田中泰延さんを、紹介します。
担当・マチコマキ
第3回 ブルーハーツと釣りの共通点
- 田中
-
実はね、後でサイン貰おうと思って、
会社入る時に買ったマドラ出版の『糸井重里全仕事』を
持ってきたんです。
- 糸井
-
あぁ、はいはい。
- 田中
-
でも、全仕事でもなんでもなくて
何パーセントなんですよね、そのキャリアの中で。
でも、広告の仕事は、一旦そこで一区切りついてるから
タイトルに「全仕事」って付けられちゃうんですけど。
一区切りつけた、違うことに踏み出そうと思った時の、
これこそ僕は今日、本当にね、お伺いしようと思って。
- 糸井
-
あぁ。
- 田中
-
糸井さんと初めて京都でお会いした時に、タクシーの中で、
僕は最初に聞いたことがそれだったんですよね。
- 糸井
-
あぁ。
- 田中
-
「ほぼ日という組織をつくられて、その会社を回して、
大きくしていって、その中で好きなものを
毎日書くっていう、この状態にすごい興味があります」
と言ったら、糸井さんが、「そこですか」って
おっしゃったんですよ。それが忘れられなくて。
- 糸井
-
辞めると思ってないから。
- 田中
-
あぁ。
- 糸井
-
電通の人だと思ってるから。
- 田中
-
そうですよね。
- 糸井
-
それは「そこですか」って思いますよ。だから、
「あれ? この人、電通の人なのに、そんなこと興味あるのか」
っていうのは、「えぇーっ」と思ったんですね。
- 田中
-
その時、僕も辞めるとはまったく思ってなくて、それこそ。
- 糸井
-
この話は、去年の4月のことですよね。
- 田中
-
はい。辞めようと思ったのが、11月の末ですね。
これが本当にね、理由になってないような理由なんですけど
- 糸井
-
ブルーハーツ?
- 田中
-
ブルーハーツですよ。
まだこんなね、50手前にオッサンになっても、
中身は20うん歳のつもりなんです。
だから、ブルーハーツを聞いた時のことを思い出して
「このように生きなくちゃいけないな」って。
かと言って、何か伝えたいこととか
「熱い俺のメッセージを聞け」とかないんですよ。
相変わらず、なんか見て聞いて「これはね」って
しゃべるだけの人なんです。
でも、なんか「ここは出なくちゃいけないな」
ってなったんですよね。
- 糸井
-
どうしてもやりたくないことっていうのが世の中にはあって、
そこをぼくは本当に逃げてきた人なんです。
逃げたというよりは捨ててきた。
どうしてもやりたくないことの中に、なんか案外、
人は人生費やしちゃうんですよ。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
ぼくは、何かやりたいというよりは、やりたくないことを
やりたくない気持ちのほうが強かった。
そこから、しょうがなくマッチもライターもないし、
木切れから火を起こしはじめたみたいなことが
自分の連続だったと思ったんです。だから、広告も、
なんかどうしてもやりたくないことに似てきたんですよ。
「これ、いや、まずいなぁ」って。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
プライドという言葉に似てるけど、違うんですよね。
どうしてもやりたくないことに近い。
うーん‥‥、無名の誰かであることはいいんだけど、
やっぱり魂がないがしろにされる可能性みたいな。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
そういうのは嫌ですよね。
- 田中
-
とはいえ、糸井さんの広告のお仕事を見てても
「この商品について、この商品の良さを延々語りなさい」と
いうリクエストに応えたことはないですよね、最初から。
- 糸井
-
何なんだろう。
やっぱり「受け手としてぼくにはこう見えた、これはいいぞ」
って思いつくまでは書けないわけです。
ぼく、結構金のかかるコピーライターで、
車の広告するごとに1台買ってましたからね。
- 田中
-
あぁ。
- 糸井
-
だから、それはおまじないでもあるんだけど、
「いいぞ」って思えるまでがやっぱりちょっと大変。
だから、お酒は飲めないけども、その分
どうやって取り返そうかみたいなところは結構ありました。
だから、どこかでやっぱり受け手であるっていうことに
ものすごく誠実にやったつもりではいるんです。
- 田中
-
はい、はい。
- 糸井
-
誠実にやりきれなかった仕事っていうのは混じりますね。
でも、広告の仕事を辞めるっていうのは、
「このまま、あいつ、もうだめですよねって言われながら、
なんで仕事やっていかなきゃならないんだろう?」って
いうふうに、たぶんなるんだろうなと。
「あいつもうだめですよね」って、ぼくについては
みんなが言いたくてしょうがないわけですよ。
で、何回も経験してきてるんで、
「あ、プレゼンの勝率が落ちたら、もうだめだな」
というのは思ってて。「ご注進、ご注進」って、
「みんなが、『糸井さんは広告から逃げた』とか言ってますよ」
みたいなことを告げに来る馬鹿とかいますから。
- 田中
-
はいはい。
- 糸井
-
だから、「はぁーっ」と思って、
「こういう時代にそこにいるのはまずいな」っていうか、
「絶対嫌だ」と思って。
で、ぼくにとってのブルーハーツに当たるのが
釣りだったんですよね。ずっと釣りしたかったんで。
そこでは、誰もが平等に、争いごとをするわけですよね、
コンペティションを。
- 田中
-
コンペティション。
- 糸井
-
で、その中で勝ったり負けたりっていうところで
血が沸くんですよ、やっぱりね。
「始めた頃は、ちょっと水たまりを見ても、
魚がいるんじゃないか」って(笑)。
- 田中
-
そう見えてくる(笑)。
- 糸井
-
そうなんです。
で、東京湾に、シーバスって呼ばれてるスズキがいるんだ
ってことがわかっただけでもう、うれしいわけです。
レインボーブリッジの下に、コソコソっと行って、
どこかに車を止めて、身をかがめながら埠頭に出て、
そこでルアーを投げると、シーバスが釣れる可能性がある。
本当に初めて行った真冬の日に、
大きい魚がルアーを追いかけてきたのに逃げたんですよ。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
で、家へ帰って来たら、バスタブに水が張ってあったんです。
- 田中
-
はぁ。
- 糸井
-
つまり生きた魚を釣ってきた時に、
そこに入れようと思ったんだね、カミさんは。
ぼくが出掛けるっていう時に「ご苦労様」とか言って、
ちょっとなめたことを言っていたのに。
- 田中
-
すごい!
- 糸井
-
すごいでしょう?
- 田中
-
すごい!
- 糸井
-
その、馬鹿にしかたと、実際にこう水を貯めてね。
- 田中
-
ここに待ってる(笑)。
- 糸井
-
そう、そのアンバランスさっていうのが、ぼくんちで、その時に
「あれは明らかに魚が追いかけてきた」って思ったことと、
「釣ってきた時にはここで見よう」って思ってた、
つまり、喜びじゃなくて、「見たい」っていう気持ち。
それは、もう夢そのものじゃないですか。
それがぼくの中に、ウワァーッと湧くわけですよ。
- 田中
-
うんうん。
- 糸井
-
奇跡みたいなもんで、全部ルアーも取っときました。
「いるんだ」というのと普段見えていない生き物が、
ぼくの竿の先に付いたラインの向こうで
ひったくりやがるわけです、ものすごい荒々しさで。
その実感がもうワイルドにしちゃったんですよ、ぼくを。
で、なんておもしろいんだろう。
また野球もぼくをワイルドにするものなんですけど、
キャンプに行く青島グランドホテルへ向かうまでの道のりに
何回も水が見えて、野球を観に行くはずなのに、
水を見てるんです。
- 田中
-
水を見てる(笑)。
- 糸井
-
折りたたみにできる竿とかを、持っているんです。
- 田中
-
持ってるんですね。
- 糸井
-
家族旅行や温泉旅行なんか行った時も、まったく根拠なく、
砂浜で一生懸命、何か釣れるのを、真冬に、
海水浴やるようなビーチで、一生懸命に竿を投げてる。
それを妻と子どもが見てるんだ。
- 田中
-
なんか釣れましたか、その時は?
- 糸井
-
まったく釣れません。根拠のない釣りですから。
でも、根拠がなくても水があるんですよ。
- 一同
-
(笑)
- 糸井
-
いいでしょう?
これ、ぼくにとってのインターネットって、水なんですよ。
- 田中
-
なるほど。
- 糸井
-
もう今、初めて説明できたわ。
根拠はなくても水があるんです。
- 田中
-
根拠はなくても水がある。
- 糸井
-
水があれば、水たまりでも魚はいるんですね。
で、それが自分に火を点けたところがある。
だから、ぼくの「リンダ リンダ」は、水と魚です。
- 田中
-
水と魚、はぁ。
- 糸井
-
おもしろいんですよ。
朝1人で誰もいない所で釣りをしてると、
朝日が明ける頃に、何も気配がなかった、
ただの静けさの田んぼの間の水路みたいな川で、
初めて釣れる1匹っていうのが、
泥棒に遭ったかのようにひったくられるんですよ。
で、「俺の大事な荷物が今盗まれた!」っていう瞬間みたいに、
パーッと引かれるんですよ。その喜び。
これがね、なんだろう、俺を変えたんじゃないですかね。
- 田中
-
なるほど。
いや、その話が、まさかインターネットにつながるとは。
- 糸井
-
思いついてなかったですね。
- 田中
-
あぁ。でも、言われてみたら、きっとそういうことですよね。
- 糸井
-
広告を辞めるとかっていう、
「ここから逃げ出したいな」っていう気持ちと同時に、
「水さえあれば、魚がいる」っていうような、
その期待する気持ちに、肉体が釣りでつなげたんでしょうね。
- 田中
-
なるほど。
- 糸井
-
うわぁ、素敵なお話ですね。
- 田中
-
いや、本当に。はぁ。
- 糸井
-
あれは、でも、大勢の人たちに、なんかその、
わかってもらえるかどうかはむずかしいねぇ。
- 田中
-
今、僕思ったのは、やっぱり肉体の重要性、
すごい大事だなと思って。
なんかちょっとね、体を動かそうと思ってきました。