39歳・独身・一級建築士
2002年 A設計事務所
2005年 B設計事務所
2006年 C設計事務所
(B設計事務所の1部門が独立)
2007年 独立
筆者との関係:よく行く酒場の客同士
ーいま39歳、今年で独立10周年なんだ。
そうだね。29歳までは、
設計事務所で働いていたんだけど、
会社勤めはどうも性に合わなかった。
最初に入ったのは、
設計事務所の中でも「アトリエ系」と言われる、
ちゃんとデザインにこだわって設計しているような
小さい設計事務所だったんだけど、
社長や先輩の人間性がどうしても好きになれなくて、
この人たちと仕事したくないなと思って、
逃げるようにして辞めたんだよね。
でも、その次に入った設計事務所でも社長と合わなくて、
1年もしないうちに辞めたくなった。
ただそこには、お店や商業施設のインテリアデザインを
やる部署もあって、そっちは別のボスが仕切っていたから、
そっちに異動させてもらったんだよね。
だけど、その部署にいた設計士のおじさんが
ちょっと生理的に受け付けないくらい不潔な感じで、
しかもすぐにキレるような人だったから、
結局、異動して1年も経たないうちに辞めたんだよね。
自分の若さもあったと思うけど、
どうしても我慢できないことが多かった。
ー仕事は、どんなことをしていたの?
最初の事務所は不動産会社も経営していて、
その会社でテナント貸しをするビルの設計とか、
全部で12戸くらいの小さなマンションとかを設計していた。
事務所を移ってからは、内装系の部署に行ったから、
企業のエントランスロビーの改修とか、
高速道路のサービスエリアのフードコートの改装とか、
わりと大きな施設の図面を書いてたね。
ただ、どっちの事務所でも、
お客さんのところに打ち合わせに行くと、
社長や先輩が話すことが多かったんだけど、
お客さんに対してあまり誠実でなかったり、
納得できないようなことがしょっちゅうあって。
社内の会議で、
もっとこういう風にしたらどうですか、とか
たとえばこんなデザインはどうですかね?って提案しても、
たぶん受け入れられないからやめておこう、とか
もっと保守的なデザインにしておこうって言われてしまう。
その考え方も分かるけど、
せめて一度、提案くらいしてもいいんじゃないかなって。
お客さんに提案して受け入れられないなら
仕方ないけど、そのチャレンジすらできないというか、
提案するチャンスもない状況がつらかったね。
もう少し、自分の裁量でできる仕事がしたいと思った。
ーそういう状況が続いて、
「自分でやってみよう」って思ったわけだ。
そのときもう29歳だったし、
やっぱり自分で打席に立ちたいって思ったんだよね。
独立するなら早めに独立して、
もし35歳までに会社が黒字にならなかったら、
もうやめようと思ってた。
ちゃんと力があるなら、それでやっていけるだろうし、
何年かやってみてダメだったら、
自分に才能がないものだと思って諦めようと。
2つ目の事務所でインテリアデザインの部署に異動したのも、
もし独立したときに、住宅の設計だけで食っていくのは
難しいだろうという考えもあったからなんだよね。
住宅の仕事って、仕事としては魅力的なんだけど、
設計から竣工までの期間が長いから、
お金をもらうまでに時間がかかるし、経営的には効率が悪い。
そのとき、インテリアデザインの仕事で
ひとりで担当している案件もあったし、
いろいろ考えた末に、29歳で独立したんだよね。
なんとか2年間くらいは仕事が続いたんだけど、
3年目にどん底がやってきた。
あまりにも仕事がなくて、貯金が1万円を切ってさ。
もう無理だ、やめよう。俺には才能がないと思って。
設計の才能なのか、デザインの才能なのか、
経営の才能なのか分からないけど、もうダメなんだって。
向いてないんだと思ってやめようと考えていたら、
ひとつ仕事が入ってきて。
ああ、あと少しやめないですむかなと思った。
そのときは実家のひと部屋を仕事部屋にしていて、
家賃もかからないし、それでなんとか助かった。
でも、ほんとにお金がなかったね。
夏場でも外でジュースを買うお金が惜しかったし、
友達に飲みに誘われてもお金がなくて行けないとか、
あれはつらかったね。もう30歳を過ぎてたしね。
ーすげー。
そこからなんとかつながったんだ。
なんとか、首の皮一枚。
でも正直に言うと、独立当初にやりたかった
「建物をたてる仕事」は、いまほとんどやれていないよ。
いまはほとんどインテリアの仕事で、
それはそれで楽しいから不満はないけど、
もともと思い描いていた姿とは違うのかもしれない。
でもいまやっていることも立派な仕事だと思うし、
人に言えないような
恥ずかしい仕事をしているわけじゃないから。
自分にできる仕事をしてお金を稼いでいるってだけの話で、
仕事に優劣なんてないからね。
だから、仕事を選ぶっていう感覚はあまりない。
基本的に、何かを頼まれたらやろうとするし、
断ろうとはしないね。
ただ、残念なことに、
この世界って「ごまかし」があることも事実で。
たとえば、工事でちょっと失敗した部分があったとしても、
隠してしまえば分からないからいいや、とか。
建築基準法や消防法を無視して、
非常ドアや消火栓の前に
大きな冷蔵庫を置くような図面を描かせたり。
そういうのは許せないし、
そういうことをするような人とは仕事したくないと思う。
いままで働いてきた会社には、
そういうズルい人が多かったというか。
ーデザインの仕事って、
お客さんの好みと自分の感覚がまったく合わないとか、
そういうストレスはないの?
デザインって本当に感覚的なものだし、だからこそ
自分の美意識を押し付けてもしょうがないと思う。
もちろん言われた通りにやるんじゃなくて、提案もするけど、
お金を出してデザインを買うのはお客さんだし、
お客さんが決めて当然だと思ってるよ。
そりゃ、ときどき、がっかりすることもあるけどね。
えっ、そうしちゃうの?みたいな。
昔、居酒屋の設計をしたことがあって、
ひと通り工事も終わって店がオープンしたんだけど、
しばらくしてから、壁に設計段階にはなかった、
ものすごくでっかい変なオブジェが
貼り付けられていてさ(笑)
これは一体なんだろう…って、
まったく意味が分からなかったけど、
でも、オーナーがいいと思うんだから仕方ないか、みたいな。
自分たちがデザインしたものが
台無しになっているんじゃないかみたいな悲しさはあるけど、
それがストレスになることはないかな。
企業が相手の仕事でも、いろんな条件をクリアして
部長、社長と順番に決裁をクリアしていくゲームみたいな、
面白さをもってやってるよ。
逆に、誰にも文句を言われずにデザインしたければ、
自分でお金を出して店を作るしかないよね。
ー「働き方」も含めて、自由だなって感じることは多いの?
ひとりでいることの不自由さもあると思うんだけど。
制限される部分と、自由になる部分、両方あるね。
たとえば、やっぱり長期の休みは取りにくいと思う。
そのかわり、朝まで飲んで会社に行かなくても
誰も文句は言わないし、自分としては自由だと思ってるよ。
ちょっと質問の答えとはちがうかもしれないけど、
本当に究極的に何かあったら、
「逃げてしまえばいい」と思ってるから。
やっぱり組織の中にいたりすると、
逃げることができないような状況もあるんだと思う。
自分も会社にいた頃は、
もう会社に行きたくない、誰にも会いたくないっていう
精神状態になることが何度かあったけど、
そこまで追い詰められちゃったら、
逃げてしまえばいいと思っている。
実際にはそんなことしないとは思うけど、
そういう開き直りがあれば、
逆になんでもできる気がするんだよね。
だからこそ、自分のやっている仕事に対して、
いや、仕事だけでなく、
自分のやっていること、行動、ふるまい、すべてに対して
自分で責任が取れる状況っていうのが望ましい。
いろんな組織の論理や事情の中で、
自分で責任を取れないようなことをしなきゃいけないとか、
そういう状態が嫌だから、そういう意味では、
自分の責任が及ぶ範囲で仕事ができていることを
自由だと感じることはあるかもしれないね。
ーおお、すごくかっこいい。
ところで、これから先の展望はあるの?
この先の展望は、いま模索しているところで、
具体的なイメージはまだないかも。
とにかく会社を黒字にして、
自分がやりたいことをやるのは、
それからだと思っていたから。
将来のことを考えるにも、やっぱり現実的な
お金のことを考える割合が多いんだと思う。
クリエイティブな仕事がしたいっていう欲求よりも、
収入がなくなったらどうするんだ、みたい
恐怖感のほうが強いのかもしれない。
だから本当は、社員を何人か雇って、
インテリアの仕事で稼ぎながら、
住宅設計の仕事もできるようにしたいけど、
この規模で何人か雇おうとすると、
やっぱり銀行にお金を借りないと厳しいんだよね。
でも、これは自分のダメな部分だと思うことでもあるけど、
お金を借りることにものすごい抵抗があるんだよね。
それこそ、自分の責任が取れないお金を借りて、
もし返せなくなった時に、親に迷惑をかけるみたいな
状況になるのがいちばん嫌だから。
そういう意味で、もっとお金を稼ぎたいと思うよ。
もちろん、たまには贅沢して高級料理を食べたいっていう
欲求もあるし、親の家を建て替えて、
もっとキレイな家に住ませてあげたいという想いもある。
ようやく結婚を考えられる状況にもなってきたしね。
将来のことは分からないし、不安もあるけど、
なんとか10年やってきて、
ひとつだけ確信めいたことがあるとすれば、
地道にちゃんと仕事をしていれば、
またちゃんと仕事が来るんだ、ということだね。