- 大将
-
どうぞ。すぐ、食べてもらいたいな。
今、この瞬間が最高だから。
- わたし
- いただきます。
もぐもぐもぐ。
- わたし
- おいしいです。それから、やっぱりキレイですね。すごく。
- 大将
-
そう?それ一番、うれしいよ。
俺、「おいしい」もそうなんだけど「おいしい」の前でも
後でも、「君の仕事はきれいだ」って言われたい。
- わたし
- へえ。それはどうしてですか?
- 大将
-
「美しい」「きれい」は
「おいしい」とイコールになるんだよ。絶対。
俺はそう思ってる。だから美しくできないと
自分が嫌になる。
- わたし
- うんうん。
- 大将
-
見た瞬間がマズそうだと、
口に入れたときにも感動しないからね。
だから、「美しい」にこだわるの。
- わたし
-
そうだったんですね。
ところで、不躾な質問ですけど
大将はうなぎ屋になりたくて、なったんですか?
- 大将
-
なりたかったね!先代の親父が、かっこよかったから。
もう小学生の時から言ってたらしい。
- わたし
- そうだったんですか?
- 大将
- うん。小学校3、4年生のときぐらいかな。
- わたし
- はあ、そんなに早くから。
- 大将
-
子どもの頃って、親の実家に帰ると親戚に
「将来の夢は?」って、必ず聞かれるじゃん。
「大きくなったら、何になりたいの?」って。
- わたし
- 聞かれます。
- 大将
-
もう普通に「うなぎ屋をやる」って言ってたらしい。
その前は「ウルトラマンになる!」とか言ってたけど(笑)
- わたし
-
かわいいですね(笑)
その、先代のお父様をかっこいいと思ったのは
やっぱり学校から家に帰ってきて、お父様が
うなぎを焼いている姿を見てたりしたからですか?
- 大将
-
そうそう。かっこよかったね。
夏休みは朝、親父がうなぎ捌いてるところを
じーっと見てるんだけど、うなぎの血がビシャって飛んで、
それが目に入ってさ、目が見えなくなったりもしてた。
毎日、厨房で「そんなところに立ってると危ないぞ!」って
親父に怒鳴られてたよ。
- 大将
-
でも、なにか携わりたくてね。
「ぼくが重箱にごはんをつめる」とか
「ぼくが出前に行ってくる」って言ってた。
それで出前に行く途中、車に轢かれそうになったりもして。
「お前がいると余計、忙しくなる」って断られながらも
ずっと厨房にいたね。ワイワイしてるのが好きだった。
俺には兄が1人いて、兄貴はやらなかったんだけど
俺はそんなことやってたね。
- わたし
-
あー。
じゃあもう小学生のときから、お手伝いを通じて
実践から学ぶというか・・・
- 大将
-
そうそうそう。だから、うなぎの捌く手順は分かってた。
まず首を落として、開いて、肝を取って、
骨を引いて、背びれを引いてとかね。
- わたし
- へー。
- 大将
-
簡単にやってるように見えるから
誰だってできるだろうと思ってたんだけど
修行に行ったら、はじめは全然できなくて。
こんなに難しいんだって改めて感動したね。
ほんと、できなかったんだよ・・・。
- わたし
- 大将にも、そんな時があったんですね。
- 大将
-
それまでは自分のことを器用だと思っていた。
プラモデルを作ったり、絵を描いたりするのが得意で
「何をやらしても、器用だな」って周りに言われて、
自信もあった。でも、そのときに初めて
「お前、ぶきっちょだな」って言われたの。
- わたし
- へえ。それはお父様に言われたんですか。
- 大将
-
ううん。修行をした”つきじ宮川本廛の伊勢丹新宿店”で
先輩に言われた。
- わたし
-
ああ。修行をされたのはお父様のもとではなくて
別のお店だったんですね。
- 大将
-
「これだけ教えてできないのか?
お前ぶきっちょだな」って。
ショックだったよ。ハンマーで殴られた感じ。
あんなに悔しかったのは人生で初めてだった。
絶対できるようになってやるって思ってさ、
毎日、始発で職場に行って、終電で家に帰ってたよ。
- わたし
-
すごいですね。
大学を卒業されてから、すぐ修行を始めたんですか?
- 大将
-
そう。厳密には大学を卒業する前の2月から。
だから3月の卒業式の時には
やけどで指がボロボロになってたことをすごく覚えてる。
卒業証書を受け取るときに拇印を押したら
なにも写らなかったんだ。
ただ赤いインクだけが、べったりついていて。
- わたし
- ああ。もう指紋がないんですね。
- 大将
- うん。大やけどしてたから。
- わたし
- 文字通り、身を削って修行をされていたんですね。
- 大将
-
そう。ほんとにキツかった。
だから義務的に継がなくちゃいけないんだと
思ってやれるような商売じゃないな。
この味を出せるぐらいにはなれないし、続かないよ。
好きじゃなきゃ、できない。
正直センスも影響してくるし
人から教わってできるもんじゃないからな。
- わたし
- へえ。
- 大将
-
本人のやる気がなければ絶対にできない。
それを諦めずにやり続ける根性は
まず「好きだ」って気持ちがないと生まれてこない。
- わたし
- ああ。やっぱり動機というか、原動力はそこに。
- 大将
-
そうそう。「絶対、一人前になってやろう!」っていう
根性は一番、必要。
それに感性やら、センスも関係してくる。
とはいえ、とにかく本人のやり抜く根性がないと
何事もできないよ。
あと、好きなだけでもできないことはある。
- わたし
- 好きなだけでもできない。
- 大将
-
うん。「絶対にやり抜くぞ!」という気持ちと
「好き」と言う気持ちの両方がなくちゃいけない。
- わたし
- ああ。
- 大将
-
ながーくやってれば、そのうち仕事を覚えるだろうという
だらだらしてる人もいるんだよね。
極めようとしてないんだな。
それは俺、一緒に働いてて腹が立つ。
あと、言われたことしかやらない人ね。
それは職人じゃなくて、ただの従業員なの。
- わたし
- ほうほう。
- 大将
-
職人として店を任されてるんだったら
自分で考えて行動して、よりこの店の売り上げを
上げようと考えなくちゃいけないんだけど
言われたことしかやらない人もいたな。
腹が立つね、同じ給料をもらってるのに。
- わたし
- ああ、そうですよね。
- 大将
-
これは龍ちゃん(”わたし”のこと)が
この先、どんな仕事をするにせよ
おなじことが言えるんじゃないかな。
(つづきます。)