03信頼関係あればこそ。
- 松家
- 逆に聞きたいんですが、
奥野さんには、
印象に残っているインタビューって
たとえば、何かあります?
- ──
- 自分の仕事ではないのですが、
カポーティで思い出したのですが。
- 松家
- ええ。
- ──
- 雑誌の『ローリング・ストーン』に
ローリング・ストーンズの
ツアー観戦記事か何かを書いてくれと
頼まれたカポーティが、
結局、その約束を反故にしてしまい、
編集者のヤン・ウェナーの代わりに、
アンディ・ウォーホルが
どうして約束を守らなかったのか、
カポーティにインタビューをしに行く、
という記事があったんです。
- 松家
- 複雑ですね(笑)。でも、おもしろい。
アンディ・ウォーホルは、
『インタビュー』という名前の雑誌を
やってたくらいで、もともと
インタビュー好きだし、適任ですね。
- ──
- たしか、ウォーホルって若いころ、
カポーティにあこがれてたんですよね。
はじめは、
セントラルパークを歩きながら話して、
そのうちに、
そのへんの酒場にフラリと入っていき、
「どうして記事を書かなかったか」
について、
アンディ・ウォーホルが質問して、
トルーマン・カポーティが、
のらりくらりと答えているんですけど。
- 松家
- 光景が目に浮かぶ(笑)。
- ──
- 記事としての体裁は、
もう単なる雑談みたいな感じなんですが、
とにかく自由で、
ミック・ジャガーのダンスが下手だとか、
ふたりの会話が生き生きしていつつ、
ウォーホルが、
わりにきちんと質問しているので、
カポーティがイヤイヤ書いた
ツアー観戦記事よりも、
断然おもしろくなってるんじゃないかと。
- 松家
- なるほど、そうでしょうね。
- ──
- もうひとつ、そのヤン・ウェナーが、
ザ・フーのギタリストに、
インタビューした記事があるんです。
- 松家
- ピート・タウンゼント。
- ──
- はい、そのインタビューは
「どうして、あなたは、
毎晩ステージでギターを壊すのか」
という話からはじまって、
派手なパフォーマンスの理由だとか、
新しいアルバムの構想だとか、
ツアー中の乱痴気騒ぎのことだとか、
わりに音楽誌らしい、
音楽的な話題が続くんですが‥‥。
- 松家
- ええ。
- ──
- 最後の何十行で、ヤン・ウェナーが、
「ときに」みたいな口ぶりで、
ピート・タウンゼントの「鼻」のことを、
話題に出すんです。
「あなたの鼻が大きいことと、
有名になってやるって気持ちには、
何か関係はあるのか」みたいな。
- 松家
- 突然?(笑)
- ──
- 読んでて、もうビックリしちゃって。
でも、そこから、記事に、
俄然ドライブがかかってくるんです。
たしかに俺は、この「デカ鼻」に
昔からコンプレックスを持っていた、
それを音楽にぶつけてきた、
ギターをはじめたのも、
バンドで曲をつくりはじめたのも、
ぜんぶこの鼻のせいだった‥‥って、
そういう感じで終わるんです。
- 松家
- それはすごいな。
話自体もおもしろいけど、それ以上に、
インタビューについての、
とても大事なことが含まれてますね。
- ──
- と言いますと。
- 松家
- インタビューって、まずはやっぱり、
「信頼関係をどう築くか」
に、かかっていると思うんです。
ようするに、相手が胸襟をひらいて、
話してもらうためには、
「この人には話してもいいかも」
と思ってもらう必要があるわけで。
- ──
- ええ、ええ。
- 松家
- ピート・タウンゼントに、
鼻がデカいことについて聞くのは、
「これ、聞いていいのかな」
と躊躇する類の質問なわけですよ。
っていうか、ふつうは聞かない(笑)。
でも、その質問に対して、
そうかもしれないって答えるのは、
ふたりの間に、すでに
信頼関係が築かれていたからこそ、
だったと思うんです。
- ──
- そうですね、たしかに。
- 松家
- だって、初対面の人に、いきなり、
「あなたの鼻はデカいけど、
それって、
ロックと何か関係あります?」
なんて聞かれたら‥‥。
- ──
- イス蹴っ飛ばして帰られそう(笑)。
- 松家
- すばらしいインタビューというのは、
だから、やっぱり信頼関係、
あるいは、相手への愛情があってこそ
成立するものだ、というか。
- ──
- なるほど。
- 松家
- だから、ぼくは、
そのインタビューを読んでいませんが、
いいインタビューだったんじゃないかなと、
思いますね。
誰にでも真似はできないけど。
- ──
- あの、インタビューをお願いする際は、
こうやって、
ある程度のお時間をいただくわけです。
- 松家
- ええ。
- ──
- そのことについて、最近思うのは、
人間の生命って「時間」と言いますか、
つまり、生命が有限だとすれば、
その意味では、生命って、
時間と、ほとんど同じものですよね。
- 松家
- はい。
- ──
- なので、大げさかもしれないけど、
2時間いただくということは、
その人の、2時間ぶんの生命をもらっている、
そう思うようになったんです。
- 松家
- いや、大げさじゃないです。
そういうことだと思います。
- ──
- なので、せめてその2時間を、
おたがいにとって、
いい時間にできたらって思うんです。
そのために自分ができるのは、
ただ「聞く」ということだけですが。
- 松家
- 河合隼雄さん‥‥
日本における臨床心理学の先人がいます。
亡くなってもう十年以上になりますけど。
河合さんは、
非常に厳しい精神の病を抱えた人たちを、
クライアントに抱えていらした。
- ──
- クライアントとは、
ようするに「患者」という意味ですね。
- 松家
- はい。本当に最晩年まで、
患者さんの面接、
つまりインタビューを続けていたんです。
- ──
- それはつまり、治療として。
- 松家
- はい。河合さんの方針というか、姿勢は、
たったひとつだったようです。
とにかく聞く。それだけ。
患者さんに対して、
ああしろ、こうしろという指図は
絶対にしない。ただただ「聞く」んです。
- ──
- 患者さんの側からすると、
「先生に話を聞いてもらっている」
という状態。
- 松家
- だから、その聞き方に‥‥
やはり「信頼関係」というものが、
関係しているんだと思う。
- ──
- 自分の話を、
無条件に受け入れてもらえるって、
大きいことなんでしょうね。
- 松家
- と、思いますね。
分析するとか、
治すための方向を示してくれるとか、
それが治療への道筋じゃないんだと。
とにかく「聞き続ける」ことで、
クライアントが自分で変わっていく、
それに、黙々とつきあって待つんだ、
と言うんです。
- ──
- なるほど‥‥。
- 松家
- ただただ聞く、というのは、
すべての人にとって大事なことかもしれない。
でもね、ただふんふんと受け身で聞くのって、
かなり難しいことですよ。
やってみればわかると思いますけど。
- ──
- たしかに、そうだと思います。
- 松家
- 河合さんは、刀を抜かずして
相手を降参させるような剣の達人だったから、
できたのかもしれないですね。
- ──
- 原一男監督も、おっしゃってました。
インタビューを長くやってこられて、
どんな人間観を持っていますか、
というような質問をしたら、
「人間というものは、
どんな人であれ、ほぼ間違いなく、
自分のことを理解してもらいたい、
そう思っているはずだ」って。
- 松家
- いや、本当に。
- ──
- 口下手な人も、饒舌な人もいるけど、
自分のことを
まったく理解されなくてもいいって
思っている人はいないと思う、って。
- 松家
- うん。そうなんでしょうね。きっと。
<つづきます>
2019-02-23-SAT
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(第2巻は建築家の中村好文さん、
第3巻は伊丹十三さんのご次男、
伊丹万平さんによる編です)
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