糸井 | 生でお聞きするのははじめてなんですけど、 岸さんの声、すばらしいですね。 |
岸 | えぇ? 私の? |
糸井 | 岸さんの映画を観ていても、 声をあまり意識しなかったんですけど。 |
岸 | それはそうでしょうね、 映像とともに入ってくるから。 |
糸井 | そうなんですよ。 でも、実際にお会いしたらわかりました。 すごいですね、声の届き方、張り方。 その声だったら、たとえ つまんない話しても大丈夫です(笑)。 |
岸 | それ、ほめられているのか、 けなされているのか‥‥(笑)。 私ね、出産後に しばらく声が出ない時期があったんですよ。 |
糸井 | そうなんですか。 それは「艱難辛苦」のなかのひとつですか? |
岸 | いや、それは 赤ちゃんができたという喜びがあったので、 「艱難辛苦」には入りません(笑)。 ただ、その頃からずっと 声がうまく出せなくなってしまいました。 ひっくり返っちゃう、というか。 |
糸井 | そこがいいんです。 |
岸 | えぇ? |
糸井 | だってそれは、作れない声だから。 岸さんはバレエをなさっていたから おわかりかもしれないですけど、 肉体や声、からだの中に 補わなくてはいけない場所のある方の動きって、 作りえないものです。 カッコいいです。 |
岸 | うん、そうね。 川端康成さんの『花のワルツ』も、 そこがすてきだったんです。 |
糸井 | そうなんですか。 |
岸 | 松葉づえのバレエの先生が、 松葉づえを放り投げて、 メチャクチャに踊る部分があるんです。 私がそれを読んだのは中学生の頃でしたが すごく好きでした。 |
糸井 | あぁ、それはぼくもきっと好きだと思います。 岸さんの声でいうと 「ひっくり返っちゃう」という不本意なこと、 それを引き受ける人の発することは、カッコいいです。 声について、これまで お話しになったことはありますか? |
岸 | いいえ。 ひどい声だから、 ナレーションの仕事を頼まれたこと、 1〜2回しかないんです。 『たそがれ清兵衛』では、 ナレーションをさせていただきました。 そのお仕事を依頼されたときはびっくりして、 うれしかった。 ナレーションなんて、 この声じゃだめだと思っていましたから。 私としては、自信がないんです。 |
糸井 | 「これでどうですか?」という自信のあるものって、 それ以上にならないですから、 もしかしたら自信のないことのほうが いいのかもしれないですね。 |
岸 | うーん‥‥そうかもしれないですね。 私ね、あろうことか、9月10月と 『蝉しぐれ』のなかの文四郎とふくの物語を ひとり語りで1時間半、朗読するんです。 凶と出るか、吉と出るか‥‥まったく未知の領域です。 |
糸井 | 岸さんは、 フランスに渡られたことも、苦労されたことも、 ご自分で「欠陥だ」くらいにおっしゃってることが 全部おもしろいです。 |
岸 | そうですか? 「欠陥だ」とはっきり思ってはいないの。 私ってなりゆきまかせだなぁ、と思ってます。 |
糸井 | レストランでメニューをただ読むことでも、 いい声の人が上手に読んだら、 ジーンと来るということはあると思うんですよ。 ぼくなんかは外国語ができないのに、 外国人の歌になぜ惚れられるかといったら、 声と歌に込められた「何か」です。 それは歌詞ではないですから。 意味から解き放って成り立つものが、 それこそ、岸さんのおっしゃってる 「根っこ」に近い部分だと思うんです。 |
岸 | そうね。そうでしょうね。うん、うん。 |
糸井 | だから、平凡な「I love you」でもいい。 人と人とのコミュニケーションは いちばん奥底の場所でつながれることがあると 思っています。 特に、生で聞くっていうのは、すごいものですね。 |
岸 | そうね、「ラシーヌ」、つまり根なんですよね。 苦手だと思っていることにこそ‥‥ その人の根っこが出ますよね。 |
糸井 | 出ますね。老化なんかも、 苦手なことが増えていくような変化であって。 |
岸 | うん、変化ですね。 その変化が自分にとって幸いするかのごとくに、 自分自身でリードしていく。 |
糸井 | 新しい土地に住んだようなもので、 「ここが弱くなったぞ。じゃあ、どうしよう」とか、 「これはこれでいいかもね」とかね。 |
岸 | 糸井さん、おいくつでしたか? |
糸井 | ぼくは、もうじき65になるんです。 |
岸 | あぁ、お若い。 |
糸井 | 「若い」って言われちゃう(笑)。 でも、60を過ぎると、 昔より変化がはっきりしてきます。 |
岸 | たとえば、若いころ‥‥10代のときなんかね、 年寄りとか中年の区別もつかなくて、 「30歳になったら、もうおしまいだ」 みたいに思ってた、なんてことあるじゃない(笑)? |
糸井 | あぁ、はい、あります。 |
岸 | 母が50歳になった誕生日に、夫と3人で 旅行したんです。 船で、イタリアのヴェニスからエーゲ海をまわって、 ギリシャのデルフォイ遺跡などを見たんですけど、 その途中で、母に、 「お母さん、50になると 女に、たのしみはあるの? 何にもないんじゃない?」 |
糸井 | 言ったんですか(笑)? |
岸 | 言いました(笑)。 そうしたら、「えっ?」って。 「あなたね、私が40になったときも そう言ってたわよ、どうしてそう思うの?」 なんて聞かれてね。 母は 「50って、いい年なのよ」 と答えたんです。 |
糸井 | ほぅ。 |
岸 | その頃の私は もう50なんておしまいだ、大変な老人だ、と 思っていましたから、驚きました。 その船旅には、主人が頼んだガイドさんがいました。 イタリア人だったかギリシャ人だったか、 忘れましたけど、たいへんスマートな方でした。 母はガイドさんを見て 「彼は、姿がいいわね」 って言ったんですよ。 |
糸井 | いい言葉だなぁ。 |
岸 | そんな母を見ていて私は 「50歳になっても、男性の姿に目が止まるのかしら」 と思いました。 (つづきます) |
2013-11-11-MON