岸惠子さん+糸井重里 対談 かわいい人の、 ふたつの共通点。
岸さんのプロフィール

第4回 デラシネ。

私は今回の小説の中で
「デラシネ」という言葉を使いました。
日本では「デラシネ」を「根なし草」と訳します。
これ、間違いだと思うんです。
「デ」は、フランス語では否定。
「ラシーヌ」は根っこ、
「ラシネ」となると動詞です。
つまり、根っこごと引き抜かれた状態。
その根は、生きています。

私は自分のことを
引っこ抜かれた根だと思っています。
誰かに抜かれたわけでなく、
日本という国から
自分で引っこ抜いたんですけれどもね。
糸井 うん、そうなんですね。
根はいきいきと瑞々しく生きているのに、
這わせる土地がない。
いや、土地がないというより、
どこに這わせたらいいだろうと
自分で模索し続けているような感じです。
これまでの自分が思ってきたこと、経験したこと、
人から聞いたこと、さまざまなことを思い出しながら
小説を書きました。
私は忘れっぽいのに、インプットされたことを
思い出しながら書くのです。
糸井 とても生育しやすい大地に張った根というのは、
じつはひ弱で、細かい根が出ないそうです。
だけど、荒れた地に伸びる植物は
細かく根を張り、強い。
「艱難辛苦」って
岸さんは笑いながらおっしゃいますけど、
その「艱難辛苦」は、
いわば、荒地だと思うんです。
そう、藪の中ですね。
そこに生えてしまった雑草。
糸井 だからこそ、少ない水分や栄養分を取るために、
ものすごく根を張っていかなければならない。
そうですね、ほんとうに。
日本という場所から引き抜いたのは自分自身で、
全部自分がやったことです。
それでここまで歩いてきました。
42年間異国に住んでて、
日本に帰ってくると、かなりきついですよ。
糸井 そうなんですか。
私はかなりいい加減なところがあるし、
必要なときは嘘もつきます。
けれど、なんていうのかな、
芯のところではちゃんとしてると
自分では思っているんですけどね。

これまでもこれからも、
私は基本的にひとりです。
会社や組織に入っていないから、
それなりにしんどいこともありました。
向こうにいたときも
まずは「言葉の壁」があるし
きつかったですよ。
糸井 根っこは生きてても、
移植するたびに、
1回ずつ根を張らなきゃならないですよね。
そう、張り直さなきゃならないんですよね。
糸井 はぁぁ。それは、えらく大変なことですよね。
そう。そしてまだ
張り終わってないんですけどね。
糸井 そうかもしれない。
ほんとに、そうですよ。
糸井 根っこをまるごと抜いて
フランスに42年張っていたぶんのその豊かさを
また引き抜いて日本にいらっしゃった。
岸さんは、根っこの話をするとき、
すごくおもしろそうになさってるけど、
人からは花だと思われてる方です。
だけどご自分は、
根っこのことばっかり考えてらっしゃいます。
ええ、そのとおり。
根っこのことばっかり考えてます。
糸井 ねぇ。なんだか、うれしいな。
岸さんが今回書かれた小説の中で、主人公が
男性という植木鉢みたいなものに
ヒョイと根を生やしたり、
土じゃないかもしれないところにも
「あ、ここでまた、スッと立てる」
というシーンが出てきます。
根に注目してあの小説を読んだら
さらにおもしろいですね。
そう。読み直してくださる(笑)?
糸井 岸さんも主人公も、
年齢とかつらい経験については
あまり大きな問題として
受けとめていない気がしたんですが。
うーん、年齢については、
私はこの頃、ちょっと思いはじめましたけどね(笑)。
糸井 思いはじめましたか。
はい(笑)。
例えば、鏡の中に顔を映したとき、
「なんだろう?」
と思うことがあります。
そういう現実を見ない限り、
自分の顔や年齢について、忘れています(笑)。
私はそういう呑気なところもあるんですけど、
実はおなじように、仕事や生活のことでも
いろんな問題がいっぱいあるんです。
糸井 問題は、どうせいつでもあるんですね。
そう、どうせあるんですよ。
その、どうしようもない問題を
どうしよう、どうしようと思ってるうちに
4、5日経つとします。すると、
もっとひどいことが起こります。
そうすると、前の重大な「艱難辛苦」が、
スッと消えてくれるんですよね。
消えてくれるというより、自分でもう
ゴミ箱の中に捨てちゃうんです。
そうすると、必ず、
後でツケが来るんですけれども、
しかたがないでしょう、それはね。
糸井 ああ、わかります(笑)。
ツケは来ますよね。
来ます。
このところはもう、ツケばっかり来ています。
でもそれはしかたのないことだから。
糸井 ツケは払わなきゃならないんだけどね。
そうです。自分がやったことだから。
糸井 そのことを、
ぼくも、年とってから知りました。
そうなの(笑)?
糸井 若いときに目をつぶって使ったものが
たくさんあります。
ぼくはツケが来ないと思って、
踏み倒したつもりで生きてきました。
そうしたら‥‥
それは、踏み倒せないのね。
糸井 ちゃんと、どこまでも、どこまでも(笑)。
ついてくるんですね。
人間関係でも、何でもそう。
糸井 で、そのツケをひとつ払ってみると、
それはやっぱり気持ちいいんです。
そうね。
きちっと処理すると、
もうポーッと、3日間くらい、気持ちがいい(笑)。
糸井 岸さんが、いま
おっしゃらないで語ってる
つらいできごとというのは、
ぼくが想像することと違って、
ものすごいのでしょうね、きっと。
うん、すごいですね。
こんなに、らくに生きなかった人は
あんまりいなかっただろう、と自分で思うくらいです。
糸井 なぜでしょうね。
なぜだろう、ほんとうにね。
それはつまり、
成り行きまかせで女優になって、
あまり下積み生活もなく
「スター」というものになっちゃって、
「一世を風靡」とか言われちゃって、
それがすごく嫌になって、
勝手に自分で国を出て行った、
そういう人間が負わなきゃならないことだったのです。
それらが、私を弱くしたのか、
強くしたのかはわからないけど、
へんちきりんな人間にしてくれたと思ってます。

(つづきます)

 

2013-11-08-FRI


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