糸井 |
コンピュータ以外からコンピュータに特化して
今おやりになってるんですか?
まだ他の自分の得意分野っていうのが沢山あって、
コンピュータだけに行ったんですか?
内田さんの場合は。 |
内田 |
私ですか。私はね、なんでしょーね。
過去を振り返ると、子供の頃から
時計を分解したり、ラジオのキットを買ってきて作ったり
模型を組み立てたりするのが好きで、
特に、ラジオなど電気を使ったものが、
不思議だったので、そちらの方へ進んじゃったという
ことでしょうか。 |
糸井 |
超電導ってコンピュータじゃないですよね。 |
内田 |
そうですね。でも、超電導というのは
電気が見せる不思議な現象の代表的なものですから、
興味を引かれるんですね。
今は超電導コンピュータなんてのもありますけど、
自分の専門ではないわけです。
だけど、なんでそうなるの?という疑問が生じて
半ば遊びで見せてもらいに行くわけです。 |
糸井 |
あ、別の部署の人がやってるのを
見てたってことなんですか。 |
内田 |
ええ。物理や科学の現象だけじゃなくて、
最後は、なぜ文字や言葉がそのようにできているのか
とか、そういう方面にも興味を持っちゃうわけで、
それで研究者になっちゃったということですよね。 |
糸井 |
そのころから計算機ではあったわけですか? |
内田 |
ええ、大学院に行って研究者の卵になった頃は、
いろいろ興味持ったものの中で、
計算機が一番不思議だったし、奥も深そうだったので、
計算機屋になろうと決めてましたから。 |
糸井 |
そろそろ終わりにしようと思うんですけど
今おやりになってることの、
目的と意味っていうのは建前上は
どういうことになるんですかね。 |
内田 |
今やっていることは、どうなんだと言われると
難しいんですよね。
第5世代コンピュータの夢を追いかけて
10数年をそれをやって、一応ライフワークはでき、
ついでにバイオテクノロジーの入り口まで、
勉強しちゃった。第5世代の究極のゴールは、
考えるコンピュータだったんだけど
その入り口までは何とか辿り着いて…。 |
糸井 |
福嶋さんのおかげで僕らもわかりました。
福嶋:
いやー、難しいのでうまく説明できませんけど(笑)。 |
内田 |
まあ、入り口と言っても、
1000台くらいのコンピュータをくっつけて、
その上にソフトも乗っけて動かした…。 |
糸井 |
1000台くらいのコンピュータ?! |
内田 |
ええ、2のべき乗で、
512台とか1024台になるんですけど、
正確に言うと。 |
糸井 |
かっこいいー。 |
内田 |
第5世代コンピュータ以前も、
数学で習ったと思いますけど、
行列式を解くとかいう規則的な計算を、
何百台も結合した並列コンピュータの上で、
高速にやる技術はやられてましたね。
第5世代のコンピュータでは、
そういう計算じゃなくて、
もっと人間のやる知的な処理を目指したわけです。
でも、どう人間がやっているかは分からないから、
それらしいことをどうやったらやれるかを試行錯誤的に
繰り返すことになる。
コンピュータに言葉を理解させ、答えさせるとか、
数学の定理を証明させるとか、やったわけです。
ついには、法的推論といって、
刑法や判例をデータベースに入れておいて、
ある人がひったくりをやって人に怪我をさせた
ようなケースを入力してやる。そして、どんな罪を犯し、
どんな判決が出るかを推論させる、
なんてこともやりました。
福嶋:
検事と弁護士になって、 |
糸井 |
論争するの? コンピュータで。 |
内田 |
そうです。コンピュータの中に
検事と弁護士を作って
それぞれが法律の知識を持って、
論争するようにしたんです。
人間のことを「言葉をしゃべる猿」というように、
言葉を使って意思の疎通ができることが、
人間のインテリジェンスを代表する
と言う人もいますよね。
インテリジェンスには、いろんなレベルがあって、
言葉を扱うレベルが、このインテリジェンス、
すなわちコンピュータがどの位、知的というか、
それがランク付けができると考えたんですね。
例えば、われわれが話してますけど、
どうやって私の言葉を糸井さんの頭の中で、
これが名詞でこれが動詞でと、
分けてそれをある種のパターンにして、
私の説明の仕方と、福嶋さんの仕方と違いますよね。
違う単語を使うけど言ってる意味は
同じだと分かっちゃうわけですよ。
そんなことができると、そのコンピュータは、
かなりインテリジェンスのレベルが高いと
言えちゃうわけです。 |
糸井 |
はいはい。 |
内田 |
耳から入ってくる言葉は違っても、
それを頭の中でいろいろ言い換えたりして、
それ以前から、頭の中にある知識、
これは概念ネットワークとして
作ってあるんですけど、
それと一致するかどうか調べる。
一致すれば、「おう、これは俺と考えが同じ」
ということになったり「いや違うな」
となったりするわけです。
このほかコンピュータを設計
する時に使う知識を入れておいて、
設計の自動化をやったり、
プログラムの自動合成をやったり、いろいろ
インテリジェントなプログラムを作りました。
そのうち、コンピュータの上に実現できる
インテリジェンスのレベルというのは、
人間自身が、
そのインテリジェントな処理のメカニズムを
どの位よく知っているかどうかによって決まる
ということが判ってきたんです。
コンピュータの設計の問題では、シリコンの
物理的知識とか、電気回路の知識とか
入れてやるわけですけど、こういった知識というか、
メカについての理解というのは、人間が
どうやって言葉を理解しているのかという
メカニズムよりは、
ずっとよくわかっているんですね。
まあ、コンピュータのプログラムは
人間が書くわけだから、
人間がよく理解している問題ほど
そのプログラムもうまくできるという
当たり前のことが判ったということ
ほとんどなんですけどね。 |
糸井 |
はいはい。 |
内田 |
コンピュータの設計といっても、膨大な
知識が要りますから、簡単ではないんですけど。
そういういうのっていうのは、
言葉を理解させるような問題にくらべて
うまく計算機に乗るんですね。 |
糸井 |
レベルを上げて行くと法律ぐらいのところにまで
いっちゃうわけですね。 |
内田 |
自然言語、まあ、日本語中心にやったんですけど、
普通の自然言語の理解の難しさは、
会話でも、書かれた文章でも、
その会話や文章が何のためのものか、
わからないなんてとこにあるんです。 |
糸井 |
はいはいはいはい。おもしろいな、それ。 |
内田 |
なぜ、法的推論なんて問題を選んだかの
理由にもなるんだけど、裁判だとね、
検事と弁護士っていうのがわかってるから。
片っぽは罪を軽くしたい、
片方は重くしたいと言う目的を持って
会話しているんだと判る。
会話の意味の決定は、コンピュータの上では、
人間が想像できない位の数の候補の中から
選択するんです。
その選択を正しくやるには、
この目的がはっきりしていないとダメなわけ。 |
糸井 |
はー、じゃ、いずれ主体と目的が
あいまいでないけど、しゃべってる言葉まで
行きたいわけですね。 |
内田 |
暇つぶしの世間話みたいなやつですかね。
多分それは、永久にできないというか、
どの位かかるか、ちょっと想像つかないですね。 |
糸井 |
それっていうのは、つまり、彼なり彼女なりの
経験が加わってるっていう部分を
どう考えるかっていう問題になりますもんね。 |
内田 |
勝手な想像をするコンピュータのメカニズム
なんてのが解明されないとね。 |
糸井 |
生きてこないコンピュータにはできない
ことですよね。おもしろいなー。 |
内田 |
そういうことで、第5世代コンピュータの
プロジェクトでは、
超強力なコンピュータを作る研究と並行して、
言語とか知識とか学習とか推論なんかの研究を
ずい分やったんです。
初めは、そういう会話の理解なんて問題も、
1000台のコンピュータを統合したパワーが
あれば、かなり難しいものも突破できるだろう
なんて考えてたんですよ。
ところがドッコイ。会話の理解に必要な
インテリジェンスのレベルの階段は、
果てしなく上に伸びていて、
1000倍のパワーなんて、その階段を
5段とか10段とか昇るので精一杯。 |
糸井 |
1000台、だめ? |
内田 |
だめでしたね。それなりに賢くなるんだけど、
人間並みなんてまるでダメ。
でも、それは、プロジェクトでかなり研究を
重ねてやっと分かったわけで…。
最初は、会話のテキストとして、易しいのを
選んだわけ。
飛行機がエンジンから火を噴いて、
やばいという状況でね。
スチュワーデスとお客の会話。
これはけっこううまく出来たの。
その次に選んだのは、「自然を守る」なんて
題名の中学の国語の教科書の文章。 |
糸井 |
ははー、ややこしいことしましたねー。 |
内田 |
森の木がばたばた倒れると、
それをちゃんとどかしてメンテしないと、
森自身が滅びるよ、とか。
そんな文章だったから、
これはデモプログラムとしては大失敗。 |
糸井 |
そりゃ、困りますねー。 |
内田 |
単語の数が2000語で、文の数が200個弱だったと
思いますけど、その内容に絡む知識を
コンピュータに覚えこますんだけど、
何で森を守るんですかなんて
質問するとね、もうめっちゃくちゃな答えが
返ってくるわけ。 |
糸井 |
コンピュータってやっぱり、
苦し紛れになんか言うんでしょ? |
内田 |
もし、何で森を守るのかなんて質問に
まともに答えるとすると、
森の定義や性質、森に住む生き物やバクテリア、
森の持つ保水機能や空気浄化機能などのほかに、
もっと抽象的な環境問題に関わるような知識、
すなわち草木と都市の関係なども、みんな、
知識ベースに入れておかなくちゃならない。
そんな大量で、概念間の関係もよく整理されて
ないものを、どうデータベースに入れるかなんて、
誰も知らない。
だから、テキストに出てくる木、昆虫、バクテリア、
その他、具体的な概念をまず入れて、それから
それに絡む少し抽象的な知識を
ネットワーク状に結合して、データベースに
付け加えて行くことになる。
質問がきたら、その答えのところがブランクの
小さなネットワークを作り、それをデータベースの
中のネットワークと重ね合わせて、最もよく
マッチするところを見つけ出す。
そしてブランクのところに当てはまった概念を
答として選び出すというようなことをやる。
そうすると、森を守るのは「バクテリアを
食わせていくため」みたいな答が出るわけ。 |
糸井 |
苦し紛れですね、それこそ。 |
内田 |
機械のやってることなんて、
だいたいそんなもんだもの。
すると、大はずれになるわけね。 |
糸井 |
おもしろいな、そのはずれは。 |
内田 |
はずれの方がおもしろいから、
研究としてはそっちの方がいいんだけど。
素人に見せるとバカみたいなもんですよ。
福嶋:
笑いをとれる! |
糸井 |
うんうん。いや「笑い」のことを、
今思いながら聞いてたんですよ。 |
内田 |
そうするとね、だんだんはっきり、
そういうような発言の意図がね、
明確に区分できるとこはなんだろう、って。 |
糸井 |
そうか、法律かー。 |
内田 |
ほかにも調べればあるんでしょうけど
法律の分野が見つかった。
ある種しっかり決まりごとがきちっとある… |
内田 |
あるでしょ。 |
糸井 |
見合い結婚もできそうだけどね。 |
内田 |
ははは。 |
糸井 |
釣り書きの対決と同時に、
なんか断る理由っていうのを
言わないことがあるじゃないですか。
そこは、案外、僕は少ないと思ってるんですよ。
見合い結婚の場合には。
早い話が、顔に番号はふれないけれども
顔が嫌いだっていう一言だったりするじゃない。
だから、見合い結婚って意外とできるかな、って今。 |
内田 |
ははは。 |
糸井 |
今日僕は原稿書かなきゃなんないんだけど、
清水ちなみちゃんが書いてる、
「ハゲ頭考」っていう本があるんだけど、
とにかく不利らしいんです、ハゲてると。 |
内田 |
あ、そう。 |
糸井 |
見合いで。と・に・か・く不利なんですって。 |
内田 |
アデランスじゃだめなの。 |
糸井 |
その法律の言語をコンピュータでっていうのは
おもしろいですね。
それ、言い合うわけですか。 |
内田 |
コンピュータの中に検事役と弁護士役を作って、
関連の法規を入れとくわけですよね。
それからあと判例入れとくわけですよね。 |
糸井 |
あ、そうか。例が欲しい。
つまり本当の法律家が判例を見るように。 |
内田 |
そうです、そうです。 |
糸井 |
じゃ、判例が無いような事件は
ひじょうに困るわけですね。 |
内田 |
っていうか、もうできないです。 |
糸井 |
できないんですか。 |
内田 |
例えば下馬すべし、
とか書いた立て札なんてあるじゃないですか。 |
糸井 |
馬から下りる。 |
内田 |
この橋は、えっと牛馬を渡すべからず
なんてのもある
じゃあ象ならどうなんだとか、車はどうかというと、
これらもダメなんですね。
それは結局、判例でカバーしてるんですね、
日本の法律は。
有名なのは、窃盗とは財物を盗むことだと、
そしたら電気の窃盗事件が起こっちゃった。
すると電気は財でも物でもないと。 |
糸井 |
ふむふむふむ。 |
内田 |
そのあとにしょうがないから
「電気はこれをもって財物とみなす」
と足したとかね。それは裁判の判例で
足してるわけです。
だから判例は当然あるわけで。
だから法律の条文と判例と、
その両方を知識ベースに入れておいて
どちらの、例えば、借金踏み倒したとかね、
そのとき未成年だったと。
そしたらどうするの、とか。
親にはどういう責任がかぶるのか
とかいうようなことを聞くと、
そこは答えられるわけです。 |
糸井 |
そうすると、延長線上には、
12台の陪審員コンピュータってことは
ありえますね。 |
内田 |
そこはありえます。 |
糸井 |
ありますね。 |
内田 |
知識ベースをどう入れるかですね。
それは常にあるんですけど。
ちょっと話は飛ぶけど、
普通のそこらで売ってるコンピュータじゃできない、
そんな話までできるように仕上げたわけです。 |
糸井 |
はーあー。 |
内田 |
だから、研究のコミュニティの中では、
世界中からものすごく評価された。
そんなことやったの初めてだから。 |
糸井 |
ほーう。 |
内田 |
ところが、メーカとか商売やってる人から、
総スカン! |
糸井 |
要らないんですよね、つまり。 |
内田 |
っていうか、それが出来ててもね、
そんなレベルじゃ弁護士に代われないし、
売り物にはならんと。やたら高いし。 |
糸井 |
確かに。もっともな言い方ですねー。 |
内田 |
日本は、こういう新しい成果をさらに育てようと
いう人って少ないですからね。
まあ、しょうがないんで、
結局成果をどうするかと。
もちろん論文として発表して、
アメリカやヨーロッパなど、
いろんなところの学者さんに使われたと。
ソフトウェアについても、
並列のマシンを動かすためのOSとか、
世界初のものが沢山ありました。 |
糸井 |
恐ろしいもんでしょうね、それはそれで。
それ、OSって、どこにあるんですか。
別にあるんですか? |
内田 |
それを作ったの、チームのリーダが、例の
ドラえもんくんなんですけどね。 |
糸井 |
はー、聞くだに恐ろしいわ。 |
内田 |
意外とシンプルなんですよ、これがまた。 |
糸井 |
そんなの僕らに話されても、わははー。 |
内田 |
あ、まあ、まあ。 |
糸井 |
そこははしょってください。(笑) |
内田 |
じゃあ簡単な例え話で言うと、それまでの
並列コンピュータは、
軍隊みたいに一人の指揮官がいて、
残りの人は、みんな兵隊で、
指揮官の号令の元、同じことやる
という方式だったんです。
でもそれだと、知的な処理はできないんで、
1000台のコンピュータを会社の社員みたいに、
いろいろな異なる役割を実行でき、
お互いに相談して、仕事を実行できる
方式のものを作ったんです。
会社でいうと、経理とか、総務とか、
設計とか製造とか専門家がいますけど、
プログラムを入れ替えりゃ、
コンピュータって何でもなっちゃうから、
必要に応じてね、設計屋にしたり
経理屋にしたりと、
変身させながら処理をするっていうような方式も
世界で初めてだったわけです。
だから研究者からは、そのソフトを欲しがられた。
また、アメリカのメーカからも将来に備えて
アクセスがきた。だけど、日本のメーカからは、
要らないって言われたわけ。 |
糸井 |
うははー。 |
内田 |
研究的には、世界に誇れる成果で、
将来は必ず使われる技術だから、
日本がだめなら世界に拡げておこうとしてね。
通産省の人に大蔵省を交渉してもらった。
大蔵省はさすがにね、それに関しては
無償で公開していいですよと。
それでインターネットに乗せて、
世界中に配る仕事をプロジェクトのあともやろうと。 |
糸井 |
半端な場所ですねー。実に。
でも、やってる人、おもしろいでしょうね。
究極の道楽ですね。 |
内田 |
でしょ? 新しい技術っていつもそんなもんですよね。
それを生み出すためにはやっぱり遊園地みたいな環境が
要るんですね。。 |
糸井 |
つまり資材を投じて、それだけの人間集めて
そういう施設を作ったら
一人じゃできないですよね。 |
内田 |
できないです。だから下のほうを作る人間だって、
まったく新しくチップを起こすわけですから。 |
糸井 |
かっこいいー!
もうなんか荒稼ぎしたあとの遊びを今、
先にやっちゃったみたいなもんですね。 |
内田 |
ちょうど日本、バブルの頂点だったから。
国も金あったし。結局、その後、第5世代の
超並列コンピュータや知識処理の技術は、
アメリカがしっかり吸収して研究を続け、
今や、商品として売り出している。 |
糸井 |
そうか。日本という親父が稼いだものを、
こういう、しょーがねー息子がいて
道楽したいっていうのに渡したんだ。
はぁー。 |
内田 |
そのときの日本の国策は国際貢献だったですから。
それに日本からも独創的な成果を出せることを
証明して、コピーキャットの汚名返上も
期待されていて、それも何とか成し遂げた。
前に『電子立国』っていうNHKの番組があって、
あれを見てみなさんどう思ったかわかりませんけど、
あれはいかに技術をコピーしてきたかの
記録なんですよね。
あの時代は、アメリカも寛容だったから、
それもできたし、日本も開発途上国でしたから、
まあいいとして。
これからのインターネットの時代となる21世紀では、
第5世代みたいなオリジナルな技術を自分で
作り出して、5年先、10年先の技術を開拓できる
人間を育てることにもっと投資しないとダメですよね。
公共投資より、新しいアイディアや技術を生み出す
研究や実験への投資が求められる時代だと思います。 |
糸井 |
そうです、まったく。
|