05虚構は、理想。生きる希望。
- ──
- 作家の井上光晴さんの晩年に密着した
『全身小説家』という作品は、
井上さんが亡くなったあと、
井上さんの知人へのインタビューで、
井上さんの経歴上の「ウソ」が
次々露見していく‥‥という内容です。
- 原
- ええ。
- ──
- 昨晩、その作品を見直したんですが、
あらためて、
井上光晴さんという人の「魅力」と、
その人のついた「ウソ」を思うと、
何ともいえない気持ちになりました。
- 原
- かつて、ドキュメンタリーという表現は、
フィクションの対極にあるというのが、
映画理論書における定説だったわけです。
ところが、ここ数十年で、
その定説がね、ひっくり返ったんですよ。
- ──
- ドキュメンタリーもまた、
フィクションのひとつの形式である、と。
- 原
- ドキュメンタリーだってつくりものだよ、
という考えが主流になったんですが、
わたしが、井上さんに出会ったときって、
まさしく「虚構って、何だ?」
という疑問が、大きくなっていたときで。
- ──
- 虚構。
- 原
- ドキュメンタリーをつくっていく以上、
その根っこのところを、
きっちり考えなきゃいけないという課題が、
むくむくと育っていたときに、
小説家・井上光晴と、出会ったんです。
- ──
- 当時は、井上さんの姿を追いかけることで、
「虚構とは、何か」に迫ろうと?
- 原
- そう、いちばん最初は、
小説家つまり虚構をつくる人の意識の中で、
小説という虚構と、実人生での虚構が、
どうリンクしているのか、
そのことについて、撮ろうとしていました。
- ──
- 井上さんを撮りはじめたときは、
満州生まれという誕生のウソはもちろん、
「極貧時代」のエピソードなども、
「井上さんの創作だった」ということは、
ご存知なかったわけですよね?
- 原
- もちろんです。
わたしは、映画の前半で、
自分の過去はああだった、こうだったと
井上さんが講演してる場面を、
「撮ってもいいよ」と言われていたから、
別に撮りたいとも思わなかったけど、
とりあえず、カメラを回していたんです。
- ──
- ええ。
- 原
- つまり当面、撮るものがなかったんで、
漫然と撮ってたんですが、
いま思えば、撮っててよかったですよ。
映画の後半で、それらの言葉が、
ぜんぶひっくり返っていくわけだから。
- ──
- ちいさいころのあだなが、
「嘘つきみっちゃん」だったことだとか、
井上さんの死後、
どんどん新しい事実に直面していくって、
そうとう衝撃的だったと思います。
- 原
- 作家、小説家という、
虚構を紡ぎ出す生き方を選んだ男の人生、
その生きざまを映画にしてみたいと
思ってはいたけど、
結果として、
その目論見を遥かに越えていったことは、
自分でも、おもしろいなと思います。
あのね、井上さんは、
人を不幸にするウソはついちゃダメだけど、
ウソをついた相手の人生が
豊かになるようなウソならついてもいいと、
『岸壁派の青春 虚構伝』
っていう本に、書いてるんですけどね。
- ──
- 虚構伝‥‥。
- 原
- もうひとつね、一度ついたウソは、
途中で「あれはウソでした」
と明らかにしちゃいけないとも言ってる。
死ぬまでウソをつき通せっていうんです。
- ──
- 井上さんご自身は、その言葉どおり、
まさにウソをつき通したわけですよね。
- 原
- そう、井上さんはまっとうしたんです。
わたしは、井上さんが亡くなったあと、
井上さんのウソを明らかにするために、
1年くらいかかって、
何十人の人にインタビューしたんです。
- ──
- はい。
- 原
- で、その人たちの証言から、
「井上さんの自筆年譜のここの部分は、
ウソ、フィクションなんだな」
ということが、次々とわかっていきました。
だから、わたしたちは、
井上さんのウソを明らかにしたんだけど、
「死んでから明らかにしたんだから、
いいよね、井上さん」って、
天国の井上さんにね、言ってるわけですよ。
- ──
- もしも、井上さんがウソをついてなかった、
もしくは、
監督が井上さんのウソに気づかなかったら、
どんな映画になっていたと思いますか。
- 原
- つまらない映画でしょうね。
- ──
- そう思うと、奇跡のような‥‥。
- 原
- そうですよ。奇跡ですよ。
そもそも映画というのは、
世の中に受け入れられることはもちろん、
作品としてまとまった時点で、
すでにして、奇跡みたいなもんですから。
- ──
- 監督はいま、「虚構とは何か」については、
どのように考えていますか。
- 原
- 井上さんはS字結腸ガンだったんだけど、
一度は手術で切ったのに、
数カ月後に肝臓へ、
さらに肝臓から肺へ転移しちゃうんです。
でも井上さん、その都度その都度、
「わたしはねえ、絶対に死にませんから」
って言うんですよ。
- ──
- どういう意味ですか?
- 原
- つまりね、井上さんは、まわりの人たちが、
一生懸命に自分を生かそうとしているから、
「その限りにおいて、
わたしは、絶対に死なないんです」と。
つまり、「絶対に死なない、自分は生きる」
ということを、
ひとつの「虚構」として設定して生きてた。
- ──
- ああ‥‥人生の最後に。
- 原
- つまり井上さんにとって、その「虚構」は、
生きる希望そのもの、だったんです。
- ──
- うわあ‥‥。
- 原
- だから「虚構」っていうのは、
「ただのウソ、ありえないこと」じゃない。
少なくとも、ガンの井上さんにとっては、
生き方のひとつの方向性、
もっと言えば、「理想」だったんですよ。
- ──
- 虚構は、理想。
- 原
- 人間は「虚構」にすがることで、
しんどい現実に耐えることができるんです。
過酷な状況にあればあるほど、
もうひとりの自分、
虚構としての自分を必要とするんですよね。
- ──
- そんなこと考えたこともなかったですが、
なるほど‥‥と思いました。
- 原
- だからね、虚構とは、つまり、
その人にとっての「生きる希望」なんです。
そのことを教えてくれたのが、
井上光晴という小説家だったと思いますね。
<つづきます>
2018-05-01-TUE