もくじ
第1回結びの始まり 2019-03-19-Tue
第2回薬玉の結び方 2019-03-19-Tue
第3回結びの図 2019-03-19-Tue
第4回結ばない国はない 2019-03-19-Tue
第5回結びのススメ 2019-03-19-Tue

うどん県からやってきた一児の母です。
都会の生活にはまだ慣れません。
娘とのお絵かきの時間が唯一の癒しです。

結びの世界

結びの世界

担当・まつ

第4回 結ばない国はない

ーー
結びの世界というのは日本固有のものなんでしょうか。
関根
いえ、日本だけではないです。
以前、エールフランスが協賛して
伝統的な日本の文化を外国の人に紹介するという
ツアーがあったんですけど、
ある先生から「あなたも今年行く?」って
誘われたんですね。
ーー
どこへ行かれたんですか。
関根
スペインのグラナダっていうところです。
そういうツアーには全然行ったことがなかったんですけど、
そのとき母が亡くなった直後だということもあって
「行きます」って返事をしたんです。
 
それでグラナダのアルハンブラ宮殿に行って
タイルを見てみると、なんか組紐みたいな感じが
するんですよね。
ーー
え、そうなんですか。
関根
はい。実は、結びっていろんなところに広がって
リンクしているんです。
 
例えば、日本の「あげまき結び」は、
みずら(古代の男性の髪型)をかたどったもの
と言われていて、相撲の土俵の四隅や鎧の背にも
使われています。
あとは歌舞伎の衣装ですね。


(写真中央の房のついている赤い紐があげまき結びです。)

ーー
ああ、見たことがあります。
関根
でもフランスの結びの本にも
必ずあげまき結びが載っているんです。
ーー
同じものなんですか。
関根
同じです。
ちゃんと本もあるし、いわれも書いてあります。
ーー
その国独特のいわれがあるんですね。
関根
はい。同じ結びなのに違ういわれがあるんです。
 
中国では「卍結び」、
英語では「ブッダノット」、
フランスだったら「海の十字架」、
イタリアでは「漁師の結び」、
あとヨーロッパの昔話だと
「トゥルーラブノット」っていうらしいです。
ちょっとラブ系なんですよね。
ーー
本当ですね。
結びに思いを込めるのは日本人だけなのかと
勝手に思ってましたが、そうじゃないんですね。
関根
そうなんです。
考えてみたら結びのない国ってないんですよ。
結ばない国なんてまずないと思います。
 
人類学的に見ても、結びっていうのは、
もう何十万年も前からあるはずなんですよね。
ーー
木を紐で束ねたりとかいうことでしょうか。
関根
ええ。結びは人類最初の非常に建設的な、
そして生産的な技術だったんです。
ーー
生産的というのはどういうことでしょう。
関根
それまでの道具というのは、
何かの拍子に欠けた石に刃のようなところができて、
あ、これ使えるじゃないって石器として使ったりとか、
あるいは、棒で木の実を落としたりとか、
結構破壊的なものなんですね。
ーー
じゃあ石に木を結びつけるっていうのは。
関根
それはプラスの作用ですね。
石と木を組み合わせるにはどうしたらいいんだろう、
何かで結びつけなきゃ、というところから、
発想は始まっていると思います。
 
でも額田先生の説だと、まず木の棒を手に持ったときに
木が手の力を拡張したというんですね。
手だけでは届かない所も木を使えば届く。
自分の手では掘れない硬い所も掘れる。
そうやって、道具と手が合体して新しい力ができるって
いうのを、人はだんだん実感していったんじゃないかと。
ーー
なるほど。
関根
手と木があって、石と木というお題がある。
落語の三題噺みたいなもんだって書いてあるんですけど、
手に木をくっつけたら道具としてすごく良かった。
じゃあその木に石をくっつけたら、
さらに機能が拡張するんじゃないかっていう発想が
生まれてきたんじゃないかっていうんですね。
ーー
ああ、すごくよくわかります。
関根
最初はその辺の植物のツル類が乾燥したものを使って、
ぐるぐるっと巻きつけたんだと思います。
植物のツルには張りと摩擦力があるので、
結びまでいかなくても、差し込むだけで止まるんですね。
ーー
植物ならではですね。
関根
はい。
額田先生は結びが人類最初の創造的、生産的、建設的な
技術だと言っています。
 
そこから衣食住全てに及んでいますよね。
衣に関しては、紐衣(ちゅうい)といって、
紐一本を腰に結びつけたのが衣の最初じゃないか
っていう説があります。
ーー
貫頭衣なんかより、紐の方が先ということですか。
関根
はい。
紐だけを結んでいた時期があって、
その後だんだんいろんなものを紐にぶら下げるように
なるんですけど、それは防寒とかそういうことではなく、
精神的、象徴的なことですね。
 
最古のビーズって7万年近く前のもので
貝に穴が空いているものが見つかっているんですが、
それはたぶん、装飾的な意味以上に、
同じ部族の印であるとか、身分が高いことを象徴する
働きがあっただろうというんです。
ーー
なんとなくわかります。
関根
最初、私は結びというものについて、
まず機能性があって、次に装飾性、そのあとに
綺麗に結びたいという精神的なものが生まれてくると
思っていたんです。
でも、額田先生は、作業結び、つまり機能的な結びが
基本にあって、信仰の枝に分かれたと言っています。
その次は精神性だというんですね。
ーー
精神性ってどういうことでしょうか。
関根
額田先生は神秘性という言葉を使っていますが、 
つまり結びというものは、かなり長い間に渡って
最先端技術だったわけです。
 
何百万年という歴史の中で、
道具作りに結びが使われるまでというのは
すごい時間がかかっていますよね。
石と木を結びつけることから始まって、
その後、弓矢が出てきて、危険な目に遭わなくても
遠くの動物が取れるようになる。 
 
そうするとその中で、結びという力に対する
信仰的なものが芽生えてもおかしくないと思うんです。
 
額田先生の本には、結びの神秘性に驚異を感じた人々が
呪具や占いの道具に用いるようになったのだろう
とあります。
そこからさらに知識の枝に分かれて、
記憶や象徴、標識の具として発展して、
最後が装飾だというのが額田先生の説です。
ーー
そういうことなんですね。
関根
ええ。紐があって結びがあるんですけど、
この紐と結びという文化は、世界中で
生活していくために必須の技術として
伝えられてきたと思うんです。
そういう意味で、結びのない国はないだろうな
と思うんですね。
  
でも調べていくと、それぞれの国で発展の仕方は
違っていて、中でも日本はかなり独特です。
ほどくことまで考えて結ぶ仕覆の結びとかもそうです。
こうやって、結びの使い方や、発展の仕方を見ていくと、
日本の文化全体もうっすらと感じられるような気が
するんです。
 
紐はあくまで脇役で、いろんなものに添えられてきて
いますからあまり目立たないんですけど、
しっかりと根付いています。
 
(つづきます)
第5回 結びのススメ