- ――
-
意匠権の期限が切れた名作の椅子を、
いろんな会社がリプロダクトといって、
ローコストでコピーしてつくって
売っていますよね。
- 森下
- ええ、そうですね。
- ――
-
森下さんは、もう座らなくても、
パッとひと目見ただけで
本物かコピーかわかる椅子もあるって、
以前からおっしゃってたじゃないですか。
- 森下
- わかる!
- ――
-
それって、
なにがわかるのでしょう。
- 森下
-
それはね、全体を見たときの、
なんていうんだろう、
総合のバランスかな。価格も含めて。
- ――
-
その、価格以外だと、
ほかにどういう点とのバランスを見ていますか?
- 森下
-
デザインであったり、掛け心地であったり、
やっぱり「これはじぶんにとって価値があるか」
って判断だと思うのね。
- ――
-
いろんなリプロダクトされた椅子があるなかで、
名作と言われるものであればあるほど、
たくさんリプロダクトされています。
- 森下
- そうですね。
- ――
-
それでも、
森下さんは見たり座ったりしたら、
わかる。
- 森下
- そうですね、わかりますね。
- ――
- そんなに、ちがいますか?
- 森下
-
ちがいます。
掛け心地も大きくちがいますが、
見た目だけでもちがう。
プロポーションとかね。
いわゆるコピー版でローコストに
つくってるものっていうのは、
なんかね、すぐにわかっちゃうんですよ。
- ――
-
ふふふ(笑)。
直感でしょうか。
- 森下
-
ええ。
なんか、ちがうなあって。
たとえば木の板の厚みや曲線にしたって、
コピーだと、ちがうんですよ。
- ――
-
いまは3Dプリンターとかもあるような時代で、
いくらでもコピーできちゃうのに、ちがうんですね。
- 森下
-
どこか、ちがうんですよ。
僕はあんまりうまく説明はできないんだけど。
うちの職人の御手洗はね、
エッグチェアのコピーなんか、
パッと見て、すぐにわかる。
- ――
- はい、全然ちがうとおっしゃってました。
- 森下
-
クッションの厚みひとつとっても、
「ここはもうすこし薄いはずだよね」ってすぐに見抜く。
それはね、職人として、彼の目と動かしてきた手が、
デザイナーが作ったオリジナルのかたちを、
すべて熟知しているから。
- ――
-
職人の御手洗さんは、
「スワンチェアの左右のアームの曲線は、
じつはすこし非対称になっている。
デザイナーのヤコブセンから依頼された職人が
つくった原型が非対称だったから。
それを左右対称にはせず、原作に徹底的にこだわって
『フリッツ・ハンセン』はスワンチェアをつくってるんだ」
ということを以前、おっしゃっています。
- 森下
- ええ、そうです。
- ――
-
それって、うまく言葉にできないんですけど、
いいなあと思ったんです。
- 森下
-
たとえば、いま話してたスワンチェアの
アームの部分でいうと、デザインのなかに
スワンがきれいに飛び立つイメージを
ちゃんと凝縮してるんです。
そういったイメージがなくて
リプロダクトされた椅子は、
もさっとしちゃうんですね。
そうすると、
スワンは飛び立てない。
- ――
-
スワンが飛び立てない!!!
……はあああ、もう、ほんとうに、
かっこいいです。
- 森下
- そういうことなんですよね。
- ――
-
さっきおっしゃってた、
「道具は美しくあるべきだ」っていうところで、
本物とコピーだと、
美しさがちがうってことなんですね。
- 森下
-
そうなんです。掛け心地も含めてね。
だからうちの職人さんも北欧へ行って、
椅子をつくっている工場のなかに入ると、
そのへんが、じぶんのからだでわかってくるんです。
一生懸命に勉強してどうこうじゃなくて、
実際にじぶんで感じる。
そういう体験が、大切なんだと思う。
「キルト工芸」としても、これからもっと、どんどんね、
職人さんには、いいものを作っているメーカーに
研修に行ってもらいたい考えてます。
- ――
-
すてきだなあと思います。
なんだか、
どうして森下さんがこんなに楽しそうなのか、
ちょっとわかった気がします。
- 森下
- まあ、けっこう能天気だからですかね(笑)。
- ――
-
なんていうんでしょう。
むかしから、森下さんって知的な印象があって。
- 森下
- そうですか?(笑)。
- ――
-
それと、無邪気で楽しそうな感じと、
両方、お持ちだなあって思ってたんです。
その楽しそうな感じっていうのは、
森下さんがじぶんの感覚を
すごく大事にされているからで。
- 森下
- それはありますね。
- ――
-
言葉にできない、
なんかいいなとか、美しいなっていう、
そういうものをつねに感じている。
- 森下
-
でもね、それは単純に、
経験値なんですよ。
- ――
- ……経験値。
- 森下
-
いいものを、ずっと見てきた。
じぶんがいいと思わないものは、
できるだけ見ないようにしてね。
その経験値なんです。
そういう生きかたをしてきたんです、
たまたま、そういう環境にあったから。
- ――
- 生まれてから、ずっとですもんね。
- 森下
-
ね。
それは恵まれてるんですよ。
- ――
-
大学生のとき、森下さんに
「本物を見に行きなさい」
って言われたことを、よく覚えてます。
それから私、椅子に座るために、
六本木にある国立新美術館に
何回も行ってます。
- 森下
-
ああ、そう。
うん、いいね。
- ――
-
あそこほど、いろんな種類の
北欧の椅子が置いてあって、
自由に座れるところってなかなかないので。
- 森下
- そうだよね。
- ――
-
いいものを見る経験値が大切ということは、
私の書く仕事にも、通じてるなって思います。
「いい文章をたくさん読んで、
書き写したり音読したりするのがいい」
と、よく言われるんです。
- 森下
-
おお、そうなんだね。そうだよね。
だって、しゃべるのと、書き言葉にするのでさえ、
ちがうものね。
- ――
-
椅子を見るときには、
じぶんの感覚が大切なんだけど、
感覚を養うためには、経験値が必要になる。
それは、ほかのいろんな道にも
通じることのような気がします。
- 森下
- ああ、そうですね。
- ――
-
はあああ。そうかあ。
なんだか、いろいろと、わかったような、
「椅子ってなんだろう?」
ってよけいに不思議なものになったような。
そんな気分です。
- 森下
-
そうですか?
まあ、そんな複雑じゃないんですけどね(笑)。
- ――
-
あ、そうだ。
最後にもうひとつ、
聞いてみたいなって思っていたことがあるんです。
ザ・チェアは私が座るとちょっとブカブカで
椅子に対して申し訳ない感じにすらなるんですけど、
同じくウェグナーがデザインしている椅子でも
テディベアチェア座ると、
「ああ、なんかやさしく抱きしめられてるー!」
って感じがするんです。
デザイナーによって個性があって、
さらに同じデザイナーがデザインしたものでも、
座ったときに受ける感じが、ここまで大きくちがう。
それって不思議だなあって。
- 森下
-
ああ、ああ。
すごくじぶんにとって
いい椅子だなっていうこと、
栗田さんは感じてるじゃないですか。
あまり複雑に考えなくてもいいんです。
そういうことですよ。
- ――
- そういうことですか。
- 森下
- ええ、そうです(笑)。
(おわります)