3たまたま出会った文字こそが。
- ――
- いいくせのある手書き文字は
どんなふうに探すんですか?
- 井原
- じつは、探していないんですよ。
たまたま出会ったなかで、
「これは」と思ったら保存する。
芸能人の方はとくに
探せば直筆も出てくるでしょうけど、
わざわざ調べようとは思わないんです。
たまたまテレビを見ていて、
フリップに手書き文字が出たら
「あ、こんな字なんだ」って思うくらい。
- ――
- いろんなものを集める人って、
どこかで自分から探しにいくように
なりそうなものですが、
「たまたまの出会い」の部分は変えずに
文字への情熱をもちつづけているのが
おもしろいですね。
- 井原
- そうですかね。
出会って気になった字を
雑多に集めて、集まった順に
ファイリングしているだけなんですよ。
一度、ジャンルごとにわけて
ファイリングし直そうとしたら、
ふしぎとつまらなくなってしまって。
手にした時系列順のほうが、
自分にとっては体にしみ込む(笑)。
- ――
- そのときに気になった、ということが
いちばんだいじ?
- 井原
- そうだと思います。
そういう意味では、
ちょっと手帳と似ている気もしますね。
日々、出会った文字をファイルに入れていくだけ。
その順番で保存していくと、
そのときの気持ちを思い出せる。
だから自分ではコレクターとは思っていないんです。
「こんないい文字、
捨てるのはもったいない」っていう、
ただの貧乏性なのかもしれません(笑)。
- ――
- そこで「いい文字」にアンテナが立つのが、
井原さんならではなのかもしれませんね。
- 井原
- ただ、自分ではファイリングして
「この人の字、いいよなあ」と思っていても、
たまに身近な人に
「この字、いいよね」って言っても、
ぜんぜん共感を得られないんですよ。
それで、自分で見る分には
ファイルで充分だし
そっちのほうがいいんだけど、
人の共感を得るために、
わかりやすくしたらどうかな?
と思ってつくったのが、
この「くせ字手本帳」です。
- ――
- わたし、井原さんをこの「手本帳」で知りました。
- 井原
- そうなんですか? ありがとうございます!
この「くせ字手本帳」、
村上隆さんが主催していた
「GEISAI」というイベントに
出展する機会があって、そのときにつくったんです。
でも、来場者のかたとか審査員のかたの目には
とまらなかった。
もっとインパクトがあるほうがいいのかな?
と思って、次の年につくったのがこの
「美しい日本のくせ字100選」。
- ――
- 大きい!
これはたしかに、インパクトがありますね。
- 井原
- そう。
これを出したら、
その年の審査員だった
日比野克彦さんが評価してくださったり、
奈良美智さんが
「これもっと増やしてまとめたらいいんじゃない」
って言ってくださったりしました。
- ――
- 大きいほうがいいってことでしょうか(笑)。
こうやってジャンル分けをしたときに、
筆跡鑑定のように、
「この文字を書く人はこんな人」というふうに
文字を分類することはないんですか?
- 井原
- たしかに、
私がくせ字を集めていると知ると
「じゃあ、私の字も見てください」って
言われることがあるんです。
見るのはもちろんたのしいですが、
じつのところ、
自分から「見たい」と思うことはありません(笑)。
人とは会って話しているのがすべてで、
そこでその人のことがわかればそれでいい。
字なんて見なくたっていいんです。
なにかのきっかけで見たときには、
「ふうん」って思うくらい。
ファッションと近いのかもしれないです。
服装って、その人自身を判断するものではない。
でも、その人の一部ではあるというところが。
- ――
- なるほど。
- 井原
- だからこれからも変わらず、
たまたま出会った文字にときめいたり、
たまたま好きになった文字をまねしたり
していくだけだと思います。
(終わります)