- ーー
- 結びは今までどんな風に学ばれてきたんでしょうか。
- 関根
-
平安時代、清盛には娘が8人いて、
そのうちの六女と八女は花結びの名手だったって
言われているんですが、『源平盛衰記』の中に
お姫様のプロフィールがあるんです。
歌よみ連歌し、絵書き花結び、
あくまで御心に情おわします人なり
- 関根
-
今でいうお茶とかお華っていう習い事の中に
必ず花結びが入ってくるんですね。
宮中には文箱とか刀の結びとかがあったと思うので、
それを一応習っていたということだと思うんです。
- ーー
-
平安時代には習い事に含まれていたんですね。
その後も教えられていたんでしょうか。
- 関根
-
はい。これは知り合いが骨董屋さんで
見つけてくれたんですけど、
結びは女学校で教えられていたんです。
- ーー
- すごいですね。これは教科書なんでしょうか。
- 関根
-
いえ、これは習ったものを形にして
残しておいたんだと思います。
こうやって学校で教えられていた時代が
昭和の初めぐらいまであったかもしれません。
- ーー
- なくなってしまったのはもったいないですね。
- 関根
-
そうですね。今も少しやるといいと思うんですけど。
でもこういう風にしておくと、骨董屋さんで残されてたり
家族が残しておいてくれたりするんだなと思って、
私の教室では雛形作りをやってるんです。
- ーー
- わあ、綺麗ですね。
- 関根
-
これは最初の半年ぐらいでやる結びなんですが
何を結んだか忘れちゃうから、その一覧表ですね。
それから結びの名前を書いて資料的にしておくと
少しは後に残るかなと思って。
私は字があまり上手じゃないから、後ろに
書いてあるんですけど。
- ーー
- ああ、わかりやすいですね。
- 関根
-
やっぱり実物って大事なんです。
貼らないでおいてある雛形もあるんですが、
後ろが見えることが大事なんですよね。
立体じゃないとわからないことがいっぱいあります。
- ーー
-
実は先日、私も娘と一緒に、結びにチャレンジ
してみたんです。
娘は自分の作品が完成して
嬉しかったんだと思うんですけど、
できた結びをじっと見て
「なんだか願い事が叶いそうだね」
って言うんです。
何も知らない6歳の子がそういうことを言うんだな
と思ってちょっとびっくりしました。
(上二つが娘の作品。左があわび結びで右が抱きあわび結びと言います。)
- 関根
-
その話を聞いて今思ったんですけど、
結んだのはあわび結びですよね。
あわび結びって、すごく美しい結びなんですが、
結びの構造が一番よくわかる基本的な結びだと
思っているんです。
下から出た紐は必ず上に行くし、
上から出た紐は必ず下に行くことになっていますよね。
結びがその形になるためには、
最終的に紐が上、下、上、下になって交差してないと
ほどけてしまって結びにならないんです。
- ーー
- 確かにそうですね。
- 関根
-
お嬢さんも結び始めはどこか心もとないところがあって
そこを押さえながら進むんでしょうけど、
最後に、全部の紐が上下で交わって
綺麗な一つの形になってほどけなくなると
スッキリするじゃないですか(笑)。
- ーー
- しますね(笑)
- 関根
-
きちんと何かが繋がれていく感じ、
結ばれていく感じっていうのは、
小さな子でも何か感じるんじゃないかと思うんです。
- ーー
- はい。
- 関根
-
水引もそうなんですけど、
贈り物に水引をかけて結んでいる時間というのは、
先様、つまり相手のことを思いながら
気持ちを込めるわけです。
私も結構簡単な結びですけど、
何か差し上げる時に半紙で包んで
紐を使って結ぶこともあるんですね。
そんな風に、自分の大切な人に喜んでもらえたらいいな
と思うものを包んで、結んでいるときって、
相手のことを考えている時間なんだと思うんです。
- ーー
- はい。そんな気がします。
- 関根
-
そういう結んでいる時間の中だけでも、お嬢さんみたいに
何か感じることがあるんだとしたら、
結び自体が生きていくための最新の技術だった時代の人が
感じていたありがたみの大きさというのは、
ちょっと想像がつかないと思います。
ただ今はもう結ぶ機会がないので、
ちょっと結んでみてにわかにそんなことを言われても
すぐには信じられないかもしれないですけど。
でも文字通り紐解いて行くと、確実にそういった思いも
込められていたっていうことは感じますね。
- ーー
-
最後に、先生にとって結びがどういうものなのかを
教えていただけますか。
- 関根
-
私はやっぱりここに尽きる気もするんですけど、
伊勢貞丈が結びについてこうまとめているんです。
紐を結ぶことについて観察してみると、実に様々のことがある。
今それらの品々を集めて、この書にまとめようとしている。
この中にはものの用に立つ結びもあり、
一方では用にも立たぬ結びもある。用にも立たぬ結びも昔からあって、
古い物語などにも女子の手ずさみを花結びとなぞらえて
表現しているのはこれらのことである。用に立たぬ結びであるからといって、捨てるべきではない。
ことにふれ、ものによって役立つこともある。
こうした事柄は、知るは難く、捨てるのは容易なことである。
それが浅薄なことにみえたとしても、軽んじてはならない。
- 関根
-
額田先生の言い方ですと、結びには多様な意義がある
というんですね。
そしてそれはやっぱり伝えていきたいと思うんです。
- ーー
- はい。
- 関根
-
子供の靴紐が小学校で廃止されたというのを
聞いたんですね。
それはほどけて踏んだら危ないからっていうことで
マジックテープになったっていうんですけど、
そうやって用途としての結びは
どんどん他のものに変わっていく。
装飾としての結びは、お香とか特殊な世界でしか
残っていない。
そうすると、意外と一番身近なところで残っているのは
精神性じゃないかと思うんです。
しめ縄は無くならないし、お守りは皆買う。
おみくじは結ぶ。
そう行ったところの結びは、ずっと伝えられている
わけですよね。
考えてみれば不思議ですけど、
もしかしたら今や結びっていうのは
そういう役割が大きくなっているのかも
しれないです。
- ーー
- そうかもしれないですね。
- 関根
-
お守りというと、私はこの五角形のお守りをよく
作っていて、お守りの中にはお香が入っています。
五角形の袋をとめているのは、お守りに使われている
普通の結びです。
その上の結びはお雛様の時期だったので
ぼんぼりの形にしたんですね。
これはあげまき結びをくるっと一緒にしちゃっただけ
なんです。
それから紐の先に使われているのが叶(かのう)結び
っていうんですけど、表が口で、裏が十字に
なっているんです。
「口」に「十」で「叶」っていう字を表すんですね。
伊勢貞丈もそう書いてあるので、かなり古い結びだと
思います。
(左側が表で「口」、右側が裏で「十」の字になっています。)
- ーー
- いっぱい結びが入っていますね。
- 関根
-
お守りなのでその方が守ってくれるかなと思ったりして。
お守り作りは楽しいですよ。
私は、額田先生みたいに、結びのことを学術的に
考えて行くことはなかなか進まないのですけど、
唯一何か違うことっていうと
やっぱり結ぶことをしなきゃいけないんだろうと
思ったりしますね。
頭で考えるだけじゃなくて、
実際に結んでみるっていうことも大切だなと。
だから結んでみるというのは
体験としてはしてもいいと思うんです。
幼児から結べる手になるまで何年かかかるんですよね。
- ーー
- そういえばそうだったかもしれません。
- 関根
-
例えば、ひと結びって簡単なようですが、
輪っかを作るだけではダメで、輪っかの中に紐を
くぐらせる、これがひと結びですよね。
- ーー
- はい。
- 関根
-
この結び自体ができるまでにも
相当時間がかかったと思うんですけど、
結ぶっていうことは、誰かが教えてあげないと
自然には覚えないみたいなんです。
- ーー
- そうなんですか。
- 関根
-
中には見よう見まねでやる子もいると思いますけどね。
親がやってるかそうでないかで違うと思います。
- ーー
-
うちの娘は大きくなるまでずっと結びを続けたら、
すごいのができるんじゃないかって言ってます。
- 関根
-
それは楽しみですね。
でも別にずっと続けなくてもいいんです。
ただ、結んだ経験ってすごく大切だと思います。
聞いたことがあるというのもすごく大切で、
忘れちゃってても、後々何かと繋がる場合も
ありますから。
特にこういう手作業に関しては、
色々と体験させてあげるのは
とてもいいことじゃないかと思いますね。
- ーー
-
ありがとうございます。
これからも娘と楽しく結んでいこうと思います。
今日はたくさん貴重なお話をお聞かせいただき
本当にありがとうございました。
(おわります。最後まで読んでいただいてありがとうございました。)