01村上春樹ロングインタビュー。
- ──
- 松家さんのお仕事の中では、
何と言っても『考える人』に掲載された
「村上春樹ロングインタビュー」が、
本当にすごいと思って、尊敬しています。
- 松家
- いえいえ。ありがとうございます。
- ──
- 雑誌に掲載されたインタビューとしては、
非常識なほどロングです。
だって、100ページくらいあります。
- 松家
- 録音テープ、当時はMDの時代でしたが、
合計すると、
録音時間は十数時間ありました。
箱根の富士屋ホテルに、2泊3日。
まるで合宿のようでしたけど、
泊まった部屋は、別々です(笑)。
- ──
- 村上春樹さんの個々の作品論や物語論、
アメリカを中心とした
世界の文学についての話題も出る一方で、
ジャズと映画と小説に没頭していた
学生時代の話など、
村上さんが、とっても自由に、
まるで空を飛ぶかのように語っていて。
- 松家
- ええ。
- ──
- なかでも技術論‥‥とくに「文体」については、
以下のようにお話されています。
「チャーリー・パーカーのテクニックのことは
だれもとくに話題にしない。(中略)
信じられないような複雑なフレーズを
軽々と素早く吹いてしまう。
注意して聴くとその技術の凄さに驚嘆します。
なのにだれもそれを話題にしない」
- 松家
- はい。
- ──
- 「僕の理想とするのは、そういう文章なんです。
文章がうまいとか、すばらしいとか、
そんなことは別にどうでもいい。
それ以上の何かを表現するために、
文体があります。
文体は文意やメッセージを
有効に支えるためのものなんです。
それが表から
透けて見えてはいけないんじゃないかと」
この部分は、以前、
画家の山口晃さんにうかがった技術論と、
見事に重なっていると感じて、
「うわあ!」と、ぞくぞくしました。
- 松家
- そうでしたか。
- ──
- 画家・山口晃さんにとっての「技術」とは、
「つくり手の意図するところへ、
見る人の目をスーッと導いてくれるもの、
それ自体は透明であるべきもの」
と、そう、おっしゃっていたものですから。
- 松家
- なるほど。山口さんのおっしゃりたいこと、
とてもよくわかります。
山口さんの絵には、にごりがないですしね。
- ──
- チャーリー・パーカーと、村上春樹さんと、
山口晃さんがつながるような展開に、
いちいち興奮しながら読んだんですけど、
長いインタビューを読んだあと、
「自分は、いま、何を読んだんだろう」
と思ったら、全体をつうじて、
人間とは何かを語ってらっしゃるなあ、と。
村上さんと松家さんの、
人間理解についての対話をたっぷり読んだ、
そんなふうに思ったんです。
- 松家
- なるほど、そうでしたか。
- ──
- オウム真理教事件の被害者と加害者に
インタビューした
『アンダーグラウンド』についての下りは、
とくに、そう感じます。
あの作品って、
フィクションでもエッセイでもないですし、
村上作品のなかでも異色ですよね。
- 松家
- 不条理なかたちで被害者になってしまう、
そのことに光を当てると同時に、
人間とは何か‥‥が浮かんでくる。
その意味で、人間理解についての考察、
になっているかもしれませんね。
村上さんは「職業的小説家」を自認して、
しかも現実から、
一瞬、離れるような物語を書く。
でも、筆をおけば「生身の人間」です。
- ──
- ええ。
- 松家
- 村上さんの小説は、リアルな社会、
現実世界とは一線を画しているようでいて、
しかし、村上さん自身は、
つねに現実を見て、現実を感じ、呼吸して、
現実について考えているでしょう。
- ──
- はい。
- 松家
- 小説家はフィクションを書くわけですが、
「小説家が、現実に興味がない
というわけではない」ことを、
村上さんを見ていると、つよく感じます。
フィクションはかならず、
どこかで、現実とつながっていますから。
- ──
- なるほど。
- 松家
- 村上さんが、どういう動機から、
あの「非フィクション」に着手したのか、
その深い動機については、
ご本人に聞いてみないと、わかりません。
わかりませんけど、
でも、あの事件の全体に、
大きな衝撃を受けた‥‥ということは、
まず、まちがいありません。
- ──
- 事件に。つまり、現実に。
- 松家
- トルーマン・カポーティが、
カンザス州で起こった一家4人惨殺事件の
ノンフィクション・ノベルを書いています。
- ──
- はい、『冷血』。
- 松家
- カポーティは、あの作品では、
被害者家族の友人や関係者に、
つぶさにインタビューして歩いています。
犯人にも直接、話を聞いている。
- ──
- 『アンダーグラウンド』と同じ構造。
- 松家
- やっぱり、小説家という仕事は、
どこかで人の心に触れざるを得ない、
そういう仕事なんだと思います。
ですから、
極端な出来事に出くわしたときに、
人の心が何を感じ、動くものなのか、
どういっためぐりあわせで、
人は、極端な行動へ向かって
足を踏み入れていくのか‥‥
そこへ、少しでも近づいてみたいと
考えるものなのかもしれません。
- ──
- なるほど。
- 松家
- その意味で『アンダーグラウンド』は、
きわめて小説家的な動機からうまれた
非フィクション‥‥なのだと思います。
- ──
- オウム真理教事件の犯人の裁判には、
村上さん、
かなり通ってらっしゃいましたよね。
- 松家
- 林泰男死刑囚の裁判については、
たぶん、すべて傍聴に行っていたはず。
人の心のわけのわからなさについて、
当事者の話し方に触れ、
肉声を聞くことで、
見えてくるものがあるかもしれない。
ノンフィクション作家とは、
視点や関心の持ち方が、
どこか少し、ちがうのだと思います。
- ──
- 結果、できあがってくる作品も、
「ノンフィクション」とは、
ちょっと、別物の感じがします。
- 松家
- いわゆる「地の文」は最小限にして、
インタビューイの言葉を、
つなげるように構成していますよね。
ノンフィクションの作品は、
「1995年3月20日、
霞ケ関駅に定刻に到着した日比谷線は‥‥」
みたいな、
かえって、小説的な書き方をしたり
することがありますね。
物語のはじまりのようなスタイルで。
- ──
- そのとき警視庁のY警部は、とか。
- 松家
- そうではなくて、村上さんの場合は、
ノンフィクション作品として
姿形の整ったものに仕立てようとせず、
ひとつひとつの素材を
淡々と並べながら、
最終的な判断は読者に委ねる、
そういう書き方をしています。
- ──
- 事件のあらましを整理整頓するでも、
事件に対する、
書き手の意見を前に出すわけでなく。
- 松家
- そうじゃないものにしたいと思って、
あのようにしたんでしょう。
- ──
- はい。
- 松家
- 地下鉄サリン事件は、われわれの現実に、
大きなひび割れをもたらしたものでした。
人間の「負の可能性」は
いったいどこからやってくるのか。
あのような理不尽なかたちで
被害に遭われた人々は、
何を感じて、何を考えているのか。
- ──
- ええ。
- 松家
- これを、いきなり
フィクション、小説として書いたのでは、
フィクション的解釈になってしまい、
こぼれ落ちてしまう部分があるだろう、
そう感じ、考えたのは、
村上さんらしい判断だったと思いますね。
- ──
- なるほど。
- 松家
- 「負の可能性」までも含めて、
「人間とは何か」を考える。
村上春樹さんという小説家は、
そういう小説家だと思います。
<続きます>
2019-02-21-THU
『伊丹十三選集』刊行記念
「伊丹十三と猫」
をTOBICHIで開催します!
松家仁之さんが第1巻を編集なさった
岩波書店『伊丹十三選集』が、
第3巻の刊行をもって、完結しました。
(第2巻は建築家の中村好文さん、
第3巻は伊丹十三さんのご次男、
伊丹万平さんによる編です)
Amazonでのおもとめは、こちら。
これを記念して、
TOBICHIの「すてきな四畳間」にて、
「伊丹十三と猫」を開催します。
期日は、2月22日の金曜日、
「ニャーニャーニャーの日」から。
伊丹さんと猫にまつわる展示をしつつ、
『伊丹十三選集』はもちろん、
伊丹十三記念館オリジナルグッズや、
今回だけの記念グッズなど、
お買いものも楽しんでいただけます。
くわしくは、
催しの特設サイトでご確認ください。