もくじ
第1回椅子もひとを選ぶ。 2019-03-19-Tue
第2回デンマークと日本の家具。 2019-03-19-Tue
第3回「キルト工芸」だから、できること。 2019-03-19-Tue
第4回椅子という道具。 2019-03-19-Tue
第5回本物に込められた美しさ。 2019-03-19-Tue

「文章を書くこと」と「写真を撮ること」が好きです。コピーライターをしています。6月6日生まれのふたご座です。いつかテディベアチェアを買うことが夢です。

すてきな椅子と、</br>ながく付き合うこと。

すてきな椅子と、
ながく付き合うこと。

担当・栗田真希

神奈川県川崎市の京浜工業地帯に、
「キルト工芸」という椅子の会社があります。

天皇陛下の玉座を手がけたことがあるほど、
高い椅子張りの技術を持つこの会社。
いまではオフィス用の椅子から、
新幹線の運転席や飛行機の座席まで、
さまざまな椅子をつくっており、
さらに北欧の名作と呼ばれる椅子のリペアも行っています。

大学生のころ「キルト工芸」にインターンをして
すてきな椅子の世界をたくさん教えてもらい、
マイチェアを作らせてもらった
ほぼ日の塾の5期生・栗田が、とくに関わりの深かった
森下雄司さんにお話をうかがってきました。

ずっと家具に携わってきた森下さん。
椅子という道具への哲学や、北欧と日本の家具の共通点、
キルト工芸だからできる仕事の話。
そして、すてきな椅子とながく付き合い、
ハッピーに暮らすことの豊かさ。
一つひとつ、丁寧に語ってくれました。

どうぞ、お楽しみください。

プロフィール
森下雄司さんのプロフィール

第1回 椅子もひとを選ぶ。

――
今日は、私に北欧家具の魅力を
たくさん教えてくれた森下さんに、
椅子のことについて、
おうかがいしていきたいと思います。
森下
はい、どうぞ。
――
さっそくなんですが、
森下さんは「キルト工芸」で
おもに海外営業をされていて、
海外の名作とされる椅子をはじめ、
いままでいろんな椅子を見て、座ってきたと思います。
森下さんは、椅子の良さっていうものを
どういう風に見極めているんですか?
森下
わりと直感ですよね。
いい椅子かどうかっていうのは、
まあ一応プロの端くれなんで
すぐわかっちゃうんです。
――
ふふふ(笑)。
森下
もうある種の職業病みたいなもので。
じぶんのなかに、
いろんな椅子が判断できる
ものさしを持っています。
 
だから、建築物を見るときにも、
室内に置いてある椅子のレベルで
その建築物全体のことが、なんとなくわかります。
――
森下さんがお家で
マイチェアとして愛用しているのは
デンマークを代表する家具デザイナー、
ハンス・J・ウェグナーのデザインした、
ザ・チェアなんですよね。
森下
そうです。
ちょうどいま、この部屋にある、この椅子です。
我が家にある僕の椅子は
座面の部分が藤で編まれていて、
妻の椅子は座面が革張りです。

――
じゃあ夫婦で同じ種類の椅子を使っていて、
座面の部分だけ、ちがうんですね。
森下
はい。
ちがう座面にしたいというより、
僕は藤のほうが好きだったので。
――
森下さんはお家でマイチェアに座って、
「これをするときが楽しみ」っていう時間はありますか?
森下
なにもしないときが
いちばん、いいんじゃないですか?
――
ああ。
私も、マイチェアに座るときは、
なにもしないです。
 
私は最近、毎日5分だけでもいいから、
マイチェアに座る時間を持つことを
ルールにしています。
できるだけスマートフォンも見ません。
森下
そうそう。
仕事とかでどうしてもっていうときは、
家でもPCで作業するけど。
まあ家にいるときっていうのはね、
奥さんと話したり、もう家を出た子どもが帰ってきたら
「最近どうだ?」って聞いたりして過ごしたいから。
家で一生懸命になにかをやろうっていうのは、
僕はないですね(笑)。
――
いいですね(笑)。
森下
マイチェアってことは、
栗田さんがインターンに来たときに
うちの会社でつくった椅子?
――
はい。
本体は大きいので実家に置いていて、
オットマン(椅子の前に置いて使う足乗せ用ソファー)
だけ東京のひとり暮らししている部屋で使っています。
森下
どのくらいの大きさだったっけ?
――
これがマイチェアとオットマンのセットです。
5年くらい前に、ここの工場で、
椅子が完成したときの写真ですね。

森下
ああ、そうだった。
いろいろ思い出しますね。
いやあ、栗田さん、ラッキーだったよね(笑)。
――
ラッキーでした(笑)。
廃棄するサンプル用の布を使って、
エコをテーマにして椅子をつくらないかと
森下さんにご提案いただいたんですよね。
その布を並べて、「キルト工芸」の縫製工場で、
アドバイスもらいながらミシンを踏んで。
ほんとうにいろんな職人さん、
とくに御手洗さんには助けてもらって、つくりました。
いやもう、御手洗さんがつくってくれた部分も
多いですけど(笑)。
森下
いい経験でしたね。
御手洗は、うちの会社の製造部の部長で、
特別な仕事を任されてる職人さんですから。

――
マイチェアをつくるまでに、森下さんには
いろんなところに連れて行ってもらって、
椅子のことを、学問じゃなくて体験として、
教えてもらいました。
 
あの。
むかし、森下さんに言われて
心に残ってる言葉があります。
森下さんがマイチェアにしている
ザ・チェアはその名の通り、
「椅子のなかの椅子」とされる
名作中の名作ですけど、
「キルト工芸」のショールームで私が座ると、
なんだかブカブカな感じだったたんです。
その感想を素直に言ったら、森下さんがひとこと、
「椅子もひとを選ぶんだよ」って。
森下
ああ、言ったね(笑)。
――
もう、すごくかっこいいと思いました!
ひとのためにつくられた椅子だけど、
椅子もひとを選ぶ。
おもしろいものだなあって。
森下
そうですね。選びますよ。
それだけ、いい椅子っていうのは
職人さんも精魂込めてつくってるので。
だから、その想いをちゃんと
感じてあげないといけないんだよね。
――
ああ。
感じてあげる。
そうかあ。
森下
たとえば、2016年に行われた伊勢志摩サミットのときに、
首脳会議用の椅子を「キルト工芸」でつくったんですけど、
ドイツ首相のメルケルさんはね、
用意した椅子がとても似合ってました。
――
そうでした、
伊勢志摩サミットの椅子もつくられてたんですよね。
森下
はい、三重県の木材も使って、うちの会社でつくりました。
――
それから、
「椅子に選ばれるかどうか」ということのほかにも、
「座りかたを知っているかどうか」という差も、
ひとによってあるんだと学びました。
森下
ああー。そうねえ。
ある女優さんのお家に、ザ・チェアと同じデザイナーの
ウェグナーがデザインしたテディベアチェア
を納入したことがあります。その女優さんは
「じぶんがどうしたら美しく見えるか」
ということをすごく意識して座っていましたね。
くつろぎかたの問題だと思うんだけど。
――
家に置く椅子って、だいたい、
くつろぐためにあるじゃないですか。
テディベアチェアなんか、とくにそうだと思うんです。
クマに抱きしめられてるような
包容力のある座り心地の椅子ですよね。
……くつろぐための椅子なんだけど、美しく見える。
森下
正しくくつろぐ方法っていうものは、
僕はあると思ってます。
家のなかでも、かっこよく座りたいですよね。
妙にだらしなくなるっていうのは、
寝るときにベッドですればいいんであって。
やっぱり、椅子座るときのルールっていうのはあるし。
――
ルール。
あるんですか?(笑)。
森下
あります(笑)。
その椅子によって、
じぶんがいちばん美しくくつろげる方法
っていうのがあると思うんですよ。
――
それは、すべてのひとに
共通のものではなくて、試してみて、
じぶんでどう感じるかってことですよね。
森下
そうそう。
――
座っている姿を
鏡を見るわけでもないけれど、
ひとそれぞれに、美しくくつろげる方法がある。
ああ。
森下
うん。
――
不思議ですねえ(笑)。
森下
そうねえ(笑)。
 
こんな話でいいのかな?
いや、栗田さんが、
今日はなんでも僕が思ったことを
自由にしゃべっていいっていうから(笑)。
――
はい、なんでも気軽に
しゃべってください(笑)。

(つづきます)

第2回 デンマークと日本の家具。