいんじゃないかな。
- 田中
-
ええ。
- 糸井
-
ぼくは、「寝る前にちょっと」を探す人なんです。
そして「寝る前にちょっと」の人たちと
一緒に遊びたい人なんです。
だから、自分に対して「お前も幸せになれよ」っていう
メッセージを投げかけ続けるっていうのは、
もうぼくにとってぼくの生き方しかないんですよ。
- 田中
-
はいはいはい、わかります。
- 糸井
-
「みんなこうしろ」とも言えない。
ぼくは探したんだもん、それを。
今の泰延さんの青年、青年‥‥、なんだっけ、
扶養者じゃなくて。
- 田中
-
「青年失業家」。
- 糸井
-
青年失業家をね、ランニングしている人の横にいる、
伴走している自転車の人みたいな気持ちで見るわけです。
で、「どうなの?」みたいな(笑)
- 田中
-
本当ですね。
- 糸井
-
一番近い所でぼくのことを人体として把握している人たちが、
「ええな」って言う、「今日も機嫌ようやっとるな」って言う、お互いにね。
- 田中
-
はいはい。
- 糸井
-
ここにやっぱり落ち着けたくなってしまう。
ご近所のエリアが、本当の地理的なご近所と、
気持ちのご近所と、両方あるのが今なんでしょうね。
- 田中
-
あぁ。
ネットを介したり、印刷物を介したりするけど、
その「ご近所」っていうのは、
フィジカルなことがすごい大事だと思ってて。
- 糸井
-
大事ですね。
- 田中
-
1週間前に、大阪でお目にかかりましたけど、
糸井さんの楽屋へ、ちょっと5分だけでも訪ねていく、
で、今日がある。
と、全然違うんですよね、やっぱり。
- 糸井
-
あの時も手土産をどうもありがとう(笑)。
- 田中
-
何かね、ちょっと顔見に行くとか、ちょっと会いに行く。
さっきのね、「ご近所」の話もそうですし、
釣りの話もそうですけど、糸井重里さんにお会いして、
身体性の話に行くと思ってなかったから、
今日、それがもうすごい、
何か僕のこれから、やっぱり変わってくると思います。
- 永田
-
ちょうど身体性のない時期ですよね。
- 田中
-
そうなんです。
本当に、どんどん失われて、自分が、
ここだけでなんか屁理屈を言っている状態になってるな
というのをすごい感じる時あるんですね、いっぱい。
だから、それはやっぱりヤバいな。
- 糸井
-
では「どうするんですか」話は、公な所じゃなくて、
もっといびれるような所で。
- 永田
-
わかりました(笑)。
- 糸井
-
お疲れ様でした。どうもありがとうございます。
- 田中
-
ありがとうございました。