- ――
-
家具には机とかたんすとか、いろんな種類があるなかで、
椅子の特別さってどういうところにあるのでしょう?
- 森下
-
特別ではないですよ。
しょせんね、家具ですから。
生活の道具でしかないんで。
- ――
-
えっ!!!
ながく椅子に携わってる森下さんでも
そう思ってるんですか?!
- 森下
- 思ってますね(笑)。
- ――
-
……その、私、椅子のことは
いっぱい忘れちゃってるんですけど。
- 森下
- 忘れてもいいんですよ。
- ――
-
そんななかでも
すごく印象に残っていることのひとつが、
森下さんが椅子に座る姿が、
かっこいいなっていうことなんです。
ちょっとした仕草ひとつとっても、
たとえば足の組みかたや、手の置きかたも、
すてきだなって。
それは椅子のことを知り尽くして
椅子を特別に考えているひとだからなんだ、
って思っていました。
だから、とっても意外です。
- 森下
-
やっぱりね、
いい椅子だと、かっこよく使ってあげたいし。
- ――
-
道具なのに、道具に対して、
かっこよく使ってあげたい。
- 森下
-
道具だからこそね、
そんな気がしますよ。
- ――
- 道具だからこそ。
- 森下
-
たとえば、我が家の台所にあるキッチン用具は、
柳宗理さんという日本のデザイナーが
デザインしたものを多く使っています。
フライパンとか、ストレーナーとか。
柳宗理さんがすごいのは、
見た目もとても美しいんだけど、
使いやすい実用品としてつくってるんですね。
やかんとかは、もうすごく
「これぞ、道具」という感じなんです。
気に入っていて、我が家ではずっと
彼がデザインしたやかんを使ってますよ。
- ――
- はあー。
- 森下
-
やっぱり道具っていうのは
身近に置くものだから、
美しくないといけないと思う。
まあ、椅子も同じですよね。
毎日こうやって座っているわけだから。
- ――
-
そういう考えを聞くと、納得できるんですけど、
それでも、森下さんが椅子を特別じゃない
道具のひとつだと思ってるっていうのは、
私にとっては衝撃的です。
- 森下
- そうですかね?(笑)。
- ――
-
だってもう、座りかたのかっこよさ以外にも、
私は感じていたことがあって。
はじめてお会いしたときから、森下さんのこと、
「とても楽しそうに椅子のことを話すなあ」
と思っていたんです。
なんていうんでしょう、
営業っぽい演出とかでもなく……
少年のように無邪気にって言ったら、
ちょっと失礼かもしれないですけど(笑)。
- 森下
-
よく言われるんだよ、それ(笑)。
たぶん、心の底から好きだからなんでしょうね。
だからこそ、道具は美しくなければいけないと、
ほんとうにそう思ってます。
- ――
-
道具っていうものに対する意識だったり、
定義が違うんでしょうか。
- 森下
-
僕は大学の先生じゃないからね。
定義とか歴史とかっていうより、
「ああ、この椅子を欲しい」とじぶんが思ったか、
直感で判断するんですよね。
人間はしょせん、
そういう感性の部分では動物だから。
- ――
-
はあああ、動物。
……ああああ。そうですね。
- 森下
-
美しくないことを我慢して道具を使うんだったら、
ちょっとお金を貯めて、
まあ必ずしも高いものである必要はないんだけど、
じぶんの納得するものを、じぶんの周りに置きたい。
ながく使うことを考えれば、僕はそっちの道をとる。
- ――
-
動物。
人間も動物として、感覚的に美しいものを求めていて、
そこで森下さんがいちばん美しいなって思うものが
家具であり椅子だったということなんですね。
- 森下
- うんうん、そうですね。
- ――
-
そうかあ。
「椅子に美しさを求める」っていう感覚って、
不思議なもののような気がします。
- 森下
- そうですかね?
- ――
-
あの、私はもう、
すごく椅子を好きになっちゃった人間なので、
わかります。
ここにあるザ・チェアの背もたれとアームの
継ぎ目の「フィンガージョイント」と呼ばれる部分も
椅子の強度を高めながら、さらに見た目の美しさもあって
いいなあと思うんですけど。
- 森下
- ああ、美しいですよね。
- ――
-
でも椅子を知る前のじぶんだったら、
なんかまあ、座れればいいよなあって思っていたり。
椅子に名前があることさえ、知らずにいました。
- 森下
-
みんなふつう、椅子のことをくわしく知らないです。
でも知らなくても、じぶんが使っているときに、
「掛け心地が良くて、丈夫だし、長持ちするなあ」
と感じていれば、そういう風に思えるものが
いい道具なんじゃないかな。
- ――
-
そうですね。じぶんが感じていれば。
それが美しさにもつながる。
- 森下
-
ウェグナーは
「私は、安くて、デザインが良くて、掛け心地が良くて、
人間のからだにいちばんなじみやすい椅子をつくってる」
というようなことを言ってるんですよね。
まあ、ほんとうのところ安くないんだけど(笑)。
- ――
-
なるほど。
からだになじむ家具って、椅子だけですよね。
- 森下
-
そうですよね。
衣類はもっと生活に近いと思うんだけど、
家具のなかでは椅子だけです。
- ――
-
あの、なんでこんなに椅子って、
私のなかで特別なんだろうと考えたんです。
理由のひとつとして、
家具のなかでは、いちばん起きてるあいだに
からだと接触してる面積が大きくて、
その時間もながいことがあると思いました。
- 森下
-
そうでしょうね。だからやっぱり、
椅子はいちばんひとに近いと思いますよ。
で、じぶんの椅子っていうのがあったら、
もう最高ですよね。
それはどこの国、
どこのメーカーのものかは関係なく、
じぶんが気に入った椅子が
いつも帰ったら家にあるっていうのは最高です。
- ――
- 最高、というのは。
- 森下
-
うーん、自己満足なんだよね。
僕はマイチェアを買ったときに、
すごくハッピーだったの。
椅子っていうのは、
そこになにかひとつの価値を
じぶんで見つけ出して使っていることが、
大切なんじゃないかなと思う。
- ――
-
ああ。はい。
森下さんはどんな価値を?
- 森下
-
じぶんが納得していて、
次の世代に引き継いで使ってもらえるもの。
そういうのがいいですね。
- ――
-
じぶんが自己満足で買うんだけど、
でも次の世代にも。
- 森下
-
うん。
次の世代にゆずっても、恥ずかしくないもの。
僕はそういうものを選んでいます。
- ――
- なるほど。
- 森下
-
我が家は結婚のときに家具を揃えて、
もう35年くらい経ってるけど、
ひとつも買い替えてないんですよね。
- ――
- はあー。すごい。
- 森下
-
だから、買ったときには多少お金がかかったけど、
いいものを持ってる満足感を、ながく味わえてる。
それにコスパ的にも、
たとえば家具を2、3回買い替えると、
同じくらいの金額になっちゃうわけですよね。
- ――
-
たしかに。
ながく使う前提だから、より好きなものを選ぶ。
- 森下
-
それで、次の世代に使ってもらったら、
もっとコスパ上がるでしょ(笑)。
- ――
- はい、上がりますね(笑)。
- 森下
-
うちの息子が「このひとと結婚する」って
いまの息子の奥さんを我が家に連れてきたときに、
彼女は僕たち夫婦の椅子を見て、
「あ、これザ・チェアですね」って言ったんだよ。
ザ・チェアだって、彼女はすぐわかった。
うれしかったですよ。
だから「将来あなたたち夫婦で使ってよ」
っていう約束をしてて。
- ――
- うわあ! すてきですね。
- 森下
-
家具って、そういうものだと僕は思うんだよね。
もちろん、安くて何年か使えればいい、
そういう椅子にも、魅力はあります。
でも、じぶんが使うなら、
ながく使える家具が楽しいと思う。
個人的にはね、そういう価値観を持ってます。
- ――
-
さきほど、森下さんは椅子を道具だとおっしゃってましたが、
私のなかでは椅子って、ものじゃなくなっているんです。
アニミズムみたいな考えで、
まるで生きものみたいに思っているというか。
私の好きなウェグナーが
ピーコックチェアだったりテディベアチェアだったり、
孔雀やクマといった動物をモチーフにしている椅子を
デザインしていることにも、
影響されているのかもしれません。
- 森下
-
たしかに、ウェグナーの椅子は
動物をモチーフにしてるデザインが多いよね(笑)。
- ――
-
こう……椅子なんだけど、生きもののように、
四つ足で立ってると感じます。
でも、同じように4本脚であっても、
机には思わないんです。
- 森下
-
なんでしょうね。
やっぱり、すごくじぶんに近いから。
椅子は、そういう愛着のわく家具なんです。
「キルト工芸」で名作と呼ばれる椅子のリペアをすると、
かかる費用は決して安いとは言えません。
その費用で新品を買えば、
相当のものをひと通り揃えることだってできます。
それでもリペアして使いたいと思うひとがいる。
それが、ひとそれぞれの価値観だと思う。
- ――
-
愛着なんですね。
私、椅子が生きもののように感じられることが、
不思議だなあってずっと思ってたんです。
……愛着。そうですねえ。
じぶんにいちばん近い、そしてなじむ家具として。
- 森下
-
うん、いいじゃないですか。
なんか、栗田さんへの私の影響って、
けっこう強いかも。
- ――
- ははは(笑)。
- 森下
-
でもね、たぶん、
しあわせな影響を受けてる。
- ――
-
はい。
たしかにそうですね。
(つづきます)