映画『夢売るふたり』は‥‥  ややこしいから すばらしい。  糸井重里×西川美和監督    試写会からの帰り道‥‥ 「やっぱりあの監督はすごいな」と糸井重里。 文藝春秋から出版される単行本の企画で、 その監督、西川美和さんと3年ぶりの対談になりました。 映画の話題を軸にしながらも、 ふたりのやりとりは不定形に、あちこちへ‥‥。 この対談を「ほぼ日バージョン」でもお届けします。 映画と本と、合わせておたのしみください。 観れば観るほどややこしい。 ややこしいからおもしろい。 『夢売るふたり』は、すばらしいです。
 
第9回 レディ、セット、ゴー!
糸井 西川さんはぼくよりずいぶん若いのに、
さみしさとか無力感の話を
スッと理解してくださいますよね。
それはつまり、歳をとるのが早かったりする?
西川 どうなんでしょう(笑)。
でももしかしたら、
無力感という坂のいちばん最初のあたりに
自分がいるんじゃないかなぁっていう気配を、
お話をうかがっていて感じました。
糸井 西川さん、
その坂の入り口にいると思いますよ。
無力感というのは
いくつかのことを達成したあとに、
やってくるものですから。
西川 ああ。
糸井 この先のことでいうと、
たとえば監督の向こう側には、
プロデュースの世界がありますよね。
やがてそっちがものすごく大事だと知り、
自然と視線が行く。
でも、そっち側へ行けば、無力感の塊ですよ。
西川 そうなんでしょうねぇ。

‥‥もしかして糸井さん、
巨人が負けて頭を丸めて
ふんどし一丁になっていたのは、
あれも無力感‥‥?
糸井 いや(笑)、あれは無力感とはずいぶん違って、
日常の解決できない問題を、
巨人にぶつけてただけです。
西川 そうだったんですか(笑)。
糸井 泥沼でジタバタしてただけなんです。
ジタバタ成分をみんな巨人に集めては、
「巨人が負けるから悪いんだ!」
「バカ、バカ、巨人のバカ!」
そうやって、毎日のすべてを整理してました。
ひどいでしょう?
西川 (笑)それは、いまは変わったんですよね?
糸井 ええ。私生活が整ったことで変わりました。
西川 なるほど。
糸井 ぼくの無力感は、40代でした。
30代では、
プレーヤーとしてやれることが
どんどんできるようになっていく。
で、40代になると、
今度はプロデュースとかオーナーとか、
そっち側にも顔を出すようになるわけです。
そうすると、
選手として全能のように見えたことは
まったくごく一部で、
新しい場所ではなにもできないことを知ります。
西川 はい。
糸井 じゃあ、どうする‥‥。
そこで、自分がそれをできたのは
ほんとによかったと思ってるんですけど、
「一からやるのもおもしろい」
って思えたんです。
無力感どころじゃない、
「無力な感じ」じゃなくて、
「ほんとに無力」「まったくゼロ」から
「ほぼ日」をはじめることができた。
西川 それが40代‥‥
糸井 の、終わりでした。
もうすぐ50。
そこで、しんどい方に飛び込んじゃった。
岡本太郎も言ってましたよ。
苦しいほうの道を選べって。
西川 いやぁ、そうはおっしゃいますが糸井さん、
ふつうの人はなかなかそれは‥‥
糸井 いやいや西川さん、
ぼくだって根本はラクばかりしたい人間なんです。
西川 しんどい方に向かうとき、
二の足を踏んだりしないんですか?
糸井 二の足を踏まない練習をします。
西川 それは、どうやって?
糸井 いろんな局面で、「いやだな」と感じたときに
あえて行ってみることを、
そんなに危なくない場面でやってみるんです。
苦手そうな人に会ってみるとか、
得意そうじゃない場所に行ってみるとか。
西川 ああ、はい。
糸井 そういう練習のなかには、
冗談に聞こえるかもしれませんけど、
スカイダイビングっていうのもありました。
西川 やられたんですか?
糸井 やりました。
ああいうね、
実際的に怖いことをする場所では
本気のシステムができているんですよ。
まずね、
セスナの端っこにこうやって足を出すんです。
ステップがあって、そのステップに、
この先はもう大空、という状態で坐ってる。
すると、「レディ、セット、ゴー」と、
3回、かけ声をかけるんですけど、
「レディ」で下を見るんです。
ものすごく怖いんですけど、
「俺はそれをやるんだ」
と見るのが「レディ」なんですよ。
西川 わあ‥‥。
糸井 で、「セット」と言ったら、
なぜか上体をまたもとに戻す。
西川 ええーー。
糸井 ええー、ですよ。
「いったん後ろに戻すんかい!」みたいな。
つまり、
「レディ、セット」で、
視界から怖いところをはずすんです。
西川 やだ、やだ。
糸井 そして、「ゴー」で降りる。
西川 ‥‥なぜ、そんなことを。
糸井 二択になるんです。
レディで怖いほうを見て、
セットで安全な方に戻る。
そこで、「あなたはレディの側を選びましたね」
と確認してから「ゴー」となる。
この3つのステップがあると、
意外と降りられるんです。
西川 「セット、ゴー」じゃだめなんですかね。
糸井 「セット、ゴー」は‥‥
最初に見ないから、
わけのわからないところに飛び込むことになります。
西川 それは嫌です。
じゃあ、「レディ、ゴー」は‥‥?
糸井 「レディ、ゴー」は、
あまりにも選択肢がないですよね。
「この怖いところへ、行けー!」ですから。
西川 そうかぁ‥‥。
糸井 で、そのとき言われたのは、
「セットのときにやめるのは勇気」だと。
西川 ああー‥‥。
糸井 「怖いと思うことは恥ずかしいことではありません。
 そして、ここまで来てやめますって言うのは、
 勇気がある人だと私は思います」
と、コーチが言ってくれます。
西川 ‥‥でも、その言葉って心にちゃんとしみます?
糸井 しみません(笑)。
西川 ですよね(笑)、それどころじゃない。
糸井 しみませんけれども、
「そういう目で私は見てますよ」
という人がコーチなのはだいぶ助かります。
西川 なるほど。
糸井 「ここまできたのに、やっぱやめるって言うやつが
 前にいたんですよぉ、まいっちゃいましたよぉ」
とコーチから言われるのと、どっちがいいですか?
西川 それはたしかに(笑)、やさしさをとります。
糸井 そうでしょう。
ぼくはその「レディ、セット、ゴー」という合図を
いろんな場面で思い出すんです。
苦しいほうにあえて飛び込むときに。
西川 なるほどぉ‥‥。

(つづきます)

2012-09-14-FRI

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