2オザケン写経。
- ――
- 手書き文字に注目するなかで、
気に入っただれかの字をまねして書くことも
あるんですか?
- 井原
- 中学生のころ、
『りぼん』に
『月の夜 星の朝』というマンガを描いていた
本田恵子さんの字がすごく好きで。
そのマンガの主人公に憧れたこともあって、
よくまねして書いていました。
- ――
- すてきな字ですね。
- 井原
- 丸っこさはあるんだけど、
ぶりっこのクルンクルンした丸文字じゃなくて、
ちょっととがっているところもあって、
上手に見えるんですよ。
それから、
字をまねしたといえば、オザケン。
- ――
- 小沢健二さん。
- 井原
- 雑誌に手書きの歌詞が載っているのを見て、
「うわあ!」と思って。
- ――
- それは、どういう気持ちなんですか?
- 井原
- もともと小沢さんのことは好きだったんです。
そんな小沢さんの手書き文字を見たら、
あまりに素敵で、
好きな気持ちが倍増してしまって。
その「うわあ」です(笑)。
しばらくまねして、
なんども書いていましたね。
いまの自分の字にも影響しているかもしれません。
- ――
- 自分の字に影響を及ぼすほど。
- 井原
- そう。その思いが高じて、
オザケン文字写経会というイベントを、
何度か開催しました。
何人か集まって、
みんなでオザケンの字を書き写すっていう。
- ――
- オザケン写経!
- 井原
- でも、お手本のとおりに書いているつもりでも、
できあがってみると、みんな違うんですよ。
お手本より丁寧に見えたり、
若さを感じるものがあったり。
- ――
- こうやって文字をまねするときは、
形を再現するために
ふだんより時間をかけて書くんですか?
それともふつうのスピードで?
- 井原
- 人によりますね。
ゆっくり書かないと
文字を真似られないっていう人もいるし、
「速く書かないと、この雰囲気が出ない」と、
形そのものよりは雰囲気を重視して
スピードを再現しようとしている人もいました。
- ――
- 井原さんはどっち派ですか?
- 井原
- 私は形とスピード、両方再現したいんですけど、
結局は一生懸命形を追っちゃうほうかな。
以前、小沢さんが字を書いている姿が
「Olive」に載っていたんですよ。
けっこうペンの上のほうをもっていたので、
「これがふだんの持ち方なんだな」と思って
まねしてみたんです。
「たしかにこの持ち方だと、
このストロークが出るんだな」って。
- ――
- 持ち方まで!
模写すると、
その字に対する理解が深まりますか?
- 井原
- 模写ってね、なんて言うんだろう、
ちょっと、のぞき見しているみたいな
感覚があります。
「この時のこの線はこの速さで書いたな」
というのを細かく想像しながら書いてみると、
ちょっとふしぎな感覚に陥るんですよ。
- ――
- その人の、その文字を書いたときの手の動きを
再現するわけですもんね。
- 井原
- そう。
一般の人の字も模写しましたよ。
これが大学1年の時に、
知り合いの人の字を模写したものです。
「この人の字、かわいいよな」と思ったんだけど、
大きい紙だったり、逆にちいさな紙切れだったりして
集めるのがたいへんだったので、
ちょっとまとめたいなと思って、
自分で書き直してみたんです。
- ――
- コンパクトに収集したいから
書き直してまとめる、
というのが面白いですね。
- 井原
- そう。同じサイズの紙にそろえて、
めくって見られるようにしたくて、
書き直した。
- ――
- 直筆である必要はないってことですか?
- 井原
- 本当は直筆のほうがいいんですけど、
このときは、
「この文字を自分でも書いてみたい」
という気持ちも含まれていたんですよね。
- ――
- 模写するとき、
書かれている内容のことは
どうとらえているんですか?
- 井原
- 意味はほとんど考えませんね。
字をパッと見てなにか思うときは、
中身はぜんぜん読んでいないことが多いです。
以前、植草甚一さんの字が雑誌に載っていて、
「すてきな字だなあ」ってスクラップしたんです。
20年くらいたって改めてよく読んでみたら、
それ、植草さんの遺稿だったんですよ。
「あと何日か何か月すれば、
ぼくが老衰で死んでしまう」
と書いてある、壮絶なものだった。
私この内容にずっと気づいてなかったんだな、
ってびっくりしました。
でも、字のあらわすエッセンスみたいなものは、
感じ取っているつもりではいるんですけど。
(つづきます)