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富澤先生、わざわざお越しいただきまして、
ありがとうございます。
本日はよろしくお願いいたします。
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富澤先生 |
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
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さっそくですが、「六度法」ということばに、
わたしたちは勝手にピンときまして。
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富澤先生 |
そうですか。
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パソコンや携帯電話で
文章を書くことが多い現代ですけれど、
やっぱり、手書きの文字もたいせつにしたい。
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富澤先生 |
はい。
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自分の字を好きになれば、
手帳にたくさん書き込むこととか、
メールではなく手紙を書くことが、
もっとあたりまえの習慣になると思ったんです。
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富澤先生 |
なるほど。
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そこで今回は、
自分の字を好きになれていないふたりを、
こちらにご用意いたしました。
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ナカバヤシ |
「ほぼ日刊イトイ新聞」の中林と申します、
自分の字がまったく好きになれません。
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西田 |
西田と申します、
人前で字を書くことが恥ずかしいです。
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富澤先生 |
はい、そういう方はよくいらっしゃいます。
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このふたりを生徒にいたしまして、
小さな教室を開くようなかたちで、
「六度法」を教えていただけますでしょうか。
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富澤先生 |
そうですか、そういう形式なんですね。
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ふたり |
よろしくお願いします。
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富澤先生 |
わかりました。
ではまず、
「六度法とは」というようなところから‥‥。
きれいな字を書きたいという願望、
これは日本人が等しく
持っているところだと思われます。
ところがですね、
これまでの学習方法というのは、
書道でした。
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西田 |
書道。
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ナカバヤシ |
お習字。
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富澤先生 |
そう。みなさんご記憶だと思いますが、
書道というのはですね、
何べんも何べんも書いて、
お手本を頭に刻みつけていくという、
「記憶模倣方式」なんですね。
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ナカバヤシ |
記憶模倣‥‥なるほど。
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富澤先生 |
きちんと模倣をできるまで頭に入れるにはですね、
とにかく繰り返し書かなきゃならない。
書道のほうでは、
「一文字千回」などと申します。
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西田 |
‥‥一文字を模倣するには千回書く、
ということですか。
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富澤先生 |
はい。常用漢字は2136字ありますから、
213万6千回、書くことになります。
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ナカバヤシ |
ああ‥‥。
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富澤先生 |
小学校1年生から
6年生までに学習する漢字が1006字です。
これを同じように計算しますと、
100万6千回ですね。
小学生が週一回のお稽古で
4字ずつ練習するとして、
1年間に200字ですから
5年間かかることになります。
ところがそれだけ書いていても、
記憶模倣方式ですので、
「お習字やってるんでしょ。
このお知らせを書いてくれる?」
と頼んだとき、
習ってない漢字があると、
「その字はまだ習ってないから書けません」
と返ってきたりします。
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ナカバヤシ |
ストックがないものは書けない。
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富澤先生 |
はい。じつは私も昔は
「たくさん書こう、一生懸命書こう」
という精神主義でした。
いま教室で行われている
「集中して」「根気よく」「おしゃべりしないで」
「一生懸命」というのは、
ぜんぶ精神性の話ですよね。
どれも大切なことですけど、
合理的な理論に基づいてこそであって、
ただやみくもにやっても
結果は出ないということを、
まさに、いま、
多くの人が証明しているわけです。
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西田 |
書道なので、あとは芸術性でしょうか。
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富澤先生 |
「書道」はすばらしい芸術です。
ただ、日常的に使う字については、
芸術性や精神性は必要ないわけですよ。
堂々とした字とか、繊細な字とかではなく、
求められるのは、形の整った、
読みやすい、きれいな字であり、
そういう字にする技術なんです。
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ナカバヤシ |
心ではなく技術‥‥。
ちょっと目からウロコです。
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富澤先生 |
古典の字を聖なるものと崇めるあまり、
私のように分度器をあてて
分析するという技術論の発想が
そもそも生まれにくかったのだと思います。
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ナカバヤシ |
その技術論がつまり、
「六度法」ということでしょうか。
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富澤先生 |
そういうことになります。
目標とするのはきれいな字ですから、
そのために必要な条件を研究しようと考えました。
そこで私が着目したのが、
中国の、石碑の文字だったんです。
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西田 |
石碑。
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富澤先生 |
1400年前の中国でつくられた石碑です。
中国古典の中でも
「完璧な楷書」と言われる文字を分析した結果、
たった3つの法則に
集約できることが判明したんです。
きれいな字にするルールは、たったの3つ。
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ナカバヤシ |
3つ。
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西田 |
3つだけで。
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富澤先生 |
1つ目のルールは、「右上がり六度法」です。
「右上がり」というのは、
文字を書くときの体の自然な動きなんです。
字というのは点や線の集積で、
その中でも最もウエイトが高いのは
横の線を書く動きです。
横の線は、こぶしが左から右に移動します。
その大元の動作は、
このように腕を振ることなんです。
(体の前で、腕を横に振る)
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ナカバヤシ |
はい。
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富澤先生 |
この、腕を振る動作が腕の先端で縮小されて、
鉛筆を左から右に移動する動作になる。
そのとき、遠心力で右に上がるのが自然なんです。
やや右上がり。
実験の結果、書きやすくて字の形がよくなるのは
六度強ということがわかりました。
その角度で右に上がると、きれいな字になる。
「六度法」という名称もこの法則によっています。
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西田 |
へええー、六度できれいに‥‥。
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富澤先生 |
2つ目のルールは、「右下重心法」といいます。
右上がりにしますと、字は当然傾きます。
そこで右の下に重心をかけることで、
バランスをとるのです。
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ナカバヤシ |
右下に重心‥‥。
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富澤先生 |
実際に書いてみれば、わかると思います。
いくつかのパターンはありますが、
右下へ十分にひっぱって書けば、
横画や、縦画の書き出し位置や、
パーツの配置が右上がりでも、
文字全体は安定するということです。
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ナカバヤシ |
はい、なるほど。
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富澤先生 |
そして最後、
3つ目のルールが、「等間隔法」です。
これはもう、そのままの意味で、
何本かの線が平行するときは、
その間隔を等しくするということです。
「三」とか「川」とか「冊」とか、
平行する線でスペースを分断するときは
等間隔にするということです。
これはどなたもなさってることです。
この3つだけです。
2136人がひとりずつ階段を上るのでは
時間がかかりますね。
六度法の3つのルールを使って書くということは、
2136人がそろって
一階から二階にジャンプするように
変わるということです。
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ふたり |
はあーー。
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富澤先生 |
それに、六度法は、
ひらがなとカタカナにも使えるんです。
どちらも漢字からできていますから。
ですから、
漢字仮名交じりの文章が書けるというわけです。
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ナカバヤシ |
漢字以外にも‥‥。
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富澤先生 |
横書きのときに威力を発揮するというのも
大きな特長です。
書道には、横書きのノウハウがないので、
書道をなさった方でも
「わたし、横書きにすると、なんかヘンなの‥‥」
とかおっしゃいますよね。
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西田 |
はい、そのパターンは多いですよね。
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富澤先生 |
その論文を書いたのが、平成5年でした。
平成4年には書写、お習字ですね、
その教科書の批判を書きました。
書写といいながら書道をさせているので
「正しく整えて書く」
という目標が達成されないんだと。
毛筆で書いたお手本の形に似せて書くことが
目標になってしまっているんです。
ですから、
「はらい」や「はね」の形を
あとから筆の先端で
ぬり絵のように補正したりしている。
子どもたちは鉛筆でノートをとっているのに、
その基本を学ぶのだからと、
昔の用具を使おうとする。
筆に神経を使ってしまって
肝心の「正しく整えて書く」に
気が回らないんですね。
そこで、たった3つのルールで
きれいな字になる六度法について書いたわけです。
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西田 |
それが18年ほど前のことですね。
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富澤先生 |
そのころ私は国立学校の附属学校で
教師をしていたのですが、
文科省のおひざ元ということで、
やはり学習指導要領通りなんですね。
50分の授業の40分は毛筆です。
残りの10分くらいで硬筆を教えても、
六度法の真価はわからなかったんです。
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ナカバヤシ |
10分‥‥もうすこしほしいですよね。
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富澤先生 |
はい。ところがあるとき、
私、脳梗塞を患いまして。
じつは今も少し麻痺が残っているんですが、
それで右半身不随になりまして、
しばらくは授業で毛筆の指導ができないと。
それで、すでに創案していた
六度法をやってみることにしたんです。
教室にようやっとたどり着きまして、
椅子に座って口頭で、
「一画目は右に6度上げなさい」
「右下のはらいを十分にひっぱりなさい」
というふうにやったわけです。
そうすると、あっちこっちでですね、
「おい、俺の字、かっこいいだろ」と、
隣同士で見せ合ったりしている。
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ふたり |
(笑)
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富澤先生 |
その後、『六度法ノート』という、
処女作ですね。
論文をベースにした本を
小学館から出していただきました。
そうしましたら、たいへんな話題になりまして、
今は、NHK文化センターとか、大学とか、
教育委員会とか、
全国あちこちにうかがっては、
セミナーなどを開かせていただいています。
と、まあ、大まかに言いますと
そのような経緯になります。
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ナカバヤシ |
ありがとうございます。
それではいよいよ具体的に、
六度法を教えていただけますでしょうか。
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富澤先生 |
わかりました。
(つづきます) |