02どうしても、時間が要る。
- ──
- 原監督のドキュメンタリー映画では、
ひとりの人や団体に対して、
何年も‥‥
場合によっては10年ちかい歳月をかけて、
取材を重ねていくわけですよね。
- 原
- ええ。
- ──
- そこまでの時間をかける理由というのは、
何なのでしょうか。
- 原
- あの、わたしのいちばん新しい映画で、
泉南アスベストの原告団に、
8年、取材した作品があるんですけど。
- ──
- はい、『ニッポン国VS泉南石綿村』ですね。
拝見しました。
- 原
- 映画のラスト近くで、
原告団の代表をつとめていたひとりの女性、
佐藤さんって人がね、
結局、賠償、認められませんでしたよね。
- ──
- ええ、国が責任を認めて、
大多数の原告は訴えが認められたものの、
その佐藤さんは、
賠償の対象から外れてしまっていました。
- 原
- あのとき、6分くらいあるシーンで、
「自分は代表だから、
裁判に勝ったことを喜ばなあかん。
でも、個人的には、
自分は、悔しくてしょうがないよ」
と言って、泣いてましたよね。
あれね、わたしが、
昨日今日ポッと来たような人間だったら、
絶対「悔しい」って言葉は出ない。
- ──
- なるほど。
- 原
- だって、原告団の代表を務めている人なら、
「裁判に勝ててよかったです」とだけ、
カメラの前で言わなきゃならないでしょう。
- ──
- それを「わたしは、悔しい」と。
- 原
- わたしはね、あの時点で、
あの人らと8年くらい付き合ってたんです。
ああいう、悔しいという本音の言葉をね、
ストレートに出してくれたのは、
つまり、それだけの時間をかけたからです。
- ──
- そうなんでしょうね。
- 原
- 人間っていうのは、
1回目より2回目、2回目より3回目って、
時間をかければかけるほど、
少しずつ心を許してくれる、
少しずつ心を開いてくれるじゃないですか。
逆に言えば、
生のまんまの人間の表情、人間の言葉って、
それだけの時間をかけなければ、
そうそう見せてくれないと思ってるんです。
- ──
- 何年という単位で、定期的にお会いすると、
人間関係というのは、
どんなふうに、変わっていくんでしょうか。
- 原
- 変わるというより、深まるという言い方が、
より、ピッタリするんじゃないでしょうか。
- ──
- 深まる。なるほど。
これまで監督は、たくさんのサシの勝負を
してこられたわけですが、
目の前の人が本音を言ってるかどうかって、
見極められるようになるものですか?
- 原
- 目の前に相対しているその人が、
気持ちを正直に話してくれてるかどうかは、
わかりますよ、それくらい。
表情やら言葉やらで、そんなことくらいは。
- ──
- そうですか。
- 原
- アスベストの映画のなかに、
亡くなった旦那さんのことを話してくれた
おばちゃんがいて、
本当にまじめな、いい旦那さんだったから、
「博打も何もしなかったんでしょ?」
って聞いたら「いえ、博打してました」と。
- ──
- ええ、負けたかなと思うときには
話しかけませんでした‥‥みたいなことを、
おっしゃってましたよね(笑)。
- 原
- こっちはええーって驚いてるんだけど、
そういうこともふくめて、
あ、正直に話してくれてるなっていうのは、
まあ、わかるもんです。
- ──
- 先ほどの原告団代表の佐藤さんは、
当時の厚生労働大臣が
原告のみなさんのところを訪問されたとき、
とりわけ感動されてましたよね。
- 原
- そうですね。
- ──
- あの場面、おもしろいなあと思いました。
佐藤さんは原告団の代表なわけで、
しかも、
自分の訴えは退けられたのに、
「敵の親玉」の来訪に感動しているって。
- 原
- 人間って、そういうもんですよ。
- ──
- 原告団のためだけの映画を撮ろうと思ったら、
あの場面って、
カットしたほうがいいかもしれないですけど、
監督は、むしろ長めに編集しています。
で、あの場面があることで、逆に、
映画に対する信頼感が上がった気がしました。
- 原
- あの映画にはね、もうひとり、
韓国から来たおばちゃんが出てきたでしょ?
苦労に苦労して子どもを育てて、
ようやく自分の時間を持てるようになって、
夜間中学で文字を勉強した、と。
- ──
- あ、はい。いらっしゃいました。
- 原
- あの人には、わたし、
たった1回しかインタビューしてないけど、
ご自分の、それまでの生き方を、
率直に話してくれてるなあっていうことは、
最初からわかりました。そういう人もいる。
- ──
- え、一度きりなんですか、あの人。
- 原
- それもね、長い時間じゃない。
わずか数分くらいなものだと思いますけど、
あの人、学校で字を教わって、
この歳で自分の名前が書けたんですーって。
でね、こう言ったんですよ。覚えてますか。
「勉強って、いいね」って。
- ──
- はい、よく覚えてます。印象的でしたから。
- 原
- その一言に、
どれだけ、これまでの彼女の過酷な人生が、
込められていることか。
そんなのはね、聞いた瞬間にわかりますよ。
- ──
- なるほど。
- 原
- で、そういう言葉が出たときに、わたしは、
「ああ、触(さわ)れた」って思うんです。
- ──
- 触れた。
- 原
- その人の生きてきた人生に、一端でもね。
その人の人生が、
パーッと見えてくる瞬間‥‥というかな。
- ──
- インタビューによって、言葉によって。
- 原
- もちろん、はじめて会って、
すぐに率直に話をしてくれる人もいれば、
何年も時間を積み重ねたあとに、
ようやく素直な思いを伝えてくれる人と、
それは、さまざまですけど。
- ──
- ええ。
- 原
- 仮にも、その人の人生が凝縮したエキスに、
少しでも触ろうとしたら、
基本的には、「時間」が要ると思いますよ。
- ──
- はい。
- 原
- はじめて会った相手の言葉は、
ただのリアクションかもしれないですが、
少し打ち解けたときにぽっと出る言葉、
長い時間を過ごしたのち、
ようやく心を開いて、届けてくれる言葉。
どれもぜんぶ、違うでしょう?
- ──
- 関係が深まると、言葉が、変わる。
- 原
- だから、わたしの映画では、
時間の経過、関係の深化、言葉の変化を、
インタビューで表しているんです。
<つづきます>
2018-04-28-SAT