04伊丹さんも「聞く人」だった。
- 松家
- ヤン・ウェナーで思い出しましたが、
彼が、ビートルズ解散直後の
ジョン・レノンにインタビューした
本がありますね。
『回想するジョン・レノン』。
- ──
- あ、読んでないです。
- 松家
- 草思社から、
3回くらい、版を変えて出ています。
最初は『ビートルズ革命』、
次に『回想するジョン・レノン』、
今は『レノン・リメンバーズ』かな。
翻訳は片岡義男さん。
- ──
- はい。
- 松家
- 今でもビートルズは大好きですけど、
当時は中学生だったから、
ポール・マッカートニーが、
もうボロクソにけなされていて‥‥
たいへん悲しく読んだ記憶が。
- ──
- ああ、そうでしたか。
- 松家
- でも、そのときに、
「で、この聞き手は誰?」と思ったんですね。
ぜんぜん知らない人だけど、
編集者なのか‥‥
編集者ってこんなに突っ込んだ話を
聞き出せるんだ、
ふーん、すごいもんだなあ‥‥って。
ジョン・レノンのほうだって
友だちに話すみたいにしゃべってるしなあと。
- ──
- じゃあ、そのころから
インタビューに対する興味があった、
ということでしょうか。
- 松家
- 今思えば、ですけどね。
インタビューという「方法」よりも、
人の話っておもしろいなあと、
感じるようになったのが
先だったかもしれないんですけど、
それは、やっぱり、
伊丹十三さんの本が大きかったです。
- ──
- あ、伊丹さんについても、
おうかがいしたいと思っていました。
- 松家
- 伊丹さんの本で言うと、
『再び女たちよ!』あたりからはじまって、
次の『小説より奇なり』で炸裂した、
伊丹さんの「聞き書き」ブーム。
『小説より奇なり』なんて、
聞き書きだけでつくった本ですから。
- ──
- ええ、ええ。
- 松家
- そのあとに出た『日本世間噺大系』も、
インタビューや座談会を
伊丹さんが活字化してまとめたもので、
他の本では、お目にかかれないような
おもしろさがありますよね。
年譜的に見ていくと、
伊丹さん、70年代に入ってまもなく、
テレビの仕事をはじめるんです。
- ──
- 一連の、テレビマンユニオンの。
- 松家
- そう、有名な『遠くへ行きたい』とか、
東京12チャンネルでやっていた
『古代への旅』という30分番組だとか。
- ──
- あ、そっちは知らないです。
- 松家
- これがですね、すごくおもしろいんです。
1977年のテレビ番組。
当時の気鋭の学者たち‥‥
たとえば『照葉樹林文化論』の植物学者、
中尾佐助さんだとか、
伊丹さんが愛情を込めて
「考古学を信じない考古学者」
と呼んだ森浩一さんだとか、
みなさん故人ですが、
よくもまあこれだけ、
聞くべき人を逃さずインタビューして、
番組をつくっちゃったもんだなあと。
- ──
- へえ‥‥。
- 松家
- 日本人はどこからやって来たのか、
日本語はどうやって成立したか、
学問的で真面目なテーマを据えて
気鋭の学者にインタビューしながら、
わかりやすく、おもしろい、
驚くようなテレビ番組にしてしまう。
- ──
- 何だかもう、
伊丹さんの好奇心のおもむくままに、
という感じがしますね。
- 松家
- そうなんです。あまりにおもしろいんで、
伊丹さんのナレーションと、
学者とのやりとりをテキストに起こして、
今刊行中の伊丹さんの選集に、
収録してもらうことにしたんです。
- ──
- 選集‥‥というと、
松家さんも選者をなさってらっしゃる、
岩波書店の選集。
- 松家
- そう、
全三巻で刊行されているんですけれど、
その第一巻に収録しました。
「古代への旅」を読むだけでも
充分に価値がありますよ。
‥‥と、選集の編者のひとりとして、
大いに宣伝したい(笑)。
- ──
- もう、さっそく読んでみます。
- 松家
- その「古代への旅」の映像を
テレビマンユニオンからお借りして
見直してみると、伊丹さん、
テープレコーダーを、
ずっと、小脇に抱えているんです。
テレビ番組の収録ですから、
まわりに録音部もいるわけですけど、
それとは別に自分でも録音してる。
- ──
- 伊丹さんがカバンみたいな大きさの
レコーダーとマイクを持って
誰かにインタビューしているシーン、
『遠くへ行きたい』にもあります。
- 松家
- そうそう、あれからだいぶ時間が経って、
もっと小ぶりなサイズの
カセットレコーダーがソニーから出た、
そのころの番組なので、
もう、あんまり目立たないんですけど。
ともあれ「遠くへ行きたい」は、
そのへんにいる農家のおじさんとかに、
「ええと、ちょっといいですか」
って声かけて、
いきなり話を聞く番組の元祖でしたから。
- ──
- ええ。
- 松家
- そうやってドラマの役者としてではなく、
ドキュメンタリーのレポーターとして
テレビに関わるようになってから、
伊丹さんは、
人の話を聞くことのおもしろさとか、
人の話を活字化するおもしろさに、
目覚めたんじゃないか、と思うんですよ。
- ──
- 伊丹さんのインタビューには、
たとえば、どんな特徴があると思いますか。
- 松家
- まず、徹底的に準備していますよね。
とくに、学者のような人に聞く場合ですが。
- ──
- ああ‥‥事前に。
- 松家
- 映画監督になる前、精神分析に
すごく凝った時期があったでしょう。
- ──
- ええ、岸田秀さんと本を出されて。
- 松家
- そう、佐々木孝次さんも相手に選んで。
あれ、対談本になっていますが、
実際には、インタビュー本ですよね。
- ──
- 伊丹さんが、
聞きたいことを聞いている、という。
- 松家
- あの舞台裏には、伊丹さんの
膨大な勉強と準備があるんですよ。
岸田秀さんや
佐々木孝次さんほどの専門家に
「これは襟を正して、
きちんと答えなきゃなあ」
と、思わせるくらい、
周到な準備をしていたんですね。
- ──
- なるほど。
- 松家
- そして、岸田さんや佐々木さんから、
かなり高度な話を聞き出すわけですが、
わからないところは再確認したり、
言葉を噛み砕いたりしながら、
「こういうことですか」
と、わかりやすくしてくれるんです。
餅つきみたいな
一対一のやりとりをしながら、
誰が読んでもわかるように、
ひらいた言葉でまとめてゆくわけです。
- ──
- なにせ、読んでておもしろいです。
- 松家
- ぼくは、もともと内気でしたし、
人に会うことが苦手だったし、
今でも正直いえば苦手ですが(笑)、
尊敬する人に会いに行って
話を聞く仕事が好きになったのは、
伊丹さんの影響があったと思います。
- ──
- 伊丹さんは、映画をつくるときにも、
それこそ徹底的に
インタビューしたんでしょうね。
- 松家
- それはそれは、すごいです。
取材量が一気に増えたのは
『マルサの女』からですね。
あれはまず、
国税庁の調査官に徹底的に取材してます。
- ──
- うわあ、当事者に。
- 松家
- どうやってたどり着いたのかさえ
わからない人たちにも、
膨大なインタビューしています。
脱税してつかまった人とか(笑)。
- ──
- すごい(笑)。
- 松家
- 松山の伊丹十三記念館の収蔵庫には
今も大量の録音テープが
残っていますよ。資料も山のように。
- ──
- それ、いわゆる「素材」だから、
そのものとしては、発表されて‥‥。
- 松家
- 片鱗は『マルサの女日記』で
うかがい知ることができますけど、
あくまでも一部にすぎません。
氷山の一角です。
とにかく聞き出し方がうまいから、
もし、記録を本にまとめていたら、
インタビューの教科書に
なっていたかもしれない。
- ──
- 伊丹さんも、インタビューアだった。
- 松家
- そう、インタビューアだった。
- ──
- こういう映画をつくりたいと思って、
徹底的に人に話を聞いた、
そのおもしろさが出ているんですね、
伊丹さんの映画って。
- 松家
- 伊丹映画は、
あの膨大なインタビューのエキスを、
物語のそこここに忍ばせていて、
だからこそ、
ものすごいリアリティがあるんです。
質のいい材料ばかり集めて、
手間をかけた料理みたいなものです。
ぜいたくな映画なんですよ。
- ──
- で、映画にすべてを注ぎ込んで、
インタビューア伊丹十三のインタビューは、
どこにも発表されずに。
- 松家
- 眠ってます。記念館の収蔵庫で。
<つづきます>
2019-02-24-SUN
『伊丹十三選集』刊行記念
「伊丹十三と猫」
をTOBICHIで開催します!
松家仁之さんが第1巻を編集なさった
岩波書店『伊丹十三選集』が、
第3巻の刊行をもって、完結しました。
(第2巻は建築家の中村好文さん、
第3巻は伊丹十三さんのご次男、
伊丹万平さんによる編です)
Amazonでのおもとめは、こちら。
これを記念して、
TOBICHIの「すてきな四畳間」にて、
「伊丹十三と猫」を開催します。
期日は、2月22日の金曜日、
「ニャーニャーニャーの日」から。
伊丹さんと猫にまつわる展示をしつつ、
『伊丹十三選集』はもちろん、
伊丹十三記念館オリジナルグッズや、
今回だけの記念グッズなど、
お買いものも楽しんでいただけます。
くわしくは、
催しの特設サイトでご確認ください。