- ともみ
-
前回のほぼ日課題で書いたエッセイでわたしは、
いくつかの持論を展開しました。
まずは「味覚」について。
『経験したことのない味は、気が付けない。 でも味わって飲むほどに、 味覚は発達して楽しみ続けることができる。 日本酒はそういうお酒だ。』と。
先生は、味覚官能の調査をされていますよね。
現代の味覚ってどうなってるんですか?
- 穂坂
-
はい。
2015年に日本健康医学会で、レポートを出しましたよ。
「大学生の味覚に関する調査」として、
五味への反応についてデータを取ってみたら。
- ともみ
- はい。取ってみると…?
- 穂坂
-
塩味に対する感覚が、顕著に鈍ってきているんですよ。
それから、甘みが好きで、苦みを嫌う傾向がある。
薄い塩味はわからない。
味全般的に濃くないと、把握ができません。
「これはもう危ないねぇ」というのが調査結果なんですよ。
- 白樫
- やっぱり、感覚が鈍くなっている傾向があるんですね。
- 穂坂
-
ありますねぇ。
私の調査と同じころに他大学でやっていた、
埼玉県の小学生200人を対象にした小規模の治験。
この結果が、五味のうち二味しかわからない。
というものでしたよ、たしか。
甘いか、塩辛いしかわからなくて、
辛いと酸っぱいが混同しちゃって、
苦いも旨いもわからなくなってる。
理解や感覚のバランスが崩れているんですね。
濃度を濃くしてやると、もう少しわかるんでしょうけど。
外食が増えて、家での食事…内食が減っている。
その影響でしょうかね。
- ともみ
-
外食は味を濃くする傾向にありますからね。
自宅で同じ味を出そうとして、
やってみたら、必要な調味料の多さに驚くことがあります。
これだけ色々な食べ物が溢れていると、
「薄い」と感じるものを、
わざわざ食べようとは思わないんでしょうね。
- 穂坂
-
最初は「おいしい」って思えないかもしれないけど、
すぐにあきらめず、なるだけ薄味の食生活を
習慣づけていくことが大事です。
- ともみ
-
訓練すれば、
誰でも味はわかるようになりますか?
- 穂坂
- うん、それは誰でもなりますよ。
- ともみ
- おぉ、やっぱりそうなんですね。誰でもですか。
- 穂坂
-
ただね、今日明日なんてすぐには変わらないですよ。
ずーっと繰り返しやっていけば、いけますけどね。
一度「旨い」っていうものがわかれば、
マズイものには戻れない。
人間って、水準をそこまで下げられなくなっちゃうから。
- ともみ
-
誰でも訓練すれば味はわかるようになる。と。
でも味に気がついてから、
さらに美味しいか、美味しくないかの判断は、
また次のステップですよね。
それって必ずわかるようになるんですか?
- 穂坂
-
ずっとしつこく訓練すれば段々慣れてきますから。
でも、1か月とかそういう話じゃない。
すぐにはなんないですよ。
- 白樫
- どのくらいかかるものですか?
- 穂坂
-
作られたものを直すには、
かかった年数以上に、
時間をかけてあげないと変わらない、
と私は思いますよ。
最低でも同じ年数。
10年間かかってそこに来たものを、1年では戻せません。
徐々に徐々に持って行って。
時間をかけてやらないと、身体のバランスがとれないですよ。
- ともみ
-
10年!!うーん…結構かかりますねぇ。
- 穂坂
-
「三つ子の魂百まで」じゃないけれど、
3歳までの経験とか教育が、その個体を形成します。
味覚については、15歳までの味覚が、
その人の一生の食生活に影響する、って言われてますから。
- ともみ
- うーん…15歳。何食べてたかなぁ。
- 穂坂
-
15歳までの食生活が、
その人の食生活の基本になってるんですよ。
だからそこにジャンクフードがきたら、それが基本。
自分で「変えよう」って思わない限りは難しいですよ。
- ともみ
-
30歳で気がついて、直そう!と思ったら、
30年以上かかって、60歳になっちゃいます。
味覚って、年齢とともに鈍感になりませんか?
- 穂坂
-
それは鈍くなりますよ。
たとえば舌の味覚細胞のなかに、
10個アンテナがあるとすると、2個、3個と減って。
耳も遠くなりますでしょう。同じですよ。
個人差があるけど、
20歳をすぎると、どんどん低下していきますよ。
- ともみ
-
えっ、じゃあ30年以上の時間がかかるかもしれないですね!
でも逆に言えば、訓練せずに、
濃い味のものばかり食べ続けていると、
少しずつ年を重ねて感覚が鈍くなったら、
さらに濃いものを食べる。
年とともに、消化や排出の機能も低下するかもしれないし、
健康への被害も出てくるでしょうね。
そうなると、今だけのグルメうんぬんの問題じゃない。
- 穂坂
-
直そうっていう意識になれば、いつでも遅くはないですよ。
ただ意欲がないままなら、それはずっと直らない。
病気になる、肥満になる、血糖値が上がっちゃうとか、
そういうリスクがあるからやめなさいって言って、
ようやく、少し意識が変わるんですよ。
酒に関しては”嗜好品”でいいですけど、
食べ物はそれとは全く違う問題だと思っています。
でも、たまにジャンクフードも欲しくなるでしょう?
まぁ、たまに食べるくらいならいいんですよね。
- 白樫
-
とある先生が言ってたんですけど、
糖質と脂とたんぱく質を混ぜて摂ると、
脳内で、常習性のある物質が出てくると。
- 穂坂
-
動物性脂肪っていうのは、やめられないんです。
ラットで実験をやると、無くなるまで舐めまくっちゃう。
栄養分はないんですけど。
病みつきですよ。
- 白樫
-
で、
その脂の代わりになる物質が、かつお出汁だそうですね。
- ともみ
- あぁ。出汁は癒しと幸せをくれますね~。
- 穂坂
-
そう、出汁はその効果があるんですってね。
食生活や味覚を改善するのには出汁がいい、と。
出汁のうまさがわかると、そこにずっと留まるんですよ。
でもそこまで感覚を持っていくのが大変。
- ともみ
- 行動習慣もあるんでしょうね。
- 穂坂
-
それもあるかもしれませんね。
太ってる人が余計太っちゃうのは、
中毒性にひとつの要因があると思っています。
「うま味」が日本人化学者に発見されて、
第五味になりましたけどね。
アミノ酸系や核酸系のうま味※をもう一度ね。
もう一度見直してもらって。
[※アミノ酸系や核酸系のうま味・・・昆布、煮干し、かつお節、干ししいたけなどに多く含まれる成分のこと。]
- 穂坂
-
うま味を、もう一度見直してもらって。
で、その次に、酒のうま味の話になります。
お酒にも、味覚の傾向は影響していますよ。
これはデータを取ったわけではなくて、
目の前の学生たちを見て、感じていることなんですけどね。
やっぱり、甘いものが好きで苦いものが嫌いなんですよ。
それがビールやチューハイにも表れている。
ビールは飲まなくて、チューハイ系になりますでしょう。
- 白樫
- お酒の分野でも苦みが敬遠されてるんですねぇ。
- 穂坂
-
日本酒って苦みとかエグみが、
つくり方によっては出るけど、
とにかく出ないように努めてますよね。
甘いだけのものを好む人が増えていることも、
背景にはあるでしょう。
日本酒も全般的に、甘口に向いている傾向がありますよね。
酒蔵でも、世代交代した若い層がつくっていて、
それが全体の嗜好や傾向になりつつある、
というのも理由のひとつかもしれません。
日本酒自体、段々幅が広くなったなぁ~と思うんです。
・・・・・
- ともみ
-
他のいろんなお酒より、
日本酒に含まれるうま味成分は多い、
と聞きましたが、本当ですか?
- 穂坂
-
いや、そんなことないですよ。
”うま味成分”っていう捉え方は難しいけど、
アミノ酸系、酸味だとして、両方量は少ないですよ。
他の醸造酒でもっとすごいのいっぱいあるから。
ビールなんかでもうま味じゃないけど、
苦みとかそういう部分では強いし。
ワインなんて、もっと酸味が強いでしょう?
お隣の中国にいったら、紹興酒があって、
甘いわ酸っぱいわ、甘味もアミノ酸系の量もけた違い。
- ともみ
-
え!そうなんですか!
単体の成分だけなら、他のお酒の方が上をいくんですね。
そっかぁ、
今まで間違ったことを言っていたかもしれません…。
- 白樫
-
でも、数値が大きいから良い、
というものでもないですよね。
先ほど話した出汁とか、
食事と合わせるところに日本酒の良さはありますから。
- 穂坂
-
そうそうそう。
要するに出汁って、そんなに濃く出るうま味じゃないから。
だから、日本酒みたいな割に低い感知の部分で合って。
ともに、料理も酒も味を壊さないんですよ。
だから和の出汁を使った料理に、ビールまではOKだけど、
ワインの軽めの白だって、酸味が強ければ崩れちゃうしね。
ウイスキー関係も香りが強かったり甘すぎてダメだし、
あとは焼酎くらいかな。崩さないし影響も与えない。
- ともみ
-
では、焼酎と比べたときの、
日本酒の優位性ってなんですか?
- 穂坂
- うま味ですよ。焼酎は添加しないと旨さは出ないもん。
- ともみ
-
なるほど。
出汁とバランスする繊細なうま味が、
日本酒の特徴なんですね。
でも、その出汁を取る人が少なくなったと言いますね。
- 穂坂
-
いや、そうなんですよね。
出汁を取るのが面倒だ、とかって言いますけど、
今なんか、パックに入った物もあるしラクじゃないですか。
入れて、煮立つ前に出すだけ。
僕も週末は料理をしますけど、出汁も取るし、煮切りもするし。
確かにね、ひと手間ふた手間はかかるんです。
でも、良いもの作るにはね。少しくらいは仕方ありません。
そう、そこだと思うんです。
- ともみ
- はい、慣れもありますけどね。わかります。
- 穂坂
-
出汁を取るという行為自体が、
宮廷料理とか本格和食を作る、贅沢なことをしている、
高尚なこと、みたいな刷り込みがあるんでしょうかね。
- 白樫
-
出汁を取るのって、
時間もお金もあまりかからないですよね。
- 穂坂
-
僕らの時代は、親がやってるの見てたから、
それが自然なことであって、特別なことじゃない、
という感覚だけど、今はそうじゃない。
「敷居が高い」とかって言って。
そうそう。
以前同じ講演会でご一緒させてもらった、
「日本料理 つきぢ田村」の三代目・田村隆さんが、
面白いことを言ってましたよ。
「うちは、敷居が高いって言われるんだけど、
そもそもその言葉の使い方から違うんだ。」って。
- ともみ
-
はいはいはい!
それと同じことを、
料理人であるわたしの家族が言っていました。
敷居が高いっていうのは、
なにか不義理があって、その人の家に行きにくいって意味で、
たとえば実家の親と喧嘩をして、
しばらく顔を見せていないから行きにくい、だとか
そういうことを指すもので。
高級そうで、自分に不釣り合いに思い足を踏み入れにくい、
という意味ではないんですよね。
- 穂坂
-
言葉の意味が違うことからはじまって、
みなさん違った目で見て判断してしまっているから。
でも、どこかでやらなければ、
違うことでごまかし続けていくしかないですからね。
- ともみ
-
いきなりやれ!って言われても、理解できませんから、
家庭でそういうことをずっと伝えていって、
繋げることが大切なのかもしれませんね。
そうすれば味覚の訓練も、最小限で済む。
身体にも優しいし、食べる幸福を味わえます。
- 白樫
-
日本って恵まれた国なので、
美味しいもの作るのに、
高級な食材がなくてもいいんですよね。
- 穂坂
-
そう!日本の食卓って、
もともとは、素材を味わうということだったんです。
基本的には、その辺にあるものばっかりですよ。
- 白樫
-
ワラビとかつくしとか、魚のアラとか。
- ともみ
-
その食材と、出汁と塩とか醤油さえあれば、
もう出来ちゃいますもんね。
- 穂坂
-
もう十分ですよ。
出汁を活かすために、ちょっとの塩、
あるいは味噌だけでも、すごく良いんですよ。
要するにメリハリをつけてやれば、
味ってすごく深みが出るんですよね。
五味をいかに上手に使うかですから。
そうればおのずと、
単調じゃなくて、ボリュームのある味になるんですよ。
それが本来の、日本の料理ですよ。
薄味だけど、味が深いと思うでしょう?
- ともみ
- そうですね。
- 穂坂
-
出汁にちょっとだけ塩を入れてやると、
それだけですごく広がりますでしょう。
- ともみ
-
うんうんうん、ありますね。
お酒を飲むと、ちょっとわかりにくくなるんですけどねえ(笑)
- 穂坂
-
いいんです!
それは感覚が麻痺してるから、仕方ないんですよ(笑)。
(つづきます)