1973年、神奈川県生まれ。
多摩美術大学卒業後、
おもにエディトリアルデザインに関わる。
現在は習字教室の先生、
ロゴや筆耕など毛筆の仕事に携わる。
アイドルの字、漫画家の字、
ミュージシャンの字、メニューの字‥‥。
井原奈津子さんは、
習字にまつわるお仕事のかたわら、
ちまたにあふれる
手書き文字を収集しています。
ふだん、何気なく書いている文字。
でも井原さんにかかれば、
ときにそれは
ながめてうっとりしたり、
まねして自分のスタイルに
してしまいたいほど
魅力的なもののようなのです。
井原さん、
手書き文字のおもしろさって
どんなものですか?
-
井原奈津子
-
-
美しい日本のくせ字
井原奈津子
(パイ インターナショナル刊)
1,800円+税 -
井原さんがおよそ30年にわたって
収集してきた「くせ字」を一冊に。
手書き文字にまつわるコラムもたっぷり。
巻末には書き込みのできる
「くせ字練習帳」も。
1まわりの文字が気になって。
- ――
- 「ほぼ日手帳」って、
当然ながら手書きで書き込むものなので、
さまざまな人の手書き文字を収集している
井原さんにお話をうかがえたらと
思ったんです、が‥‥。
もってきてくださったこの手帳は?
- 井原
- ほぼ日のみうらじゅんさんの記事を読んだら
「手帳は捨てない」「生徒手帳もとってある」と書かれていて
私と同じだ! って思いました(笑)。
生徒手帳は残念ながら見つからなかったのですが、
きょうはせっかくの機会なので、
これまでの手帳をぜんぶもってきました。
- ――
- ぜんぶ!?
- 井原
- いろんな手帳を使ってきました。
ほぼ日手帳は6、7冊使ってます。
- ――
- わ、うれしい。
- 井原
- 市販の手帳も使っていますけど、
学生時代は、ケント紙を文房具屋さんで買ってきて、
糸でかがって自作したりもしていました。
角も一枚ずつ丸くして。
- ――
- これはすごいですね。
- 井原
- これも自分でつくった手帳というか、
手帳とカレンダーが一体化したものですね。
月がまたがるとわけがわからなくなるので、
ぜんぶをつなげたんです。
- ――
- 壮観ですね。
この手づくりの手帳が、
手書き文字に興味をもったきっかけに
つながる部分もあるんでしょうか?
- 井原
- たしかに、自分で書いた字が
きっかけのひとつではありますね。
私、小学校のときに使っていた
光村図書という出版社の、
「光村教科書体」という文字が
すごく好きだったんですよ。
もちろん当時は
書体を意識していたわけじゃないですけど。
- ――
- 教科書の文字って、
たしかに親しみがあります。
「きれいな字」のお手本というか。
- 井原
- そう!
幼稚園の頃って、
みんな丸っこい字を書くじゃないですか。
それは幼稚園の絵本が
丸ゴシックとかじゅんのような
ふところが丸くて大きい書体だからだと思うんです。
私も丸い字を書いていました。
- ――
- なるほど。
目にする文字が、丸っこいから。
- 井原
- はい。
でも小学校に入ると、急にシュッとしたんですよ。
それは、教科書の字をまねたからだと思うんです。
これ、わたしが小学校のころ、
書き方コンクールに出した字なんですけど。
賞をもらったんですよ。
- ――
- あぁ、本当だ。
教科書の文字をまねて書いた雰囲気があって、
ていねいに書いてある。
- 井原
- 字に興味をもった最初のきっかけは、
この賞をもらったことかもしれません。
自分はただ「この言葉を書いてください」と
先生に言われるままに書いただけなのに、
それが評価されてうれしくて、
字を書くのが好きになった。
それで字に対して興味がわいて、
まわりがどんな字を書いているかも、
だんだん気になっていったんだと思います。
- ――
- じゃあ、小学生の時点で
同級生の字も気にして見ていたんですね。
- 井原
- はい。
わたしの世代の子どもたちって、
はやくて小学校中学年、
おそくとも小学校高学年くらいからは、
幼稚園のときの丸っこい文字とは違う、
丸文字を書くようになったんですよ。
きょうは、
交換日記を1冊だけ持ってきたんですけど。
- ――
- 交換日記も取ってあるんですね。すごい。
- 井原
- これは中学生のときのもので、
友だちが描いたマンガですね。
担任の先生を相手にした
恋愛マンガをお互いに描きあうといういたずらで(笑)。
こんなふうに交換日記でも
友だちの字を見るから、
誰々ちゃんはこういう字なんだ、
というのはしぜんと把握していました。
- ――
- なるほど。
- 井原
- それと、
小学校のときって
よく文集をつくるじゃないですか。
そこでクラスメイトの字は見慣れていたんですけど、
一度、「父兄の方にも書いてもらって」と言われて、
両親とかおじいちゃんおばあちゃんが
「この子はこんな子です」というのを
書いたものが文集になったことがあったんですよ。
- ――
- へえ、めずらしいですね。
- 井原
- それを見たときに、
「よく知っているともだちのお母さんは
こんな字を書くんだ」
っていう驚きがあったんですよね。
知っている人の、知らない面を初めて見たというか。
- ――
- ああ、知っている人の文字を見たときに
「こんな字を書くんだ」と意外に思ったり、
納得したりということはある気がします。
- 井原
- それから、
字の見方が変わった転機がいくつかあるんですが、
この本もそのひとつです。
- ――
- 「せんたくとゴミとラジオとJリーグ」。
句集ですか?
- 井原
- 山本尚志さんという書家のかたの本なんです。
青山ブックセンターの自費出版コーナーで
見つけたんですけど、
これ、私が汚したんじゃないんですよ、
手に取ったときにもう汚れてたんですよ(笑)。
「何これ?」と思って開いたら、
ただマジックで書きなぐったような
文字が書かれている。
「せんたく、せんたく、せんたく、
コインランドリー、コイン、
カンソウ、カンソウ、カンソウ」‥‥
- ――
- すごい。
- 井原
- すっごく面白くて、感動してしまいました。
それで、汚れている意味がわかったんです。
みんな、つい手に取って読んじゃうんだなって。
- ――
- 読んじゃうけど、買うところまではいかない?(笑)
- 井原
- そう。
これを見て、
「汚い文字って、おもしろい」って
あらためて思ったんですよ。
「汚い」って
ネガティブな響きになってしまうけど、
この本も、お手本のような文字では決してない、
けれど読みづらくはない。
- ――
- 読みやすいです。
- 井原
- この方のインタビューを読んだら、
「1億総書家の時代」とおっしゃっていたんです。
「かつては字を書ける人自体が少なかった。
でもいまはみんな字を書ける。
みんなそれぞれの字があるから、全員が書家だ」
という意味だそうで、
それにすごく共感したというのも大きかったですね。
- ――
- そうやって文字に注目していた井原さんが
手書き文字の収集に向かったのはいつ頃ですか?
- 井原
- 集めはじめたきっかけは、
予備校で配られた、講師が書いた冊子ですかね。
‥‥これなんですけど。
- ――
- かわいい字ですね。
- 井原
- ね、かわいいですよね!
高校生の頃に見た時は、
一見汚い字だけど、かわいいっていう、
そのバランスが絶妙だなって思ったんです。
なんというか、“汚い美学”を感じて。
これを取っておいたっていうのが
もしかしたらコレクションの最初かもしれません。
(つづきます)