もくじ
第1回ニーポンはしあわせなのか 2016-06-28-Tue
第2回イエネコは外に出たいのか 2016-06-28-Tue
第3回その飼い方は正しかったか 2016-06-28-Tue
第4回外よりも大切なことは何か 2016-06-28-Tue
第5回彼女は外で何をしていたか 2016-06-28-Tue
第6回彼に何をしてあげられるか 2016-06-28-Tue
第7回ネコにとってしあわせとは 2016-06-28-Tue

1978年、滋賀県生まれ。大学在学中からフリーライター。2010年、デザイン会社ハイモジモジを創業し、2012年度グッドデザイン賞受賞。現在、デザイン会社経営とライター業の二足のわらじ。飼っているネコの名は「ニーポン」。

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担当・松岡厚志

第3回 その飼い方は正しかったか

ある日、母が一匹のメスネコを拾ってきました。

それまで一度も動物を拾ったことのない母ですが、
道ばたで見かけたあどけない彼女の目を見て
「わたしが面倒をみなければ」と、
運命めいたものを感じたのかもしれません。

彼女は「ミー」と名づけられました。
当時高校生だったぼくは
ひそかに名づけ親になりたかったのですが、
「ミーミー鳴くから」という安直な理由で
家族にあっさり決められてしまいました。

ミーはすんなりわが家にとけ込みました。
あたかもはじめから家族の一員だったかのように、
ひとつ屋根の下で穏やかに暮らしました。
ただ、窓はいつも少しだけ開けてあって、
外に出たいときは自由に出入りさせていました。
家のまわりに広がる田んぼや畑を
軽快に走りまわっていたようです。

ミーが深夜になって家の前まで戻ってくると、
なぜか彼女の気配を感じとれるらしい母が
寝室のある2Fからパジャマ姿で下りてきては、
彼女の汚れた足をせっせと拭いていたのを思い出します。

外に自由に出ていけるということは、
他のネコと接触する機会があることを意味します。
つまり、どこかのオスの子をはらむ可能性がある。
ネコは年に何度も妊娠できてしまう生きもので、
きちんと去勢手術を受けさせることが
飼い主のルールというかモラル。
これは一刻も早く手を打たなければなりません。

母は頃合いを見て、ミーを動物病院に連れていきました。
ところが衝撃の事実が発覚。
なんと、すでに子を宿していたのです。
あとで顔を見てわかったのですが、
近所を徘徊している灰色のオスが相手でした。

出産は深夜から朝方にかけて、自宅で行われました。
ぼくが遅くに起きてきたころにはもう終盤で、
ミーはすでに3匹の子を産んで、
ちょうど最後の4匹目がお腹から出たところでした。
母が最初から最後までずっと見守っていたようで、
出産が無事におわると、ほっとしていました。

つい先日、1匹拾ってきたばかりなのに、
あっという間に5匹の大家族になってしまったわが家。
さて、どうする。
家族で相談した結果、里親を探すことになりました。
運良くぼくのクラスメイトが手を挙げてくれ、
そのうちの2匹を引き取ってもらえました。

引き取り手が見つかって人間は助かりましたが、
親子を引き離すのはやっぱりかわいそうでした。
ぼくが2匹の赤ちゃんネコをトートバッグに入れて
新しい家族のもとに電車で運んだのですが、
足元のバッグからのぞく彼らの不安げな目に
ぼくは涙が止まりませんでした。

無事に引き渡しが終わり、家に帰ると
ミーが「消えた子供」を探してパニックになっていて、
家のすみずみを、それこそ洗濯機の裏側まで
何度も何度も探しまわっていました。

本当に悪いことをしたなと思いました。
家族が寝静まったあと、ぼくは声を上げて泣きました。
あんなに泣くことは、もうないかもしれないくらいに。

さすがにこれ以上は親子を引き離したくなくて、
わが家にはミーと、その子でどちらもオスの
「ピー」と「チー」が残りました。
3匹はじゃれ合うというよりはプロレスみたいに
いつも激しくもつれあっていたけれど、
ケンカするほど仲がいい家族に見えました。
ぼくはまもなく大学進学にともない実家を出ましたが、
帰省するたびに彼らに会うのが楽しみでした。

3匹はいずれも「外」が原因で亡くなりました。

ケンカっ早いチーはいつも生傷が絶えず、
ほどなくしてFIV(猫エイズ)に感染してしまい、
母に見守られながら短い生涯を閉じました。
最期は「ふーっ」と大きな息を吐き、
まるで魂を吐き出したかのようだったそうです。

ミーとピーは順番に、交通事故で亡くなりました。
外に出たきり、なかなか戻ってこないなあと思っていたら、
家から結構な距離がある田んぼの向こうの道路で
よく似たネコが亡くなっていたとの目撃情報がありました。
確証はないけれど、おそらくそうだろうということで、
亡骸がないままお葬式をあげました。

はたして彼らは、しあわせだったのでしょうか。

人間としては仲良く暮らしたつもりだし、
ごはんも十分に与え、トイレも清潔に保ち、
ときにシャワーで身体をきれいにしてあげたりして、
尽くせる手はすべて尽くしました(主に母が、ですが)。

家の前に広がる田畑に飛び出しては、
農家の方にはちょっと煙たがられたけれど、
思う存分、走りまわれていました。
他のノラネコたちと親睦を深め、
ひそかに父親とも会って家族会も開いていたはずです。

それでも生きた時間の短さと、その亡くなり方を思えば
彼らがしあわせだったかどうかはわかりません。
「あんなかわいそうなことになるのなら、
もう二度とネコは飼えない」ともらした母の言葉が
今でもぼくの脳裏に焼きついています。
あんなに彼らに尽くした母の言葉だからこそ。

はたして彼らは、しあわせだったのでしょうか。

(つづきます)

ぐっすりのポーズ
第4回 外よりも大切なことは何か