「カレー皿をつくったらいいんじゃないかな?」 とはじめに言い出したのは、糸井重里でした。 「だって、みんな、どんなお皿で食べてる? じつはぼくも気に入ったカレー皿って、 もっていないんだよ」 「ほんとにだいじなカレー皿」プロジェクトが スタートした経緯、できるまでの話を、 糸井重里が語ります。 |
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わが家で使っているカレー皿は、 真ん中のくぼんだスープ皿か、 もうすこし平らな皿、そのふたつのどちらかでした。 でも平らなほうは、 とろみの少ないカレーだと心もとないし、 スープ皿のほうは、 はしっこにごはんをおいてカレーを盛りつけても、 全体に入る量が少ない。 これでいいのかなぁ、 みんなはどうしてるんだろう? というところから、 「つくりたい」がはじまりました。 で、「ほぼ日」のみんなに訊いたら、 やっぱり心もとない答えで。 大きめのスープ皿の人、平皿の人、 どんぶりで食べてる人などいろいろいたけど、 たいてい「とりあえず」のものを 使っていることがわかった。 そういえばホテルのレストランにしても 平皿を使っているところが多くて、 それも使いやすいとは言えないよね。 みんな、カレーが好きって言うけれど、 使っているお皿は、「とりあえず」だったりするんです。 だったら、カレーをきれいに盛りつけて、 しかも、うまくすくえるようなお皿ができたら、 それはきっと、何を盛っても 全部OKな皿なんじゃないかなと。 そんなものが、あればいいのにと言っていたら、 ちょうど、土楽の人たちと話す機会があって、 「できるかもしれない」って言うんです。 じゃあ、試作をしてみようか、 というところから、このプロジェクトが始まりました。 |
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そのときに手を挙げてくれたのが 福森雅武さんの四女で、土楽窯の跡継ぎでもある 陶芸家の福森道歩さんでした。 彼女がつくってきてくれた最初のサンプルが、 もう「これじゃないか?!」というものだった。 それはなぜかというと、 自分がカレーを食べるお皿だと考えたら、 答えはひとつしかないんです。 それが、これなんです。 スプーンを使って、カレーとごはんをすくうのに、 いちばんいい深さ、角度、大きさはなんだろう、 ということを考えていったら、これになる。 ごはんがこぼれちゃだめだし、 最後のひとつぶまですくいたいし、 ぺたっとはりついた福神漬けも食べたい。 カレー皿と名のつくものや、似たようなかたちのお皿も 世の中にはあると思いますけれど、 これが、はじめてカレーと真剣に向き合った皿だと、 ぼくは、言いたいんです。 |
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道歩さんは、ふだんは野山を歩きまわり、 ろくろを回すということをしている ある意味、野性的な部分を持っている女性です。 でも、きっと、ついている目玉からして ぼくらとは違うはずなんですね。 生まれたときから見ているものが違いますから。 山を見て、葉っぱを見て、犬を見て、 お父さんのつくる陶器と 料理を見て育っているというのはね、 インナーマッスルからして まったく違うつくり手なんです。 正解に近かったその最初のサンプルから、 道歩さんが、時間をかけて試作を重ねてくれました。 側面のカーブの角度そのものは あまり変わっていないんだけれど、 底面からそのカーブに至る立ち上がりの部分や、 内側の平らな部分の広さや 口縁の幅などの、こまかな調整のためでしたよね。 土楽で出される職人さんのまかない飯を このカレー皿に盛って出していたと聞きますから、 実戦できたえられた器でもあるわけですね。 あと、高台の、糸尻の幅を細くして、 たたずまいをどこまで品よく見せられるかを考えた。 「じゅうぶん、できたよ」というところから 道歩さんは、さらに、粘りました。 その粘りの背景には、 ひとつには実用的な意味もあるけれど、 もうひとつは、土楽窯の器であるわけだから、 美しくあること、美しく盛りたいということを ほんとうに考えたんですよね。 カジュアルなふりをして、品がいいっていう、 20代にして「裏千家の秘蔵っ子」と 呼ばれるほどの茶器をつくり、その後、 暮らしの中でつかう器や土鍋をつくる道を 選んだ福森雅武さんの、京都の匂いを 受けついでいるんだと思うんです。 「ほんとにだいじなカレー皿」は 「福森道歩作」ということになるんだけれど、 じつは福森雅武さんが、 アドバイスをこまかくしています。 道歩さんが形をつくっていくうえで 納得のいかないことがあったり どうしたらいいのか迷っていることも あったらしいんだけれど、 1日1回、現場におとうさんがやってきて 「そこはこうしてみたら」というアドバイスをしていた。 道歩さんも、お父さんみたいな作品をつくりたいと ずっと思っていたわけですよね。 カレーという客人を迎え入れるときに 主人は道歩さんだけれど、 「玄関に打ち水をしておいたらどうだ」って アドバイスをする役割が、雅武さんだったわけです。 |
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ぼくは、「ほぼ日」以前は イトリキカレーの応援をしたり、 最近では「カレー部例会」なんて企画してみたり、 何かとカレーには縁があるように思われているけれど、 「カレー大好き」とは公言していないんですよ。 どれも偶然なんです。 カレーってね、 「みんなが笑ってもりもり食べてる」よね。 どんな高級カレーもつくれるし、 庶民的なものもつくれる。 大盛りのご飯で食べてもいいし、 パンで食べてもいい。 すごくダイナミックレンジが広い食べ物だと思います。 嫌いという人も、あんまりいない。 カレーは同窓生みたいなものかもしれないですね。 ひいきするつもりはないけど付き合いがある。 「ほんとにだいじなカレー皿」、 わが家では、試作品から使ってみているんだけれど、 すっかり愛用していて、 カレー以外にもじゃんじゃん使っていますよ。 サラダを盛り付けてもいいし、 冷やし中華に使ってもいい。おそばでもいい。 そうそう、福森家での料理の撮影で 面白いことがあったよね。 福森雅武さんは人前で「自作の器」にしか 自分の料理を盛らない人なんだけれど、 今回、はじめて、娘とはいえ、自分以外の人間の つくった器に、料理を盛って、 撮影をさせてくれたんですよ。 「ほんとにだいじなカレー皿」は、 雅武さんも認めた、道歩さんの代表作になったんです。 |