Lesson1115
叶わない本心を口にするのは不幸、
なんだろうか?
2024-12-18
言ってみたところで叶わない本心を、
口に出して伝えるのは、不幸、
なんだろうか?
私は、文章表現教育者として、
人が本心を表現できるようサポートしてきた。
けど、ここへきて、
「叶いもしない本心に気づかせるなんて、
寝た子を起こすようなもの、
ひどいことをしているんじゃないか」
と、自分の存在理由が揺らぐことが起きた。
ことの発端は、
母が、私が実家に住んでくれると歓んでいる、
と姉から聞いたことだった。
私は、実家に住むなんて一言も言ってない。
それどころか、母とは、
「遠い将来、実家に誰も住む人がいなくなって
空き家になったらどうするか」、
今年のお盆に話し合ったばかりだ。
いったい母はどうしてそんなカン違いを?
はっ、と気づいた。
私のせいだ。
今年のお盆、
過疎が進む私のふるさと周辺では、
子どもが巣立って誰も引き継ぐものがいない
空き家問題が目立ってきていた。
そんな世相をうけて、母に意向を聞いた。
母は、子どもたちや近隣に迷惑をかけまいと
「解体して」と、すぐさま言った。
だけど、そう言う母は、とても寂しそうだった。
私は、母をなぐさめようと、
「未来はどうなるか誰にもわからない。
できるかどうかわからないけど、希望があれば
言って。努力だけはしてみるから」
と言った。けど、母から希望は出てこない。
無理もないことだ。母は、
子どものため、家族のため、に生きてきて、
自分の希望はいっつも後回し。
そこで私は、いくつか問いかけた。
「お世話になった親戚のだれかに、
住んでほしいとかないの?」
「タダ同然でもいいから売って、
あるいはリフォームなどして頑張って売って、
誰でもいいから住んでほしいとかないの?」
しばらく日を置いて、
母は、娘の私に実家に住んでほしい、
とはっきり言った。
我が子以外が住むのは嫌だ、、
1年に1回でも2回でもいい、
時々住んでくれるだけでもいい、と。
想いを語る母は生き生きしていた。
「自分の本心を問う」という
めったにやらないことをやり、
本心に気づけたことも、
その本心を表現して伝えられたことも、
母には、輝くほど嬉しかったようだ。
それがマズかった。
母は、最初は、
「叶わない夢だけど、
娘が実家に住んでくれたらなあ」
だったはずが、いつのまにか、
「娘が実家を引き継いで住んでくれる!」
になってしまっていた。
この「錯覚」は、表現に不慣れな人には、
わりと起こりうることだ。つまり、
「本心を伝えられたら、
素晴らしいことが起きる、という錯覚」
たとえば恋愛で、生まれてこのかた
本心を表現してこなかった人が、
告白するのはハードルが高い。それゆえ、
「勇気を出して告白」さえすれば、
なにか素晴らしい未来が待ってる、と、
無自覚の期待をつのらせてしまう。
何度か告白した経験のある人なら、すぐわかる、
「告白できたとして、それはあくまでスタートライン、
相手がどう思うかは別、その先のことだ」と。
表現に不慣れな人も、そんなこと、
最初は、頭では、わかってる。
けど、生まれて初めて本心を伝える、
そのあまりの恐ろしさ、素晴らしさに、
そんな区別は吹っ飛んでしまう。
だから、結果が悪かったら、
「私がこんなに勇気を出したのに、なぜ」
と、相手を責めたり、世の中を呪ったり。
また、ものづくりにおいて、
テーマがイマイチだったり、
テーマはよくても具現度がイマイチだったり、
なかなか会心作は生まれないものだ。
だから、不慣れな人は、
「これぞ会心作」が生まれた時、舞い上がってしまい、
これが世に出たら素晴らしいことが起こる、
と無自覚の期待をつのらせてしまうことがある。
自分は天才なんじゃないか、とか。
だから、期待したような結果にならないと、
これを理解しない世の中が間違っている、となる。
たくさん経験を積んだ人ならすぐわかる、
「自己ベストができたからといってスタートライン、
あくまで自分にとってのベストにすぎない」、
世の中がどう思うか、売れるかどうか、は別だと。
母も、本心に気づけた、伝えられた、
そのあまりの嬉しさ素晴らしさに、一足飛びに、
願望と現実の垣根など吹っ飛んでしまったんだろう。
それくらい本心を表現することは感動的だ。
まるでいまにも私が実家に戻って
住んでくれるかのように、ウキウキ歓ぶ母に、
私は、「実家に帰るなんて言ってないよ」と、
いちから順を追って説明しなければならなかった。
母の顔は、みるみるこわばり、
恐怖に近い失望に染まった。
私に住んでほしいと本心が言えた時の、
あんなに嬉しそうな母の顔を見たことがない。
そして、私が住んでくれないと知った、
あんなに失望した母の顔も見たことがない。
2つの顔がかわるがわる浮かんでは、
私の胸をえぐった。
「私がよけいなことをしなければ、
母は傷つくこともなかったのに。
母の叶えられない本心を、
私は、わざわざ呼び起こして、表現させた。
そしていちばん歓んでいる時に、
希望の芽をつんだ」
「私って、なんなん?」
私が罪悪感に責めさいなまれていた、先日、
大学院のディスカッションに、
教授が、昨年反響の大きかったゲストを
今年もふたたび呼んでくださった。
そのゲストの方は、薬物依存から更生されて、
現在、国内・海外に講演活動をなさっている方で、
渡邊洋次郎さんという。
渡邊さんが依存症になった理由は、
複雑にあるが、その主要な一つが、
「自分の感情を自分で殺し続けたこと」
小さい頃、渡邊さんは厳しい境遇で育ち、
母親にそばにいてほしかったが、
母親は働きに出なければならなかった。
それで、母親に、寂しいと言った。
すると、母親が想像以上に困ってしまったそうだ。
母の困惑ぶりは、
子ども心にも強い衝撃を残した。
以来、渡邊さんは、
「決して寂しいと言ってはいけない」
「寂しいと思ってもいけない」
と、自分の中に感情が湧くやいなや、
押さえつけ、押し殺し、なきものにした。
外には、どこにも居場所がなく、
内では、自分で感情を殺し続ける地獄の日々、
渡邊さんは、中学の頃から、
自傷行為と薬物に依存していった。
更生された渡邊さんの素晴らしい話を聞き、
私は、はっきりと思った、
「なきもの」にしていい感情なんて1つもない。
言っても叶わないからといって、
言ったら相手が困るからといって、
想いはここに「ある」。あるものは、「ある」!
それを認めて、その上で
その感情をどう表すか考えることだ。
想いを表現したいというのは、
人間の本能的希求だ。
私は、表現教育を志した原点を取り戻した。
母の、
「苦労して建てたマイホームに、
我が子が引き継いで住んでくれたらなあ」
という想いは、とっても尊い想いだ。
叶えられないからと言って、
誰にも知られず、母本人にすら気づかれず、
なきものにしていい想いでは決してない。
母の本心を聞けて、私はよかった。
本心を表現できたことは、母にとってもよかった。
やっとそう思えるようになってきた。
「表現に不慣れな人は、本心さえ伝えられたら
素晴らしいことが起こると錯覚しがちだ」
と私は言った、では、
「素晴らしいことは起きないのか?」
決してそんなことはない。
告白して、絶対ムリだと思っていた
高嶺の花と付き合えた人もいる。
本心を表現して、望む状況を切り拓いた人も、
私は数多く見てきた。
母の想いを聞いて以来、
「どうにかして将来、実家に住めないものか」
知恵を絞っている私がいる。
18歳の時、大学進学のために実家を巣立って以来、
実家に住むことなど頭をよぎりさえしなかった私が、
思いがけず母に本心を伝えられ、
揺さぶられ、化学反応を起こされつつある。
母が起こした化学反応、
母にとって、素晴らしいことはもう起きている。
本心を伝えたからって、スタートラインに過ぎず、
相手の冷たい反応に傷つくこともたくさんある。
けど、スタートラインに立たなければ、
素晴らしいことも起きようもない。
だから、傷ついても、
「今日も、スタートラインに立とう!」
と、私は思う。
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『おかんの昼ごはん』について話しました!
録音版をぜひお聞きください。
●「ラジオ版学問ノススメ」(2012年12月30日~)
インターネット環境があれば、だれでもどこからでも
無料で聴けます。
聴取サイトは、http://www.jfn.co.jp/susume/
(MP3ダウンロードのボタンをクリックしてください)
または、iTunesからのダウンロードとなります。
ほんとうにおかげさまで本になりました!
ありがとうございます!
▲『おかんの昼ごはん』河出書房新社
「親の老い」への哀しみをどう表現していいかわからない
私のような人は多いと思います。
読者と表現しあったこの本は、思い切り泣けたあと、
胸の奥が温かくなり、自分の進む道が見えてきます。
この本が出来上がったとき、おもわず本におじぎをし、
想いがこみ上げいつまでもいつまでも本に頭をさげていました。
大切な人への愛から生まれ、その先へ歩き出すための一冊です。
『「働きたくない」というあなたへ』河出書房新社
「あなたは社会に必要だ!」
ネットで大反響を巻き起こした、おとなの本気の仕事論。
あなたの“へその緒”が社会とつながる!
『新人諸君、半年黙って仕事せよ』
―フレッシュマンのためのコミュニケーション講座(筑摩書房)
私は新人に、「だいじょうぶだ」と伝えたい。
「あなたには、コミュニケーション力がある」と。
――山田ズーニー。
▲『人とつながる表現教室。』河出書房新社
おかげさまで「おとなの小論文教室。II」が文庫化されました!
文庫のために、「理解という名の愛がほしい」から改題し、
文庫オリジナルのあとがきも掲載しています。
山田はこれまで出したすべての本の中でこの本が最も好きです。
『おとなの進路教室。』河出書房新社
「自分らしい選択をしたい」とき、
「自分はこれでいいのか」がよぎるとき、
自分の考えのありかに気づかせてくれる一冊。
「おとなの小論文教室。」で
7年にわたり読者と響きあうようにして書かれた連載から
自分らしい進路を切りひらくをテーマに
選りすぐって再編集!
▲文庫版でました!
あなたの表現がここからはじまる!
『おとなの小論文教室。』 (河出文庫)
ラジオ「おとなの進路教室。」
http://www.jfn.co.jp/otona/
おとなになっても進路に悩む。
就職、転職、結婚、退職……。
この番組では、
多彩なゲストを呼んで、「おとなの進路」を考える。
すでに成功してしまった人の
ありがたい話を聞くのではない。
まさに今、自分を生きようと
もがいている人の、現在進行形の悩み、
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聞くところに面白さがある。
インターネット、
ポッドキャスティングのラジオ番組です。
「依頼文」や「おわび状」も、就活の自己PRも
このシートを使えば言いたいことが書ける!
相手に通じる文章になる!
『考えるシート』文庫版、出ました。
『話すチカラをつくる本』
三笠書房
NHK教育テレビのテキストが文庫になりました!
いまさら聞けないコミュニケーションの基礎が
いちからわかるやさしい入門書。
『文庫版『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
ちくま文庫
自分の想いがうまく相手に伝わらないと悩むときに、
ワンコインで手にする「通じ合う歓び」のコミュニケーション術!
『17歳は2回くる―おとなの小論文教室。III』
河出書房新社
『理解という名の愛が欲しいーおとなの小論文教室。II』
河出書房新社
『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
PHP新書
内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの痛みと歓びを問いかける、
心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)
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