- ーー
- 先生が結びを始められたきっかけは何ですか。
- 関根
-
きっかけとしては、仕覆(しふく)の結びですね。
東京国立博物館のミュージアムショップで
結びの本に出会ったんです。
『花結び』という本で、仕覆のいろんな結びの写真と
結び方が書いてある本がありまして、
それを綺麗だなと思って。
仕覆(しふく)
:茶入れ袋のことを言います。
上の写真の右下に映っているのが仕覆で、中には茶入れ(茶道で使うお茶を入れる道具)が入っています。
袋の上部についている緑色の紐を使って、様々な結びを作ることができます。
- ーー
- もとはピアニストでいらしたんですよね。
- 関根
-
はい、そうです。
もともと手芸とか見るのは好きですけど、
やろうと思ったことは一度もなかったんですね。
でも、その本を読んでみると、
結びがずっと口伝で伝えられてきて、
ある時期、鍵の役割をしていたと書いてあったんです。
- ーー
- 封じ結びのことでしょうか。
- 関根
-
はい。鍵は、がっちりした開けられないもの
というイメージがあったのに、
柔らかい紐で美しく結んで、
そこに鍵という役割を持たせているところに
本当にびっくりしたんです。
一撃を浴びた感じで、とにかくこれをすぐ習いたい
と思ったんです。
(関根先生に結んでいただいた封じ結び)
- ーー
- それが最初だったんですね。
- 関根
-
はい。あの時初めて日本の文化に興味を持ったんです。
美しいものに鍵の役割をさせる繊細さとか
いろんなものが入り混じって、
その奥に何かがあるような気がしたんですよね。
でもまあ習いに行ってもすぐに仕覆の結びを
させてもらえるわけではないので、
最初の数年間はひたすら地道に基本の結びをやってました。
それも楽しかったですけどね。
- ーー
- 最初はどんな先生に習われたんですか。
- 関根
-
『花むすび』の著者である田中年子先生の教室で
2年ぐらい習いました。
仕事が終わってから通ってたんですけど、
当時先生の教室で通えるのは月曜の夜だけでした。
それなのに、毎週月曜日に会議が入るようになって
どうしても通えなくなってしまったんです。
そしたら、田中先生のところに長く通われてた方が
時間がある時に何か一緒にやりましょう
と言ってくださって、
その方のところに2年ぐらい行きました。
- ーー
- その先生はどんな方でしたか。
- 関根
-
その方はもう80歳を過ぎてらっしゃったんですが、
アクセサリーとか新しい結びを考えるのが得意な方でした。
その方のところではアクセサリーや色紙の結びを
たくさん学びました。
そんな感じでなんとなく教えてもらうままに
やっていた時期があったんですが、
母が急に倒れて亡くなったんですね。
そのとき父も高齢だったので、
介護をするためにすぐ仕事を辞めたんです。
私、山口県の下関出身なんですけど、
年に6、7回、10日から二週間ぐらいの間、実家に帰って
ケアマネジャーさん達と相談しては戻るという
遠距離介護の生活が約7年間続いたんです。
- ーー
- それは大変でしたね。
- 関根
-
はい。大好きだった仕事を辞めたこともあって
半年から1年目ぐらいが一番辛かったです。
それで、何か楽しみを見つけようと思ったときに
そういえば京都に素晴らしい結びをする先生が
いらっしゃると誰かが言っていたことを思い出して
調べて、京都で途中下車して会いに行きました。
- ーー
- 下関から戻ってくる途中にですか。
- 関根
-
はい。実家にはほとんど新幹線で帰っていたので、
途中下車したら習えると思ったんです。
京都までわざわざ通うことはできないですけど、
実家に帰る途中に習えるなら、私は楽しくなるし、
父も私に気を遣わなくてよくなるし、
お互いにいいんじゃないかと思ったんですね。
それで先生に事情を話したら、
じゃあ、あなたの都合のいいときにどうぞ
って言ってくださったんです。
- ーー
- その先生はどんな方でしたか。
- 関根
-
西村望代子先生という先生なんですが
衣紋道(えもんどう)を宮島健吉先生のもとで
学ばれて、葵祭の装束の着付けもされてる先生
だったんです。
ですから、やっぱり古い文献とか、着付けにしても
いろんなことを勉強されていました。
西村先生から、作品を作る時の3つの柱ということで
口をすっぱくして言われたのが、一つは機能性、
次に装飾性、でも一番大事なのは精神性だと。
結びの中には意味のあるものもあるし、
吉凶もあるし、陰陽もあると。
結び目も紐の重なり方に上下の違いがありますよね。
- ーー
- そうですね。ちょっと動かすだけで形が違ってきます。
- 関根
-
はい。
全く同じ結びでも重ね合わせや真逆もできるわけです。
あるとき、私がなんとなく手でやって、
結びがバラバラになっているところがあったんです。
そのとき西村先生に、
これは意識してやったのかって言われて、
いや、意識してないですと答えたんです。
そしたら、左半分と右半分は逆にした方が綺麗じゃないか
と言われたんですね。
- ーー
- 左右対称にするということですか。
- 関根
-
はい。対称に綺麗にした方がいいと。
結びがぐしゃぐしゃだったとしても
あえてそうしたならいいけど、
そうなっちゃったはダメだって言うんです。
私はそれまでそんな細かいことを気にしたことが
なかったんですが、確かに日本の結びって
一対で置く場合には対称にしてるんですよ。
古い結びを見ていくと、同じ結びでも
対称にするとか、裏表にするとか、
そういうこだわりがあるんです。
そういうことをもっと大切にしなさいって言われて、
それからいろいろ本を読みだしました。
- ーー
- その頃はご自身で考えた結びを作られてたんでしょうか。
- 関根
-
結びの技術は基礎的なものだけでも
ものすごい種類があるんです。
でも、私は京都に住んでいたわけではないので
毎週とか、毎月というペースで先生のところに通うことは
できなかったんですね。
先生に教えていただく時間は貴重な時間なので
基本的な結びは自分でひたすら練習しつつ、
先生が見せてくださる文献の中から
自分の興味があるものをお伝えして、
その中から先生が選んでくださった作品を
一つずつ仕上げていくということをしていました。
西村先生はもう亡くなられたんですが、
そんな風にして最後に指導していただいた作品が
「薬玉」(くすだま)だったんです。
(薬玉って何でしょう。つづきます。)