- わたし
-
大学を卒業して、いざ修行をはじめるという時に
お父様に教わることは考えなかったんですか?
- 大将
-
ああ、それは最初からまったく考えなかった。
親子同士だと馴れ合いがあるから。
よそへ行って、怒鳴られながら修行しようと思ってた。
- わたし
- あー。
- 大将
-
生意気になったり、甘えたりするだろうから。
親だって、息子の性格は分かってるだろうから
言いたくないことも言っちゃうだろうし。
喧嘩になるよ。特に男同士だからね。
- わたし
- その感覚は分かる気がします。
- 大将
-
でも完璧にできるようになったら
親父の店に帰ろうとは思ってたよ。
まあ突き詰めていくとキリはないから
ある程度できるようになったら帰ろうって。
まず大学を出てうなぎ屋をやってるのが
珍しかったから、その過程で色々あったけど。
- わたし
-
そうですよね。高校を卒業して修行をするという選択肢も
あったと思うんですけど、大学へ行こうと思ったのは
どうしてですか?ちょうど、わたしは将来の選択を
しているところなので気になります。
- 大将
-
あー、それは親の気持ちが影響してるかな。
親父は戦後の厳しい暮らしを経験しているんだ。
埼玉にある防空壕の中から東京の方面が
真っ赤に燃えてるのが見えたって昔、言ってた。
- わたし
- それは過酷だったんでしょうね。
- 大将
-
戦後は物がなくて、食っていけないから
親父は東京のうなぎ屋に丁稚奉公で行ったんだと。
時代がそんな時代だから、中学校もろくに行けなくて
17歳の時にはバリバリ仕事してたらしい。
- わたし
- すごいですね。
- 大将
-
その頃、ほんとは悔しかったって言ってたんだよ。
一番、遊びたい年頃に仕事せざるをえなかったから。
失われた青春時代みたいなことだと思う。
そういった辛いことを経験してるから
自分の子どもには大学に行ってほしいって
気持ちでいてくれたんだと思うんだよね。
- わたし
- ああ、そうだったんですね。
- 大将
-
あと「今のうちに遊んでおこう」って思ったのもあるな。
うなぎ屋の世界に入れば
平日のほとんどに加えて、土日も働く。
そういう生活になるんだって知ってたからさ。
- わたし
- はい。
- 大将
-
それこそ小学生の頃、親父は土日も仕事があるから
一緒に出かけたり、遊んだりできなかった。
でも夏休みや冬休みの定休日だけは海や山に
連れて行ってくれたんだ。うれしかったね。
そんな感じだったから、厳しいのは分かってたんだな。
- わたし
- ああ、なるほど。
- 大将
-
つまり勉強したくて、大学に行ったわけじゃないんだ。
うなぎ屋になると決めてたから
あえて大学に行って、遊ぶ。
4年間は徹底して、やりたいことやるって決めてた。
そのかわり学費、出してもらってるから
きっちり4年で卒業して、すぐにうなぎ屋をやろうと。
- わたし
- うんうん。
- 大将
-
そう思って、大学に行くことにしたから入学前には
厳しくて、辛い「山岳部」に入部するって決めてたんだよ。
そこで精神的に鍛えておかないと
うなぎ屋なんかできないぞと思ったから。
- わたし
-
そうだったんですね。
じゃあ、逆算って言ったらおかしいですけど
先回りして考えて、そういう選択をされたんですね。
それで無事に卒業されて、職人の道に進まれた。
- 大将
-
なんとかね。山岳部に没頭していたから
単位はほとんど4年生で取ったよ(笑)
死にもの狂いで(笑)
- わたし
-
そうだったんですね(笑)
それで父親と同じ仕事をするっていうことについて
ひとつ聞きたいことがあるんです。
- 大将
- というと?
- わたし
-
わたしは今「書くこと」に取り組んでいるんですね。
鍛錬して、仕事にしたいとも考えているんですが
その書く仕事というのは、わたしの父の生業なんですよ。
- 大将
- そうだよね。作家さんだもんね。
- わたし
-
わたしにとって、父はものすごく巨大な存在なんです。
同じ土俵で仕事をして、自分が父を超えられると
今はとても思えなくて。でも、同じ仕事をするならば
必ず超えるというか大成する使命のようなものが
あるのかなと思ったりもするんです。
大将はうなぎ屋になると決めた時、
「いつか親父を超えてやる!」
って思ったりしたことあるんですか?
- 大将
- ううん。絶対、越せない。
- わたし
- あ、それは最初から越せないと思ってたんですか?
- 大将
-
うん。時代が違うよ。高度経済成長の時の
あの忙しさはもう2度と味わえないと思う。
ハンパなく忙しかったらしいから。
その頃の仕事量をこなした人達だからね。
親父の世代は「達人」が多いの。だから越せない。
- わたし
- へえ。
- 大将
-
店で親父の代から通ってくれているお客さんに
「お父さんと同じようなうなぎ出すね。」って
言われるとすごい嬉しい。だけど、越せてないね。
0から腕を磨いて、土地買って、店を建てて
一人でうなぎ屋をやってみろって言われても
やれないもの。それを成し遂げた親父は偉大だよ。
- わたし
- そんな風に思われてたんですね。
- 大将
-
まあ正直に言うと、越そうと思って頑張ってるけど
越せないだろうなって思いも半分ある。
- わたし
- ああ、そうなんですか。
- 大将
-
その龍ちゃん(わたし)の気持ちに少し近いと
思うんだけど「認めてもらいたい」って思いがある。
越せないのが分かってるから「お前も上手くなったな」って
親父に認めてもらいたいと思っているというのが
一番しっくりくるかな。
- わたし
- それはもう、叶ったんですか?
- 大将
-
叶ってんのかな…。まあ俺のうなぎを美味いって
言って食ってくれたら叶ってんじゃないかな…。
- わたし
- 不明なんですね・・・。
- 大将
-
言ってくれないんだもの(笑)正直じゃないから(笑)
ゴールのない世界だから言わないんだろうけどね。
まあ親子って「下手だなお前」とか、
「お前だいぶ上手くなったじゃねぇか」とか
ドラマのようなセリフは出ないと思うよ。
- わたし
-
言われてみれば、そうですね。
すこし自分のなかのモヤっとしたものが
消化された気がしています。
(つづきます。)