ドキンちゃんは、彼を「しょくぱんまん様」と呼ぶ。
その姿を視界に見つけると、途端に瞳はハート型。
アニメ『アンパンマンとぱんどろぼう』以来、
すっかり彼女は骨抜きにされてしまったのだ。
手作りチョコにフリルのワンピース、
ちょっと下手な芝居さえも、ドキンちゃんにしてみれば、
すべては彼の気をひくためのツール。
あの手この手で「なんとか射止めたい」と、
半ば躍起になっているのだった。
そんな彼女の最強のツールとも言えるのが、
相棒のばいきんまん。
彼が優秀すぎるハードウェアエンジニアである
ということは、近ごろよく語られているところだけれど、
よくよく考えれば彼が担っているのは
設計・実装部分だけではない。
全体の戦略策定から施策の企画・設計・実装、
そして遂行にあたるまで、すべてを最前線で行う。
「おれ様」と得意になるのも
無理はない仕事ぶりなのだ。
そんなばいきんまんの優れた能力も、
時に、しょくぱんまんとの恋路のために
「道具」として利用してしまうのがドキンちゃん。
彼もまた彼女に夢中であるというのに、
これはなんと皮肉なことなのか。
小さいころから母が読み聞かせてくれた
「アンパンマン」。
大人になった今でも、この二人の関係性に、
私はたまらなく魅力を感じてしまう。
そこにあるのは、
「遠く」と「近く」、
「憧れ」と「日常」。
遠くにあるものは、つい輝かしくて憧れてしまう。
近くにあると、
慣れっこになってありがたみをつい忘れてしまい、
時には疎ましくさえ感じてしまう悲しさ。
ドキンちゃんにとって、ふたりの男性は
まさにそのような存在であると思う。
そして、そんな日常のかけがえのなさを
気づけずにいるドキンちゃんに、
ついつい私は知らせたくなるのだった。
先に断っておくと、私はドキンちゃんが好きだけれど、
彼女の片思いはこれっぽっちも応援していない。
私が応援しているのは「ばいきんまん」の恋だ。
そして、私にはすでに「策」がある。
(つづきます)