岸 | 私は今回の小説の中で 「デラシネ」という言葉を使いました。 日本では「デラシネ」を「根なし草」と訳します。 これ、間違いだと思うんです。 「デ」は、フランス語では否定。 「ラシーヌ」は根っこ、 「ラシネ」となると動詞です。 つまり、根っこごと引き抜かれた状態。 その根は、生きています。 私は自分のことを 引っこ抜かれた根だと思っています。 誰かに抜かれたわけでなく、 日本という国から 自分で引っこ抜いたんですけれどもね。 |
糸井 | うん、そうなんですね。 |
岸 | 根はいきいきと瑞々しく生きているのに、 這わせる土地がない。 いや、土地がないというより、 どこに這わせたらいいだろうと 自分で模索し続けているような感じです。 これまでの自分が思ってきたこと、経験したこと、 人から聞いたこと、さまざまなことを思い出しながら 小説を書きました。 私は忘れっぽいのに、インプットされたことを 思い出しながら書くのです。 |
糸井 | とても生育しやすい大地に張った根というのは、 じつはひ弱で、細かい根が出ないそうです。 だけど、荒れた地に伸びる植物は 細かく根を張り、強い。 「艱難辛苦」って 岸さんは笑いながらおっしゃいますけど、 その「艱難辛苦」は、 いわば、荒地だと思うんです。 |
岸 | そう、藪の中ですね。 そこに生えてしまった雑草。 |
糸井 | だからこそ、少ない水分や栄養分を取るために、 ものすごく根を張っていかなければならない。 |
岸 | そうですね、ほんとうに。 日本という場所から引き抜いたのは自分自身で、 全部自分がやったことです。 それでここまで歩いてきました。 42年間異国に住んでて、 日本に帰ってくると、かなりきついですよ。 |
糸井 | そうなんですか。 |
岸 | 私はかなりいい加減なところがあるし、 必要なときは嘘もつきます。 けれど、なんていうのかな、 芯のところではちゃんとしてると 自分では思っているんですけどね。 これまでもこれからも、 私は基本的にひとりです。 会社や組織に入っていないから、 それなりにしんどいこともありました。 向こうにいたときも まずは「言葉の壁」があるし きつかったですよ。 |
糸井 | 根っこは生きてても、 移植するたびに、 1回ずつ根を張らなきゃならないですよね。 |
岸 | そう、張り直さなきゃならないんですよね。 |
糸井 | はぁぁ。それは、えらく大変なことですよね。 |
岸 | そう。そしてまだ 張り終わってないんですけどね。 |
糸井 | そうかもしれない。 |
岸 | ほんとに、そうですよ。 |
糸井 | 根っこをまるごと抜いて フランスに42年張っていたぶんのその豊かさを また引き抜いて日本にいらっしゃった。 岸さんは、根っこの話をするとき、 すごくおもしろそうになさってるけど、 人からは花だと思われてる方です。 だけどご自分は、 根っこのことばっかり考えてらっしゃいます。 |
岸 | ええ、そのとおり。 根っこのことばっかり考えてます。 |
糸井 | ねぇ。なんだか、うれしいな。 岸さんが今回書かれた小説の中で、主人公が 男性という植木鉢みたいなものに ヒョイと根を生やしたり、 土じゃないかもしれないところにも 「あ、ここでまた、スッと立てる」 というシーンが出てきます。 根に注目してあの小説を読んだら さらにおもしろいですね。 |
岸 | そう。読み直してくださる(笑)? |
糸井 | 岸さんも主人公も、 年齢とかつらい経験については あまり大きな問題として 受けとめていない気がしたんですが。 |
岸 | うーん、年齢については、 私はこの頃、ちょっと思いはじめましたけどね(笑)。 |
糸井 | 思いはじめましたか。 |
岸 | はい(笑)。 例えば、鏡の中に顔を映したとき、 「なんだろう?」 と思うことがあります。 そういう現実を見ない限り、 自分の顔や年齢について、忘れています(笑)。 私はそういう呑気なところもあるんですけど、 実はおなじように、仕事や生活のことでも いろんな問題がいっぱいあるんです。 |
糸井 | 問題は、どうせいつでもあるんですね。 |
岸 | そう、どうせあるんですよ。 その、どうしようもない問題を どうしよう、どうしようと思ってるうちに 4、5日経つとします。すると、 もっとひどいことが起こります。 そうすると、前の重大な「艱難辛苦」が、 スッと消えてくれるんですよね。 消えてくれるというより、自分でもう ゴミ箱の中に捨てちゃうんです。 そうすると、必ず、 後でツケが来るんですけれども、 しかたがないでしょう、それはね。 |
糸井 | ああ、わかります(笑)。 ツケは来ますよね。 |
岸 | 来ます。 このところはもう、ツケばっかり来ています。 でもそれはしかたのないことだから。 |
糸井 | ツケは払わなきゃならないんだけどね。 |
岸 | そうです。自分がやったことだから。 |
糸井 | そのことを、 ぼくも、年とってから知りました。 |
岸 | そうなの(笑)? |
糸井 | 若いときに目をつぶって使ったものが たくさんあります。 ぼくはツケが来ないと思って、 踏み倒したつもりで生きてきました。 そうしたら‥‥ |
岸 | それは、踏み倒せないのね。 |
糸井 | ちゃんと、どこまでも、どこまでも(笑)。 |
岸 | ついてくるんですね。 人間関係でも、何でもそう。 |
糸井 | で、そのツケをひとつ払ってみると、 それはやっぱり気持ちいいんです。 |
岸 | そうね。 きちっと処理すると、 もうポーッと、3日間くらい、気持ちがいい(笑)。 |
糸井 | 岸さんが、いま おっしゃらないで語ってる つらいできごとというのは、 ぼくが想像することと違って、 ものすごいのでしょうね、きっと。 |
岸 | うん、すごいですね。 こんなに、らくに生きなかった人は あんまりいなかっただろう、と自分で思うくらいです。 |
糸井 | なぜでしょうね。 |
岸 | なぜだろう、ほんとうにね。 それはつまり、 成り行きまかせで女優になって、 あまり下積み生活もなく 「スター」というものになっちゃって、 「一世を風靡」とか言われちゃって、 それがすごく嫌になって、 勝手に自分で国を出て行った、 そういう人間が負わなきゃならないことだったのです。 それらが、私を弱くしたのか、 強くしたのかはわからないけど、 へんちきりんな人間にしてくれたと思ってます。 (つづきます) |
2013-11-08-FRI