映画『夢売るふたり』は‥‥  ややこしいから すばらしい。  糸井重里×西川美和監督    試写会からの帰り道‥‥ 「やっぱりあの監督はすごいな」と糸井重里。 文藝春秋から出版される単行本の企画で、 その監督、西川美和さんと3年ぶりの対談になりました。 映画の話題を軸にしながらも、 ふたりのやりとりは不定形に、あちこちへ‥‥。 この対談を「ほぼ日バージョン」でもお届けします。 映画と本と、合わせておたのしみください。 観れば観るほどややこしい。 ややこしいからおもしろい。 『夢売るふたり』は、すばらしいです。
 
第8回 さみしさと無力感。
糸井 『夢売るふたり』は
すごくおもしろい展開だったんですが、
ストーリーだけがいいわけじゃなくて、
なんていうんでしょう‥‥。

最近の人たちって、
あらゆるものをゲームとか推理小説のように
見ちゃってる気がするんですよ。
西川 ああ‥‥。
糸井 プロットとかストーリーのところに、
「そうか、そうなるのか!」
という意外性だけを求めるんです。
いちばん大事なのはスジである、と。
だから、
「あっ、ネタバレ!」って、ものすごく言うんです。
そんなの‥‥ねぇ‥‥
ネタバレがだめなんだったら、
落語はぜんぶ成り立たないわけで。
西川 たしかに。
糸井 クラシックの演奏も成り立たないわけで。
西川 そうですよね。
糸井 スジっていうのは美人の骨格みたいなもんです。
レントゲン写真を見たからって、
「いい女だ」なんて言えないでしょう。
西川 (笑)
糸井 「スジで騒ぐな」ってことをね、
ぼくはちょっとこれを機会に、
余計に言っておきたい。
スジだけを見て、
「あの展開は論理的にあり得ないですね」
とか言う人いるじゃないですか。
西川 ああー(笑)。
糸井 数学の公式じゃないんだから。
鑑賞するのはそこじゃないんですよ。
やっぱり「歌声」なんですよ。
西川 それは、ほんとうにそう思います。
糸井 西川さんの映画でも、
あり得ないことが起きてますよね。
西川 もう、あり得ないことだらけで(笑)。
糸井 あり得ないかもしれないけど、
そんなのどうだっていいじゃないか、と。
西川 ムーダーがそう言ってくださったら
いいんだけど(笑)。
糸井 ねえ(笑)、ムーダーがね、
「そんなのどうでもいいんだよ!」
西川 (笑)
糸井 重要なのは論理的矛盾がどうのこうのじゃなくて、
やっぱり「歌声」です。
「自分には描けないものを
 見せてもらってありがとう」
というのが映画のよろこびであって。
西川 はい。
糸井 整合性だとか善悪だとか、
先生が黒板に解説するみたいなことを
みんなが求める時代に、
西川さんはこんなに不定型な映画で勝負をして‥‥
西川 不定型ですよねぇ。
でも、「答えが出せないものを書こう」
というのが自分の宿題でもあったので。
糸井 なるほどねぇ‥‥。

そういう映画をつくる人っていうのは、
実際の暮らしは案外サバサバしてるんですか?
ちょっと、想像がつかないんですよ。
西川 わたしの実際の暮らしですか‥‥
うん、サバサバしてるんでしょうね。
何に対しても深刻にならなくなっちゃったなぁ
っていうふうに思います。
それが最近は怖くもあるんですけど‥‥。
糸井さんは、どうなんでしょう?
糸井 歳をとると、それがもっとひどくなります。
西川 へえー。
さらに深刻になれなくなる。
糸井 ただそのかわり、
ものすごく感情が揺れる場所が
ピンポイントで激しくあらわれます。
西川 そうですか。
糸井 だから、急に泣きだしたりします。
西川 涙もろくなる。
糸井 なります。
だいたいのことが平気なんです。
でも、不慮の事故のように涙が出てきたりします。
西川 それは、どうしてなんでしょう。
糸井 うーん‥‥なんででしょうねぇ‥‥。
ひとつ思うのは、
「生きていく上での、
 ベースになる感情はさみしさだ」っていうのは、
これはもう誰かが「違う」と言っても、
「そうなんだよ!」と言いたいですね。
西川 さみしさ。
糸井 つまり、うれしさもなにもかも喜怒哀楽ぜんぶ、
ベースの下味はさみしさだよ、と。
西川 わたしも、まったくそう思います。
糸井 それをきっと昔の人は
「もののあはれ」と名付けたわけで。
西川 ああ‥‥なるほど。
糸井 で、それとはまたちがうもので、
ツーンと心臓に刺さるのは、無力感ですね。
西川 無力感。
糸井 「なんでできないんだろう」っていう、
届かない思いが、泣かせますね。
西川 へえー。
糸井 被災地に行く機会が何度かあったものですから、
スーッと無力感の荒野が
自分の中にできやすくなったということもあります。

でもやっぱり、
歳をとらなかったら、
たぶんここまでには感じなかったと思います。
西川 そうか、若いころならきっと‥‥
糸井 無力感というのが、まずないですから。
西川 全能感ですもんね、逆に、きっと。
糸井 全能感ですね。

ですから、
さみしさがすべてのベース。
いちばん辛いのは、無力感。
そこのところは、よぉくわかりました。
西川 なるほど。
うーん‥‥そうですか。
さみしさと無力感。
おもしろいですねぇ。
そのお話はすごく興味深いです。

(つづきます)

2012-09-13-THU

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