- 燃え殻
-
本当のこと言うと、この小説の中でぼくが書きたかったのは
たぶん2箇所ぐらいしかなくて。
- 糸井
- ほう。
- 燃え殻
-
だけどそれは、訴えたいことじゃないんです。
「書いててたのしい」っていう。
- 糸井
- うんうん、自分がうれしいことだね。
- 燃え殻
-
主人公がゴールデン街の狭い居酒屋の
半畳ぐらいのところで寝てたんですよ。
で、目が覚めて網戸をパーッと開けたら、
雨が降りつけてるんですよ。
お天気雨みたいな感じで日が差してるんですけど、
いまが何時かちょっとよくわからずに、
また二度寝しそう、というシーンで。
- 糸井
- よいですね。
- 燃え殻
-
そういう1日を書いてるときは、とっても気持ちよかった。
もうひとつは、ラブホテルの朝。これは主人公が
「地球とか滅亡すればいいのにね」みたいなことを、
女の子とああだこうだ言ってるんですね。
そこを書いてるときも、たのしかった。
そんなことを新聞の取材で話しても
「ふざけんな」って感じだと思うんですけど、
ぼくはそこが書きたかったわけです。
- 糸井
-
今日は手帳のイベントなんで「書く」って話に
なるんじゃないかと思ってましたが、
まさにそういう話になってきましたね。
- 糸井
-
そういうことを考えたりしたとき、
思うだけで終わりにするのはもったいないような気がして、
「書く」というところに人はたどりつくじゃないですか。
前に話をしたときに、燃え殻さんは学生のころ
学級新聞を書いてたって言ってたでしょう。
「思うだけじゃなくて書きたい」っていうのは
何なんだろうね、という話をしようか。
- 燃え殻
- しましょうか。
- 糸井
-
ねえ。たとえば「やせ蛙負けるな一茶これにあり」って俳句は、
きっと「蛙」を「やせ蛙」っていう見方をしたっていうのが、
まず自分でうれしいじゃないですか。
- 燃え殻
- うん
- 糸井
-
ただの「蛙」だったところに「やせ蛙」って言っただけで、
なんだか知らないけど、「負けるな」って気持ちが
そこに乗っかって、蛙に言ってるんだか
自分自身に言ってるんだかわからなくなる。
自分が見つけた「見方」を書いてみる、
っていうことのうれしさだよね。
燃え殻さんがゴールデン街で横になって、
そういう朝を見つけたみたいにさ。
自分なりの「やせ蛙」を見つけた(笑)。
- 燃え殻
-
うん、そうですね。
ぼくだけが見てる景色とでも言うか。
- 糸井
- そうそうそう。
- 燃え殻
-
自分だけが見つけた景色をを切り取れた喜び、
みたいなものだったりするのかもしれないですね。
- 糸井
-
ねえ。だけど「これは俺しか思わないかもしれない」
ってことに、みんなが頷いてくれるときって
「悔しい」じゃなくて「うれしい」だよね。
- 燃え殻
- うん。すごくうれしい。
- 糸井
-
ゴールデン街で酒飲んで起きたときの
お天気なんていうのは、
たぶん同じことを経験してるわけじゃないけど、
共感するっていう人がけっこういると思うんです。
発見したのは明らかに「俺」なんだけど、
同時にそれが通じる喜びもありますね。
- 燃え殻
-
そうですね。あと、音楽とかって、
さらに共有できることじゃないですか。
だから、小説を書いたときに、
ところどころに音楽を挟んでいったんですよ。
- 糸井
-
入れてますよね。音楽って、ある種、
聞きたくなくても暴力的に流れてくるじゃないですか。
それも景色みたいなものだね。
- 燃え殻
-
そうですね。ただ小説の中では、自分自身が
「ここでこの音楽がかかってたらうれしいな」っていうのと、
「ここでこの音楽がかかってたらマヌケだな」っていう、
その両方の音楽は必要だと思ったんです。
最後に同僚と別れるシーンがあるんですけど、
そこって普通の映画やドラマだったら、
悲しい音楽が流れてほしいじゃないですか。
だけど、そこでぼくはAKBの新曲を流したかった。
- 糸井
- いいミスマッチですよね。
- 燃え殻
- そういうのってあると思いませんか。
- 糸井
-
大いにある。それは
「自分が世の中の主役じゃないんだ」
っていうのを表すのに、すごくいい描写ですよね。
- 燃え殻
- たしかに。
- 糸井
-
ぼくも技術として、そういう表現をしたことがあって、
矢野顕子の『ただいま』ってアルバムがあるんだけど、
「テレビの相撲の音とか聞きながらね」っていう節がある。
- 燃え殻
- へぇ。
- 糸井
-
「
テレビの相撲の音」って、
自分のためのものじゃないんですよね、若い男女にとって。
男の子と別れた女の子が「ただいま」って言うシーンなのに、
なんで俺「相撲の音」とかって書くんだろうって、
書きながら自分で不思議に思ったんですよ(笑)。
で、そのときに気づいたの。
ああ、「自分のための世の中じゃない」
そういうところにいさせてもらってる感じ(笑)。
- 燃え殻
- ああ、ぼくも今わかりました。なんでAKBを入れたのか。
- 糸井
-
ですよね(笑)。燃え殻さんの小説の中に
いっぱい出てくるのはそれですよね。
俺のためにあるんじゃない街に紛れ込んでみたり。
- 燃え殻
-
はいはい。なんかこう、そこに所在無しみたいなとこに
ぼくはずっと生きてるような気がするのかも。
- 糸井
-
俺のためのパーティじゃないところにいたり。
そういう、いいなと思ってスケッチしたい景色は
すぐに書くんですか。それとも、覚えてるんですか。
- 燃え殻
-
最近はすぐに書くようにしてますね。
手帳でいうと、自分の悩みも書いてあったりとかしますね。
あとから振り返って見てみると、うれしいことも嫌なことも、
今思えばたいしたことじゃないんです。
当時「この人には来週また会わなければいけない。嫌過ぎる」
なんて書いてた人と、
今じゃゴールデン街に飲みに行ったりするんですから。
- 糸井
- 嫌いじゃないじゃないですか(笑)。
- 燃え殻
-
そうそう、悩みだったり関係性が
どんどん変わっていく様子だったりが見えて、
手帳を読み返すとおもしろいんですよね。
- 糸井
-
はぁー。何だろう、人が「思ったんだよ」ってことを
刻んでおきたいって気持ちって、
なんかとても貴重ですよね。
- 燃え殻
-
そうですね。これまでの手帳21冊、
全部捨てずに取ってあるんですよ。
日記ではなくあくまで手帳なので、予定とか、
たとえば次会ったとき忘れないために「髭が特徴だった」とか、
名刺をそのまま貼って似顔絵を描いてたり。
- 糸井
- そういうの書く人いるよね、うんうん。
- 燃え殻
-
ほかにも、その日はたまたま食った天丼屋がうまくて、
忘れそうだから、その天丼屋の箸袋を貼ったりとか。
結局、十数年行ってないんですけど、
天丼のシミとか付いてて。
- 糸井
-
「行くかもしれない」っていうのが、
なんだか自分が生きてきた人生に
ちょっとレリーフされるんだよね。
行かなくも残ってるんだよね。
- 燃え殻
- そう、行かなくても残ってる。
- 糸井
-
その感覚は、燃え殻さんの文章を書くってことと
すごく密接で(笑)。
- 燃え殻
- すごく近い気がしますね。
(つづきます)