ネパールでぼくらは。

#59この日の夜は、旅のクライマックスのひとつで
(いくつもそういう場面があるんだけど)、
きっとぼくらはこの場面をずっと忘れない。
忘れないということに自信がある。
若者たち、音楽、ダンス、広がる輪。

ダンス

(幡野広志)

コタンのホテルで夕食をとっていると、
高校生ぐらいの若いネパール人が
たくさんレストランに入ってきた。
どうやら修学旅行の生徒さんたちのようだ。

たくさんの学生さんたちをみていると、
顔つきに多様性があることを感じる。
インド人のような顔つきの生徒さんもいれば、
おもわず日本語ではなしかけそうになるほど、
日本人っぽい顔つきの生徒さんもいる。

みんなダルバートという
カレーがメインのワンプレート料理を食べている。
手で食べる人もいれば、
右手にスプーン左手にフォークなど
食べ方まで多様性があっておもしろい。

食事がおわると
大音量の音楽が流れてダンスタイムになった。
日本の修学旅行だったら先生たちに
「騒ぐんじゃない!」と叱られたりしそうなものだけど、
ネパール人の先生たちは
「フォーー!!」と歓声をあげて
手をたたき盛り上げている。

ネパール人の学生さんたちに一緒に踊ろうと誘われた。

日本では見かけないレストランの壁の色、照明のデザイン、
そこでアウトドアウェア特有の
派手な色の服を着てみんなが踊っている。

山田さんのイエローのウェアが主張しすぎていて、
映画ラ・ラ・ランドのワンシーンにしか見えなかった。

踊る高校生たち。

(永田泰大)

ホテルの食堂で夕食を食べていたら、
同じ時間に食事をしていた高校生たちが声をかけてきた。

「踊りたいので、場所をつくって踊っていいですか?」

シャラドが通訳した大意はそういうことで、
ぼくらは、え? と思いながらも、
もちろんどうぞと答えた。

すると彼らはほんとうに机とイスを移動して
スペースをつくり、音楽をかけて踊るのである。
インド映画などでよく耳にする、
あの高揚感のある独特の音楽。
ハイトーンの女性ボーカル。
エキゾチックなパーカッション。

踊りは、基本的に男女がペアになる。
得意な男子と女子が輪の真ん中で踊る。
女子がちょっと誘うように、
男子がそれに応えるように。
周囲はふたりを囃すというよりも、
手拍子をとって純粋にその音と踊りに酔っている。
ペアの踊りがなんとなく終わると
自然とつぎの男子と女子が一人ずつ立って踊る。
周囲のボルテージもだんだんあがっていく。

はーーー、とぼくは感心した。
当たり前だけど、
日本の高校生たちはこいうことをしない。
なんのてらいもなく、
かといってたぶん下心も駆け引きもなく、
高校生たちは食後の踊りをたのしんでいる。
なんてことないことかもしれないけど、
それは想像だにしない風景で、
切り立った崖の道や遠くのヒマラヤや
おいしいミルクティーと同じくらい、
ぼくにとって出会えてうれしいものだった。

熱狂は高まり、輪にシャラドが呼ばれ、
泰延さんや古賀さんや山田さんが加わって、
踊りはもっとも自由な時間帯に入った。
日本人が舞うと光景がすこし盆踊りじみるからおかしい。

ぼくは輪に加われないタイプだが、
とくにそれを惜しいとも思わず、
そのかわりにしみじみと座をおもしろがった。
漫画の「ワンピース」で、
大きなエピソードが一段落したときの
「宴」みたいだなとぼくは思った。

奇跡の時間。

(古賀史健)

おいしい食事を終え、
お酒を飲みつつだらだらおしゃべりしていると、
若い男女のグループがもじもじしながら、
シャラドになにか話しかけてきた。

なんでも、彼らは修学旅行の高校生で、
これからみんなでダンスをしたいのだけど、
まわりのテーブルを片づけて踊ってもいいか、
と訊ねてきたのだという。

どうぞどうぞ、
いくらでも踊ってください。
そういうの、ぼくらもうれしいです。

答えると高校生たちは「イエイ!」な感じで
自分らの使っていたテーブルを片づけ、
スピーカーにつないだiPadで音楽をかけながら、
男女ペアになって踊りはじめた。

車のなかでも学校でも、
あるいはこの食堂でもそうなのだけど、
こんなに音楽とダンスが好きなひとたちを、
ぼくははじめて見た気がする。

趣味として愛好しているのではなく、
歌うことと踊ることが生活に溶け込んでいる。
それは最貧国とされる
ネパールに住むひとびとの幸福度を、
とんでもなく上昇させているんじゃないだろうか。

やがて高校生たちは、
ぼくらに対しても一緒に踊ろう、と誘ってきた。

シャラドが立ち上がり、一緒に踊りだす。
山田さんが続き、高校生が大盛り上がりする。
泰延さんとぼくも続き、
みんなできゃあきゃあ言いながら踊る。
幡野さん、小池さん、鴨さん、永田さんが、
うれしそうにそれを見守っている。

ホテル・ハレシ・ヴィレッジの、
かなり殺風景な食堂、その青い照明の下。
ぼくらはネパールの高校生と一緒に、
ネパールの音楽にあわせて踊りつづけた。

こんなことがあるなんて、
引越準備に泣いていた数日前には
想像もできなかったよ。
またちょっと、涙がにじんできたよ。

高校生のダンス

(浅生鴨)

夕食後、同じホテルに泊まっている高校生たちが
食堂に音楽を流していいかと聞いてきた。
もちろんオーケーだよ。
誰がそう答えたのかは覚えていないけれども、
やがてビートの効いた音楽が食堂に流れ始めた。
高校生たちは修学旅行だか、社会見学だか、
そういった学校行事で旅行をしているらしい。
しばらくは音楽を聴きながら
軽く身体を揺すっていた彼らの一人が、
ふいに食堂の真ん中で踊り始めると、
すぐに何人かがダンスに加わって、
あっというまに食堂はダンスフロアと化した。
ホテルの従業員が気を利かせたのか、
いつのまにか照明も紫っぽい色に
なっているような気がする。
女の子も男の子も、みんな夢中になって踊り始める。

そのうちに僕たちのところへ一人の女の子がやってきて、
一緒に踊ろうと誘い出した。
さっそくシャラドが彼らに交じって踊り始め、
大人の踊りを見せつけると、
高校生たちから大きな歓声が上がる。
そこへ山田さんが加わり、
やがて田中さんと古賀さんも踊り始めた。
その様子を幡野さんが撮影し、
そしてさらにその幡野さんを僕が撮る。
音楽は何度も繰り返され、
踊る阿呆はますます阿呆になって踊っている。
気がつけば高校生たちは椅子に座って、
おじさんたちが大はしゃぎしながら
踊る様子を楽しそうに眺めていた。
眺めながら手拍子でおじさんたちを盛り上げる。

それにしても、高校生たちよ。なぜダンスなんだ。
もっと他にいろいろあるだろう。どうしてダンスなんだ。
君たちは何のためにダンスを踊るのだ。
そして、なぜ今おじさんしか踊っていないのだ。
さあ、みんな踊れ踊れ。若いんだからさ。

明日につづきます。

2019-08-26-MON

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