糸井 | 西川さんはぼくよりずいぶん若いのに、 さみしさとか無力感の話を スッと理解してくださいますよね。 それはつまり、歳をとるのが早かったりする? |
西川 | どうなんでしょう(笑)。 でももしかしたら、 無力感という坂のいちばん最初のあたりに 自分がいるんじゃないかなぁっていう気配を、 お話をうかがっていて感じました。 |
糸井 | 西川さん、 その坂の入り口にいると思いますよ。 無力感というのは いくつかのことを達成したあとに、 やってくるものですから。 |
西川 | ああ。 |
糸井 | この先のことでいうと、 たとえば監督の向こう側には、 プロデュースの世界がありますよね。 やがてそっちがものすごく大事だと知り、 自然と視線が行く。 でも、そっち側へ行けば、無力感の塊ですよ。 |
西川 | そうなんでしょうねぇ。 ‥‥もしかして糸井さん、 巨人が負けて頭を丸めて ふんどし一丁になっていたのは、 あれも無力感‥‥? |
糸井 | いや(笑)、あれは無力感とはずいぶん違って、 日常の解決できない問題を、 巨人にぶつけてただけです。 |
西川 | そうだったんですか(笑)。 |
糸井 | 泥沼でジタバタしてただけなんです。 ジタバタ成分をみんな巨人に集めては、 「巨人が負けるから悪いんだ!」 「バカ、バカ、巨人のバカ!」 そうやって、毎日のすべてを整理してました。 ひどいでしょう? |
西川 | (笑)それは、いまは変わったんですよね? |
糸井 | ええ。私生活が整ったことで変わりました。 |
西川 | なるほど。 |
糸井 | ぼくの無力感は、40代でした。 30代では、 プレーヤーとしてやれることが どんどんできるようになっていく。 で、40代になると、 今度はプロデュースとかオーナーとか、 そっち側にも顔を出すようになるわけです。 そうすると、 選手として全能のように見えたことは まったくごく一部で、 新しい場所ではなにもできないことを知ります。 |
西川 | はい。 |
糸井 | じゃあ、どうする‥‥。 そこで、自分がそれをできたのは ほんとによかったと思ってるんですけど、 「一からやるのもおもしろい」 って思えたんです。 無力感どころじゃない、 「無力な感じ」じゃなくて、 「ほんとに無力」「まったくゼロ」から 「ほぼ日」をはじめることができた。 |
西川 | それが40代‥‥ |
糸井 | の、終わりでした。 もうすぐ50。 そこで、しんどい方に飛び込んじゃった。 岡本太郎も言ってましたよ。 苦しいほうの道を選べって。 |
西川 | いやぁ、そうはおっしゃいますが糸井さん、 ふつうの人はなかなかそれは‥‥ |
糸井 | いやいや西川さん、 ぼくだって根本はラクばかりしたい人間なんです。 |
西川 | しんどい方に向かうとき、 二の足を踏んだりしないんですか? |
糸井 | 二の足を踏まない練習をします。 |
西川 | それは、どうやって? |
糸井 | いろんな局面で、「いやだな」と感じたときに あえて行ってみることを、 そんなに危なくない場面でやってみるんです。 苦手そうな人に会ってみるとか、 得意そうじゃない場所に行ってみるとか。 |
西川 | ああ、はい。 |
糸井 | そういう練習のなかには、 冗談に聞こえるかもしれませんけど、 スカイダイビングっていうのもありました。 |
西川 | やられたんですか? |
糸井 | やりました。 ああいうね、 実際的に怖いことをする場所では 本気のシステムができているんですよ。 まずね、 セスナの端っこにこうやって足を出すんです。 ステップがあって、そのステップに、 この先はもう大空、という状態で坐ってる。 すると、「レディ、セット、ゴー」と、 3回、かけ声をかけるんですけど、 「レディ」で下を見るんです。 ものすごく怖いんですけど、 「俺はそれをやるんだ」 と見るのが「レディ」なんですよ。 |
西川 | わあ‥‥。 |
糸井 | で、「セット」と言ったら、 なぜか上体をまたもとに戻す。 |
西川 | ええーー。 |
糸井 | ええー、ですよ。 「いったん後ろに戻すんかい!」みたいな。 つまり、 「レディ、セット」で、 視界から怖いところをはずすんです。 |
西川 | やだ、やだ。 |
糸井 | そして、「ゴー」で降りる。 |
西川 | ‥‥なぜ、そんなことを。 |
糸井 | 二択になるんです。 レディで怖いほうを見て、 セットで安全な方に戻る。 そこで、「あなたはレディの側を選びましたね」 と確認してから「ゴー」となる。 この3つのステップがあると、 意外と降りられるんです。 |
西川 | 「セット、ゴー」じゃだめなんですかね。 |
糸井 | 「セット、ゴー」は‥‥ 最初に見ないから、 わけのわからないところに飛び込むことになります。 |
西川 | それは嫌です。 じゃあ、「レディ、ゴー」は‥‥? |
糸井 | 「レディ、ゴー」は、 あまりにも選択肢がないですよね。 「この怖いところへ、行けー!」ですから。 |
西川 | そうかぁ‥‥。 |
糸井 | で、そのとき言われたのは、 「セットのときにやめるのは勇気」だと。 |
西川 | ああー‥‥。 |
糸井 | 「怖いと思うことは恥ずかしいことではありません。 そして、ここまで来てやめますって言うのは、 勇気がある人だと私は思います」 と、コーチが言ってくれます。 |
西川 | ‥‥でも、その言葉って心にちゃんとしみます? |
糸井 | しみません(笑)。 |
西川 | ですよね(笑)、それどころじゃない。 |
糸井 | しみませんけれども、 「そういう目で私は見てますよ」 という人がコーチなのはだいぶ助かります。 |
西川 | なるほど。 |
糸井 | 「ここまできたのに、やっぱやめるって言うやつが 前にいたんですよぉ、まいっちゃいましたよぉ」 とコーチから言われるのと、どっちがいいですか? |
西川 | それはたしかに(笑)、やさしさをとります。 |
糸井 | そうでしょう。 ぼくはその「レディ、セット、ゴー」という合図を いろんな場面で思い出すんです。 苦しいほうにあえて飛び込むときに。 |
西川 | なるほどぉ‥‥。 (つづきます) |
2012-09-14-FRI