工房が燃えた
阪井さんは、あまり動揺することのない人です。
しかしこの時ばかりは、事態の把握に時間がかかったといいます。
2016年7月31日。
その時間、阪井さんは京都でお酒を飲んでいました。
「実家から電話がかかってきたんです。
警察が車を動かしてくれ、って言うてると。
路上駐車したおぼえもないし、
なんのことやろう、と思って。」
当時、大阪にあった『ROOTS FACTORY』の工房。
借りている物件の電源設備の老朽化による出火でした。
見事なまでの全損で救い出せるものもなく、
商品はもちろん、機材やショールームにいたるまで、
すべてを一瞬にして失ってしまいました。
過失はないものの、被害総額は4,000万円近くにも上ったといいます。
「ものを失ったことより、これまでの想いが詰まった場、
みんなで集まった場が、
一瞬にして無くなってしまった喪失感のほうが大きかったかな」
怪我人はおらず、ご近所に迷惑をかけることもなかったのが
不幸中の幸い。
「落ち込んだりしていてもしょうがなくて、
やらないといけないことがたくさんあったので」
内心の不安を打ち消すように、前を向きはじめた阪井さんですが、
さすがに胸に懐にこたえます。
火事から2日後、そんな心中の阪井さんのもとに
意外な電話が入りました。
あの「おじゃMAP!!」のスタッフの方からです。
思いもよらないエール
阪井さんは不思議に思いました。
「どうされたんですか?」
聞けば、火事のことをたまたま知った香取さんが
「手紙を送りたがっている」
と言うのです。
自宅の住所を告げ、思いもよらない打診に戸惑っていると、
数日後、手紙は本当に送られてきました。
届いたのは、意外にも
自筆のイラストが添えられた、とてもポップなものでした。
長々とつづられるわけでなく。
火事に触れるわけでなく。
ただ「ピクニック気分で使わせてもらっています」と、
あの日プレゼントしたモンペスツールを
たいせつに使っていることだけが記されていました。
「それがうれしかったんです」、阪井さんは振り返ります。
「火事から数日後の大変な最中でした。
スーパースターから手紙をもらえたのがうれしかったんじゃないんです。
スーパースターなのに、あんな些細な縁を
心のどこかに留めてくれていて、わざわざ手紙までくれる、
そんなあたたかい人と出会えたことが、すげーー!と思ったんです」
2016年の8月。思えば、香取さん自身も大きな転機を迎え、
大変なときであったかもしれません。
「テレビにも疎くて、あんまりわかっていなかったのですが、
あとからあとからいろんなことに気づいて、
感謝の気持ちがあふれてきました」
そして、もうひとつ。阪井さんを驚かせたのは、
全国の香取さんのファンです。
「当時、手紙のことはどこに公表したわけでもないのに、
番組を見てくれていた香取慎吾さんのファンの人たちが
応援やお見舞いのメッセージをくれたんですよ。
この人は、こんな素敵なあたたかいファンの人たちに
支えられてるんだと、また心の底から香取さんをすげーー!と思いました」
火事でたくさんのものを失った数日後、
一通の手紙により阪井さんは本当にたくさんのパワーを得ました。
「めちゃくちゃ救われましたね。
前を向こうとしている背中を押してもらいました。
そのときいちばん言ってほしかったこと
『うちの商品を喜んで使っている』
ということを伝えてくれた。
工房をなくして、家具がつくれなくなっている場合じゃないと
本当に思えましたから。
心からお礼を言いたいです」
(つづきます)