糸井 | 『夢売るふたり』は すごくおもしろい展開だったんですが、 ストーリーだけがいいわけじゃなくて、 なんていうんでしょう‥‥。 最近の人たちって、 あらゆるものをゲームとか推理小説のように 見ちゃってる気がするんですよ。 |
西川 | ああ‥‥。 |
糸井 | プロットとかストーリーのところに、 「そうか、そうなるのか!」 という意外性だけを求めるんです。 いちばん大事なのはスジである、と。 だから、 「あっ、ネタバレ!」って、ものすごく言うんです。 そんなの‥‥ねぇ‥‥ ネタバレがだめなんだったら、 落語はぜんぶ成り立たないわけで。 |
西川 | たしかに。 |
糸井 | クラシックの演奏も成り立たないわけで。 |
西川 | そうですよね。 |
糸井 | スジっていうのは美人の骨格みたいなもんです。 レントゲン写真を見たからって、 「いい女だ」なんて言えないでしょう。 |
西川 | (笑) |
糸井 | 「スジで騒ぐな」ってことをね、 ぼくはちょっとこれを機会に、 余計に言っておきたい。 スジだけを見て、 「あの展開は論理的にあり得ないですね」 とか言う人いるじゃないですか。 |
西川 | ああー(笑)。 |
糸井 | 数学の公式じゃないんだから。 鑑賞するのはそこじゃないんですよ。 やっぱり「歌声」なんですよ。 |
西川 | それは、ほんとうにそう思います。 |
糸井 | 西川さんの映画でも、 あり得ないことが起きてますよね。 |
西川 | もう、あり得ないことだらけで(笑)。 |
糸井 | あり得ないかもしれないけど、 そんなのどうだっていいじゃないか、と。 |
西川 | ムーダーがそう言ってくださったら いいんだけど(笑)。 |
糸井 | ねえ(笑)、ムーダーがね、 「そんなのどうでもいいんだよ!」 |
西川 | (笑) |
糸井 | 重要なのは論理的矛盾がどうのこうのじゃなくて、 やっぱり「歌声」です。 「自分には描けないものを 見せてもらってありがとう」 というのが映画のよろこびであって。 |
西川 | はい。 |
糸井 | 整合性だとか善悪だとか、 先生が黒板に解説するみたいなことを みんなが求める時代に、 西川さんはこんなに不定型な映画で勝負をして‥‥ |
西川 | 不定型ですよねぇ。 でも、「答えが出せないものを書こう」 というのが自分の宿題でもあったので。 |
糸井 | なるほどねぇ‥‥。 そういう映画をつくる人っていうのは、 実際の暮らしは案外サバサバしてるんですか? ちょっと、想像がつかないんですよ。 |
西川 | わたしの実際の暮らしですか‥‥ うん、サバサバしてるんでしょうね。 何に対しても深刻にならなくなっちゃったなぁ っていうふうに思います。 それが最近は怖くもあるんですけど‥‥。 糸井さんは、どうなんでしょう? |
糸井 | 歳をとると、それがもっとひどくなります。 |
西川 | へえー。 さらに深刻になれなくなる。 |
糸井 | ただそのかわり、 ものすごく感情が揺れる場所が ピンポイントで激しくあらわれます。 |
西川 | そうですか。 |
糸井 | だから、急に泣きだしたりします。 |
西川 | 涙もろくなる。 |
糸井 | なります。 だいたいのことが平気なんです。 でも、不慮の事故のように涙が出てきたりします。 |
西川 | それは、どうしてなんでしょう。 |
糸井 | うーん‥‥なんででしょうねぇ‥‥。 ひとつ思うのは、 「生きていく上での、 ベースになる感情はさみしさだ」っていうのは、 これはもう誰かが「違う」と言っても、 「そうなんだよ!」と言いたいですね。 |
西川 | さみしさ。 |
糸井 | つまり、うれしさもなにもかも喜怒哀楽ぜんぶ、 ベースの下味はさみしさだよ、と。 |
西川 | わたしも、まったくそう思います。 |
糸井 | それをきっと昔の人は 「もののあはれ」と名付けたわけで。 |
西川 | ああ‥‥なるほど。 |
糸井 | で、それとはまたちがうもので、 ツーンと心臓に刺さるのは、無力感ですね。 |
西川 | 無力感。 |
糸井 | 「なんでできないんだろう」っていう、 届かない思いが、泣かせますね。 |
西川 | へえー。 |
糸井 | 被災地に行く機会が何度かあったものですから、 スーッと無力感の荒野が 自分の中にできやすくなったということもあります。 でもやっぱり、 歳をとらなかったら、 たぶんここまでには感じなかったと思います。 |
西川 | そうか、若いころならきっと‥‥ |
糸井 | 無力感というのが、まずないですから。 |
西川 | 全能感ですもんね、逆に、きっと。 |
糸井 | 全能感ですね。 ですから、 さみしさがすべてのベース。 いちばん辛いのは、無力感。 そこのところは、よぉくわかりました。 |
西川 | なるほど。 うーん‥‥そうですか。 さみしさと無力感。 おもしろいですねぇ。 そのお話はすごく興味深いです。 (つづきます) |
2012-09-13-THU