このお話は、当初、“『畑deしぼり』というジュースを
紹介するコンテンツ作り”について
お話をいただいたところから始まったものでした。
ご紹介するには、実際にジュースを
飲んでみなければいけませんから、
冷凍したものをクール便で5袋ずつ分けていただくことに。
おいしく飲み終わり、やがて自分で買い足したり、
「いえいえ送りますよ」とまたいくつか頂戴したり、
自分で買い足したり‥‥、
そんなことを繰り返している間に、
季節は冬の終わりから春の終わりに変わって、
そして、わたし自身に
とても大きな大きな変化が訪れていました。
せっかくですから、「ジュースのお話」と一緒に
「わたしの特別な6ヶ月間のお話」も
読んでもらえればと思います。

▶︎中前結花(ほぼ日の塾 第4期生)さんのプロフィール
イラスト:ちえ ちひろ


第1回 わたしの「お暇(いとま)」。
2021-07-06-TUE
第2回 「新しいわたし」と約束。
2021-07-07-WED
第3回 足りなかったものは。
2021-07-08-THU

第2回 「新しいわたし」と約束。

2021年が明けるのを自宅でひとりで迎えた。

わたしにとっては毎日が休日なのだけど、
せっかくだから正月休みらしいことをしようと、
流行っていた韓国ドラマ『愛の不時着』を徹夜で見てみる。

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すると、
“失敗を繰り返しながら、
何度も何度もパラグライダーに挑戦する
空を飛びたい恋人たち”
の物語だと思い込んでいたものだから、
わたしは本当に仰天してしまった。
実際のところは、
北朝鮮にパラグライダー事故で不時着してしまう、
韓国の財閥令嬢と将校の禁断のラブストーリーであり、
「こんな話だったのか‥‥」
と、いたく胸を打たれてしまう。

ノートに「大恋愛(できれば)」というのも
一応付け足しておくことにする。

実は、
「今年、生まれ変わってやってみたいこと」を
元旦からごにょごにょと、ノートに書き連ねていたのだ。

寝て、起きて、散歩して‥‥
の繰り返しが大切であることはよくわかるのだけど、
「なんのために」それを繰り返して、
「どこか」へ戻っていくのか、
あるいは新しい「どこか」へ行くのか‥‥。
それがちっともわからずに過ごす毎日は、
無気力なりにも、どうにも不安で仕方なかったのだ。

だけれどそこに書かれているのは、
・助けてもらった人に
「みんなのおかげです、ありがとう」と
お礼が言えるような、おめでたいことを起こしたい。 であるとか、
・「健康そうですね!」と言われてみたい
・年末には本を出したい
・オルセー美術館にひとりで行ってみたい
・大恋愛(できれば)
などと、
どうにもふんわりしているものや、
自分の力だけでは叶えられないものも多く含まれていて、
どれも、あくまで「理想の理想」でしかなかった。

「これはこれでいいのだけれど‥‥」

いつも日々のことをメモしている日記帳に、
本当に「これだけは、絶対に自分と約束したい」
というものも改めて書いてみることにする。
書いては消し、を繰り返して、
なるべく数を少なくして、
絶対に守れるものだけにすることにした。

・6時間以上は眠ること
・3食ちゃんと食べること(野菜や魚も)
・自分のお金で生きること(人に借金をしないこと)
・きれいじゃなくても、部屋は心地良くしておくこと

これが、
不規則な時間と仕事に溺れ、
どうにも贅沢癖のあったわたしと、
新しくなるわたしの約束だ。

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ひとまず、身のまわりの
「要らないもの」を整理することにする。
可哀想に、部屋の植木も
そのほとんどが枯れてしまっていた。
「見える範囲で」と取り掛かっただけで、
45リットルのゴミ袋が3袋もできてしまう。
いったいぜんたいどういうことだろう。
それだけで体力は消耗して、
1週間ほどかかってしまった。

病院の日は「お笑いを見にいく」ことと
セットの予定にした。
それだけで、グヌヌと臓器の場所がまた心地よく戻る。
その他は部屋をぼちぼちと片付け続けた。
疲れたら、眠る‥‥を繰り返していて、
ほとんど眠り続けている日もあったけれど、
とにかく病院に行く日が楽しみになった。

無理のない範囲で、部屋を整理していく。
疲れたら、とにかく眠る。
「要らないなあ」と思っても、
ごはんは一口でも食べる。
それらを繰り返しているうちに、
徐々に徐々に、
「手で触るもの」や
「舌の上に置いた食べもの」の感覚が、
なんだか以前よりずっとわかるようになった気がする。

1日に1度は窓を開けて、部屋に空気を入れてみる。
朝には白いカーテンを開けて、暗くなったら閉める。
そうしているうちに、「1日」という日の区切りや、
そんな毎日を重ねて、時間が過ぎていっていることが、
本当によくわかった。

食事に誘ってくれた男性があったから、
勇気を出して、公園の池を見ながら
お昼ごはんを一緒に食べた。
「気分がいいときだけ、
出かけたいと思うところに出かけよう」
と言ってくれた。
すごくすごくいい人だと思った。

「これは、いい調子かもしれない」

けれど、そう思い始めた矢先だった。
「これほどの車酔いのような気分の悪さが続くのは、
他にも原因があるのかもしれない」
という話が持ち上がり、
いろいろと体を調べてみれば、
右目の筋肉の緩みが関係していそうだった。
そして、数ヶ月後に全身麻酔をして
手術を行うことが決まる。

「お金が必要だ」

さっそく「自分のお金で生きること」が
危ぶまれそうだったので、
なるだけ細々と、細かい野菜の端切れなんかを
食べて過ごした。
だけど「この気分の悪さが、治るかもしれない」と考えると、
寝室みたいに、
なんだか細く1本明るい光が差すようにも、また思える。

せっかくこんなに時間があるのだから、
「何か無理のない範囲でできることはないだろうか」
そう考えたとき、
わたしは長年、あの名作『スターウォーズ』を
1シーンだって見たことがないくせに、
なんとなく見たふりをして生きてきてしまったことを、
なぜか思い出した。
いわゆる、「知ったかぶり」だ。

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「いま、体を壊して仕事を休んでいるので、
初めて『スターウォーズ』を見てみようかと思います。
その前に、まだ見たことのないわたしが想像で考えた
『スターウォーズ』をエッセイで書くのはどうですか」

と、いま振り返ると、わけのわからないメールを
以前から、わけのわからないエッセイを
書かせてもらったりしてお世話になっていた
『ほぼ日』の編集部の方に送ると、

「もし体調がいい時があれば、
新しいオフィスに遊びにきませんか」

と言ってくれた。
天気は悪かったけれど、
気分がすごく良かった日に遊びに行くと、
これまでの数ヶ月間の話を、
「あはは」と笑いながら話している自分に気づいた。

「エッセイでもいいし、
他にもいろんなプロジェクトがあるよ」

と、たくさんおもしろい話を聞かせてもらって、
その中でも「畑の野菜をまるごと絞った、
あまいジュースがあるよ」
という話に、「へえ!」と興味を持つ。
父が「野菜を食べろ」と言うから、
近頃は、モヤシや豆苗や舞茸、
スーパーでその日に安い根菜なんかを
煮たり炒めたりしていたけれど、
新鮮でおいしいかはよくわからなかった。

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「飲むといいよ」

とお裾分けしてもらい、
飲んで「バナナですか?」と尋ねると、
「にんじんですよ(笑)」と教えてくれた。
もうひとつ違うのを飲んで、
やっぱり「バナナですか?」と尋ねると、
「これも違う種類のにんじんです(笑)」
と言われた。
そのくらい本当に甘くて、味がまあるい感じがした。
そして、

「中前さんが野菜ジュースを飲むだけの
エッセイでもいいかもしれない(笑)」

と言ってもらう。
野菜ジュースのエッセイは書いたことがないから
できるかわからなかったけれど、
4つの約束に、
「毎日、ジュースを飲む」を加えることは、
できるように思った。

そうして、
・たっぷり眠って
・カーテンを開けて
・換気をして
・朝にはジュースを飲んで
・3食ごはんを食べて
・たまにお笑いを見て
・たまにデートをする

そんな毎日が始まった。
換気と3度の食事をして、ジュースを飲めた日は、
日記帳にハンコを押すことにした。

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わたしには、1日1日の達成感が必要だった。

ひとまずお裾分けしてもらったのは、
2種類のにんじん「京くれない」と「ひとみ五寸」。
それから、野菜をパッと包丁で割ったときと同じ、
シュパッといい香りのする、
緑色の「ハニーケール」というのも、毎日飲んだ。
にんじんほどは甘くはないけれど、
青々とした野菜ならではの甘味と旨味が、
これはこれでおいしい。
冷凍されたものを、水道の水で溶かして飲んだ。

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飲み終わると、すり潰された野菜がほんの少しだけ
コップの縁に残るから、それもきれいに舐めた。
最後のコップの縁の、
この“ひとくち”が特に好きだった。
全部飲み切ってしまったから、
新しく買い足して、自分との約束を続けることにした。

「毎日飲めそうなので、なにか書いてみます」

と伝えると、
「それじゃあ、またジュースを送りますよ!」と
言ってもらったけれど、
冷凍庫があまり大きくないものだから、
「注文してしまったので、無くなったらまた言います!」
とお願いをして、
とにかく、毎朝毎朝、
明るい窓際でジュースを飲み続けた。
こうして、ひとつ仕事がもらえたのだ。
これほど“一石二鳥”という言葉がふさわしいことも
珍しいと思った。

「お笑い」のように
臓器がグヌヌと動く感じではないけれど、
ジュースのおかげでお腹の調子も変わって、
臓器がそれぞれの場所でテキパキ働いている感じがする。
新しく始めたいろんなものが、
相乗効果を起こしているように思った。

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くちびるの色を毎日鏡で眺めていた。
昔から、すごく良いことがあったときだけ、
わたしのくちびるは高揚からか、桃色になる。

「今日も桃色だ‥‥」

桃色の日が、なんだか多くなって、
カーテンもパッッ!!と開けるのが
さらに気持ちよくなった。
相変わらず、天気の曇りの日は
眠っているだけのこともあったけれど、
近所で新しく植物を少しずつ買ってきたり、
好きな作家さんの絵を観に行ったりもするようにもなった。
はたして、どれがどれのおかげかはよくわからないけれど、
「きっと全部だ」とわたしは思った。
暗い色の家具や、道具入れは、
全部白色に自分で塗り替えた。
その方が、カーテンを開けたとき、
部屋が一層明るく感じるのだ。

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どんどん新しいものを手に入れている気分になる。
お金はないけれど、デートのために久々に
洋服も買おうかだなんて考えてしまう。
窓の外にはちらちらとピンク色が映って、
季節は、すっかり春になっていた。

だけど、そんなに良いことばかりが続くのは、
残念ながら、何かの前触れと
相場が決まっているようだった。

(つづきます)