カメラに乗って旅をしてきた。操上和美さんと糸井重里の、いい時間。

第06回 「おい、引っ越すぞ。海岸に移る」

糸井
空間とか建築って言えば、
操さんの会社(ピラミッドフィルム)も
竹芝の鈴江倉庫ですよね。
操上
あそこに引っ越したときも、
いろいろと口を出してやってましたね。
糸井
あの時代に「海岸(※港区海岸)」に
事務所を移すって、
「これからはここだぜ」みたいな感じに
見えたと思うんですよね。
操上
俺らも糸井さんも
セントラルアパートにいたじゃない?
糸井
はい、原宿のね。なにせ狭くて(笑)。
操上
そう、一個一個の部屋が狭かったから、
どんどん増えていったよね、部屋が。

このままだと
えらいことになるなぁと思ったのと、
ニューヨークでも、パリでも、
彫刻家だとか絵描きだとか
アーティストのアトリエをロケ場所にしようって、
何軒か見て、撮影用に借りるんです。
糸井
ええ。
操上
ロケハンで、
そういう海外のカッコいい部屋に入ると、
全員が、かならず、
「うわぁ!」って上を見上げるんだよね。

天井が高くて、広いもんだから。
写真
糸井
なるほど。
操上
アーティストの絵が飾ってあって、
彫刻が置かれていて
なぜか部屋の真ん中にジャクージがあったり、
窓だってバーンとしてる‥‥。

だから、原宿のセントラルアパートが
手狭になってきたとき
みんなのために
「ニューヨークとかパリで見たような
 でっかい空間をつくってやろう」
と思ったんです。
糸井
それで、鈴江倉庫。
操上
そう、自分のところの天井が高くて
大きければ、
あっちへ行っても
いちいちびっくりしなくてすむから。
糸井
あのあたりって、
まだ誰もいなかったんじゃないですか?
操上
ヨーガンレールと、
横田茂ギャラリーはすでにあったかな。

とにかく
海岸にある倉庫を貸すっていうんで、
見に行ったら
倉庫って、荷物がダーッと積んであって、
壁と柱しかないんだ。
糸井
ええ、そうですよね。
操上
で、家主が
「柱と柱の間は、20坪くらいあります。
 一区画、どうですか?」って。

でも、そんなんじゃ、
ぜんぜん、誰も驚いてくれないでしょ。
糸井
驚くかどうかが重要なんですね(笑)。
操上
だから
「最大、どれくらい借りられますか?」
って聞いたら
「えっ?」って顔しながら
「200坪くらいなら、貸せますけど」
糸井
「ま、借りられるもんならね」みたいな
言い方ですね。
操上
そこで、俺は
「あのあたりに、中間つくってもいいですか?」
って聞いたんだ。
「中間」って、つまり、
階段をつくって「中二階の部屋」をね。
糸井
なるほど。
操上
そしたら「一部だったら、いいですよ」
っていうから、
「じゃあ、200坪借りたら300坪になって、
 でも家賃は200坪だな」と。
糸井
計算が早い(笑)。
操上
その場で「じゃあ200坪で」って決めた。

消防法があるんで、
完全には床で埋められなかったんだけど、
階段を外せるつくりにしておけば
中二階にしてもいいって。

「よし、200坪の家賃で300坪だ」と(笑)。
写真
糸井
いいなあ(笑)。
操上
それで、セントラルアパートに帰ってきて
「おい、引っ越すぞ。海岸に移る」
って言ったら、
当時は、原宿が人気でさ、
そのことを目当てに入ってきた若者たちは、
ブーブー言ってた。

「お前たち、海岸って銀座のとなりだよ?
 タクシー、ワンメーターだよ」
って言って、ゴリ押しで借りちゃったけど。
糸井
ぼくのまわりの人たちも
みんな「えっ?」って驚いてましたよ。
操上
当時は、夜なんか誰もいなくなるんだ。
もう寂しくて、怖くてね。
糸井
実際、人気(ひとけ)なかったですもんね。
操上
バーがあって、船着き場でね‥‥。

昼間はまだいいんだけど、
夕方になると、すうーっと人がいなくなる。
夜中になったら、ひとりもいなくなる。
糸井
はい(笑)。
糸井
ところが、うち、暗室あるじゃない?

真夜中にアシスタントが現像してるんだけど、
ガードマンが見回りに来るんだって。
コツコツコツコツ‥‥って。
その音を暗室で聞いてると、怖いらしいんだ。
糸井
怖そう(笑)。
操上
みんなね、夜中に相当ビビってたみたい。
糸井
セントラルアパートは「何十坪」でしょう?
操上
そうだね。
糸井
部屋を3つか4つ借りてたとしても
ぜんぶ足したって、たかが知れてますよね。
操上
それが、あの大空間だからね。

‥‥セントラルアパート、俺が入ったとき、
小澤征爾さんがいたんだよなあ。
糸井
各部屋に電話がついてなくてね。
操上
そうそう(笑)。
写真
糸井
セントラルアパートに電話かけるときは
「605号室お願いします」
とかって言うと、
まず「はい」って交換手の人が出て、
各部屋に「お電話です」と。

文字どおりの「アパート」ですよね。
操上
屋上に上がったら、
住んでる人たちが洗濯物を干してたりね。

まわりを、子どもがちょろちょろしてて‥‥
そんなところだったよ、最初はね。

<続きます>