- ーー
- 結びの世界というのは日本固有のものなんでしょうか。
- 関根
-
いえ、日本だけではないです。
以前、エールフランスが協賛して
伝統的な日本の文化を外国の人に紹介するという
ツアーがあったんですけど、
ある先生から「あなたも今年行く?」って
誘われたんですね。
- ーー
- どこへ行かれたんですか。
- 関根
-
スペインのグラナダっていうところです。
そういうツアーには全然行ったことがなかったんですけど、
そのとき母が亡くなった直後だということもあって
「行きます」って返事をしたんです。
それでグラナダのアルハンブラ宮殿に行って
タイルを見てみると、なんか組紐みたいな感じが
するんですよね。
- ーー
- え、そうなんですか。
- 関根
-
はい。実は、結びっていろんなところに広がって
リンクしているんです。
例えば、日本の「あげまき結び」は、
みずら(古代の男性の髪型)をかたどったもの
と言われていて、相撲の土俵の四隅や鎧の背にも
使われています。
あとは歌舞伎の衣装ですね。
(写真中央の房のついている赤い紐があげまき結びです。)
- ーー
- ああ、見たことがあります。
- 関根
-
でもフランスの結びの本にも
必ずあげまき結びが載っているんです。
- ーー
- 同じものなんですか。
- 関根
-
同じです。
ちゃんと本もあるし、いわれも書いてあります。
- ーー
- その国独特のいわれがあるんですね。
- 関根
-
はい。同じ結びなのに違ういわれがあるんです。
中国では「卍結び」、
英語では「ブッダノット」、
フランスだったら「海の十字架」、
イタリアでは「漁師の結び」、
あとヨーロッパの昔話だと
「トゥルーラブノット」っていうらしいです。
ちょっとラブ系なんですよね。
- ーー
-
本当ですね。
結びに思いを込めるのは日本人だけなのかと
勝手に思ってましたが、そうじゃないんですね。
- 関根
-
そうなんです。
考えてみたら結びのない国ってないんですよ。
結ばない国なんてまずないと思います。
人類学的に見ても、結びっていうのは、
もう何十万年も前からあるはずなんですよね。
- ーー
- 木を紐で束ねたりとかいうことでしょうか。
- 関根
-
ええ。結びは人類最初の非常に建設的な、
そして生産的な技術だったんです。
- ーー
- 生産的というのはどういうことでしょう。
- 関根
-
それまでの道具というのは、
何かの拍子に欠けた石に刃のようなところができて、
あ、これ使えるじゃないって石器として使ったりとか、
あるいは、棒で木の実を落としたりとか、
結構破壊的なものなんですね。
- ーー
- じゃあ石に木を結びつけるっていうのは。
- 関根
-
それはプラスの作用ですね。
石と木を組み合わせるにはどうしたらいいんだろう、
何かで結びつけなきゃ、というところから、
発想は始まっていると思います。
でも額田先生の説だと、まず木の棒を手に持ったときに
木が手の力を拡張したというんですね。
手だけでは届かない所も木を使えば届く。
自分の手では掘れない硬い所も掘れる。
そうやって、道具と手が合体して新しい力ができるって
いうのを、人はだんだん実感していったんじゃないかと。
- ーー
- なるほど。
- 関根
-
手と木があって、石と木というお題がある。
落語の三題噺みたいなもんだって書いてあるんですけど、
手に木をくっつけたら道具としてすごく良かった。
じゃあその木に石をくっつけたら、
さらに機能が拡張するんじゃないかっていう発想が
生まれてきたんじゃないかっていうんですね。
- ーー
- ああ、すごくよくわかります。
- 関根
-
最初はその辺の植物のツル類が乾燥したものを使って、
ぐるぐるっと巻きつけたんだと思います。
植物のツルには張りと摩擦力があるので、
結びまでいかなくても、差し込むだけで止まるんですね。
- ーー
- 植物ならではですね。
- 関根
-
はい。
額田先生は結びが人類最初の創造的、生産的、建設的な
技術だと言っています。
そこから衣食住全てに及んでいますよね。
衣に関しては、紐衣(ちゅうい)といって、
紐一本を腰に結びつけたのが衣の最初じゃないか
っていう説があります。
- ーー
- 貫頭衣なんかより、紐の方が先ということですか。
- 関根
-
はい。
紐だけを結んでいた時期があって、
その後だんだんいろんなものを紐にぶら下げるように
なるんですけど、それは防寒とかそういうことではなく、
精神的、象徴的なことですね。
最古のビーズって7万年近く前のもので
貝に穴が空いているものが見つかっているんですが、
それはたぶん、装飾的な意味以上に、
同じ部族の印であるとか、身分が高いことを象徴する
働きがあっただろうというんです。
- ーー
- なんとなくわかります。
- 関根
-
最初、私は結びというものについて、
まず機能性があって、次に装飾性、そのあとに
綺麗に結びたいという精神的なものが生まれてくると
思っていたんです。
でも、額田先生は、作業結び、つまり機能的な結びが
基本にあって、信仰の枝に分かれたと言っています。
その次は精神性だというんですね。
- ーー
- 精神性ってどういうことでしょうか。
- 関根
-
額田先生は神秘性という言葉を使っていますが、
つまり結びというものは、かなり長い間に渡って
最先端技術だったわけです。
何百万年という歴史の中で、
道具作りに結びが使われるまでというのは
すごい時間がかかっていますよね。
石と木を結びつけることから始まって、
その後、弓矢が出てきて、危険な目に遭わなくても
遠くの動物が取れるようになる。
そうするとその中で、結びという力に対する
信仰的なものが芽生えてもおかしくないと思うんです。
額田先生の本には、結びの神秘性に驚異を感じた人々が
呪具や占いの道具に用いるようになったのだろう
とあります。
そこからさらに知識の枝に分かれて、
記憶や象徴、標識の具として発展して、
最後が装飾だというのが額田先生の説です。
- ーー
- そういうことなんですね。
- 関根
-
ええ。紐があって結びがあるんですけど、
この紐と結びという文化は、世界中で
生活していくために必須の技術として
伝えられてきたと思うんです。
そういう意味で、結びのない国はないだろうな
と思うんですね。
でも調べていくと、それぞれの国で発展の仕方は
違っていて、中でも日本はかなり独特です。
ほどくことまで考えて結ぶ仕覆の結びとかもそうです。
こうやって、結びの使い方や、発展の仕方を見ていくと、
日本の文化全体もうっすらと感じられるような気が
するんです。
紐はあくまで脇役で、いろんなものに添えられてきて
いますからあまり目立たないんですけど、
しっかりと根付いています。
(つづきます)