- ――
-
森下さんのご実家は、
和家具屋さんですよね。
- 森下
- そう、静岡でいわゆる「指物」をやってます。
- ――
- 「指物」ってなんですか?
- 森下
-
簡単にいうと、江戸時代から継承している
伝統的な木工技術でつくられた家具でしょうか。
静岡でつくるものは「駿河指物」といわれています。
- ――
-
お父さまの森下茂さん、
腕利きの職人さんだったんですよね。
- 森下
- ええ、もう亡くなりましたけどね。
- ――
-
いまご実家の「森下木工所」は
森下さんのお兄さまが継がれてますけど、
ご自身で家具をつくる職人になることは、
考えてなかったんですか?
- 森下
-
ああ、考えてないですね。
もともと家具をやろうなんて気は、
僕にはあんまりなくて。
- ――
-
なかったんですか!
ご実家も、いまの仕事も、
家具に関係しているのに。
- 森下
-
僕は、海外へ行きたかったんです。
それで大学卒業してから新卒で、
海外の家具を取り扱う会社に就職しました。
たまたま入った会社が、
デンマークの家具を取り扱ってて。
海外のなかでも、デンマークだったのは、
いま思うとすごくラッキーなことでした。
文化とかいろいろ含めて、
デンマークのことがとても好きになりましたから。
- ――
-
その会社では、
どんなお仕事をされてたんですか?
- 森下
-
時代的に、まだ日本では
家具の輸入品があまり多くありませんでした。
そんななか、僕はデンマークに行ったり、
ほかにもイタリアやノルウェーだとかに行ったりして、
家具の買い付けをしていたんです。
仕入れて売る、という仕事をしてました。
- ――
-
じゃあ若いころから、
いっぱい海外へ行ってたんですね。
- 森下
-
そうですね、けっこう行ってましたよ。
そのうち会社からの指示で、
デンマークのコペンハーゲンに
オフィスを開くことになって。
- ――
- 森下さん、コペンハーゲンに住んでたんですか?
- 森下
- そうそう。
- ――
- えー! 知りませんでした!
- 森下
-
約1年半ぐらい、住んでいました。
デンマーク人のひとと私のふたりで、
買い付けのための拠点としてオフィスを開いて。
- ――
- へえええー!
- 森下
- ふふふ(笑)。
- ――
-
その、なんていうんでしょう、
ご実家で、森下さんのお父さまをはじめとした、
腕利きの職人さんがつくった、
一流の家具がいっぱいある環境で
育ったわけじゃないですか。
- 森下
- はい、はい。
- ――
- 家具に対して、思い入れはあったんですか?
- 森下
-
もともと、そういう気持ちは
どこかにあったんでしょうね。
ただ、思い入れがあるというよりは、
「良さがわかってしまう」というほうが
強いかもしれません。
仕事として家具の世界に入ってから、
さらに家具を見る目が
研ぎ澄まされた感じはします。
あの、私の実家で作っている家具っていうのは、
まあ静岡でもけっこう高級品で……
- ――
-
そうですよね。はい。
私も大学生のときに一度、
静岡の「森下木工所」へ見学に
行かせていただきましたけど、
たんす、机、椅子……
どれもほんとうに、すばらしくて。
- 森下
-
小さいときから、
そういう家具を見て育ってるから、
なんていうのかな、わかっちゃうんですよね。
- ――
-
ははは(笑)。
最初の会社に入って、コペンハーゲンにも住んで、
それからすぐに「キルト工芸」転職されたんですか?
- 森下
-
いえ、デザインの勉強をしたくなって、
別の会社に転職しました。
- ――
- あ、そうなんですね。
- 森下
-
そのあと大手の商社から
「うちの会社で家具の担当してくれないか」
と誘われて転職しまして、
そこでもまた、デンマーク家具を扱っていました。
その次が、いま働いている「キルト工芸」です。
約40年働いてますけど、
デンマークというのが、
会社は変わってもずっと、
僕にとってのキーワードなんです。
- ――
-
「まだ北欧家具にあまり精通していないころに
はじめて訪れたコペンハーゲンで
ウェグナーと会ったことが、生涯の私の方向性を
決定づけたような気がしています」
そういう内容のことを、
以前、森下さんが書かれている資料を見つけたんです。
- 森下
- はい、ええ。
- ――
-
驚きました。
あの家具デザインの巨匠、
ウェグナーと会ってたんだっていう。
私は彼のデザインした椅子がいちばん好きですし、
ウェグナーっていうひとは、
もう、私にとっては歴史上の人物みたいなもので。
- 森下
-
ああ、栗田さんからすれば、そうですよね。
ウェグナーとは、僕は4〜5回会ってると思いますよ。
- ――
- そんなに会ってるんですか!
- 森下
-
むかしはスカンジナビアファニチャーフェアっていう
いろんなメーカーが集まる家具のフェアが
コペンハーゲンのベラセンターで行われていて。
いまはこのベラセンターも移転しちゃったんだけど、
当時のその会場には、ウェグナーであったり、
ボーエ・モーエンセンなど、
有名なデザイナーたちがいたんですよ。
- ――
-
すごいですね!
私からすると、もう夢みたいです。
- 森下
-
そのフェアに行ったら、
ウェグナーはPPモブラーのブースにいて、
すごく笑顔でね、大きな手で、
めちゃくちゃ力強い握手をしてくれました。
- ――
- ウェグナーって、どんなひとだったんですか?
- 森下
-
からだが大きくて、
やさしいおじいちゃんって感じだったね。
- ――
-
ほかの同時代の有名な家具デザイナーは、
最初から建築家やデザイナーとして
活躍しているひともいますが、
ウェグナーは木工職人から
キャリアをスタートさせていますよね。
だから職人っぽいイメージがあったので、
もっと寡黙で近寄りがたい感じかなって、
勝手に思ってました。
- 森下
-
ウェグナーは職人ですけど、
あんまりそういう寡黙な感じではなかったですね。
- ――
-
森下さんがウェグナーに会って、
生涯の方向性が決定づけられたっていうのは、
どういうことなんですか?
- 森下
-
うーん、なんていうんでしょう。
やっぱり、じぶんの実家の環境が
大きかったと思います。
うちの親父は家具職人で、
周りには若い職人さんたちが、
いつも20人くらいはいたと記憶しています。
そういう環境で育った僕からすると、
ウェグナーとの出会いは、
「ほんとうにいい職人さんと巡り会えた」
というよろこびがありました。
ウェグナーに、国はちがうんですが、
じぶんの実家とすごく近いものを感じたんです。
- ――
-
それから森下さんは、
ずっとデンマークの家具を
取り扱う仕事をしてこられました。
ほかの国の家具とデンマークの家具って、
どうちがうんですか?
- 森下
-
うーん、「キルト工芸」では北欧以外のブランドも、
輸入して取り扱っています。
イタリアの「カッシーナ」、「アルフレックス」、
「B&B」ですとか、どれもそれぞれ魅力があります。
- ――
-
ドイツの家具メーカーの、「ロルフベンツ」の新作発表会に
以前連れて行っていただいたのを覚えてます。
- 森下
-
ああ、そんなこともあったね。
いろんな国の家具を扱っていますよ。
国や地域によっての優劣などは、もちろんないです。
どこの国の家具もすばらしい。
ただ北欧の家具っていうのは、
基本的には「木の文化」っていうことで、
日本と共通性があるんですね。
- ――
- ああ。はい。
- 森下
-
たとえばイタリアなどでも、木の家具はありますけれども、
もっと素材に対してアタックしていく。
対して北欧は、木の扱いかたが日本に似ています。
「木目を美しく見せたい」とか、
そういうこだわりが強いんですね。
ウェグナーも、木にこだわった代表的なデザイナーでした。
- ――
-
そうですね。それは、
ウェグナーの椅子を見ていて、感じます。
- 森下
-
そういった価値観があるから、日本のマーケットで
デンマークをはじめとした北欧の家具が
ずーっと静かに定着してるんだと思います。
(つづきます)